第7話計略とガルムとお姉ちゃん

この異世界に来て、今日で5日目。

今日は、ゲームでお馴染みのスライムを討伐する予定である。


朝、起きて井戸水を汲み、顔を洗っていると――。

城の方から、いつもとは違うメイドが、手に何かを持ってやって来た。

外に出ていた俺には、当然向こうも気づく。

真っ直ぐに、井戸の傍まで近づいて来た。

俺は、珍しい事もあるものだ……。

そんな事を思っていると――。


「勇者様、お可哀想に……私の旦那様からささやかですが、差し入れです」


そう言って、硬そうなパンを1個差し出してきた。

えっ、今更こんな物貰っても、嬉しくもなんとも感じないんだけど?

俺、今は自力で、余裕で生活出来ているし……。

そうは思っても、無断で外出している事がバレる訳にはいかない。


「有難う御座います。助かります」


如何にも、ありがたい!

これで、まだ生きられます!

そんな風を装って――パンを受け取った。

昼飯にでもすればいいか。そう考えて。


「では、後ほど旦那様からコンタクトがあるかと思いますので、私は失礼させて頂きますわ」


そう言って、去っていった。

何だろ、これ?

王からでは無く、他の貴族からって事だよな――。

胡散臭いものしか感じねぇ~。


小屋に戻った俺は、剣と短剣を腰に刺し、昨日、買っておいた肩から下げる頭陀袋に、パンを無造作に突っ込んだ。

光学迷彩を唱え、小屋から出て鍵を掛けてから――。

一気に、上空へと飛び上がった。

流石に昨日、一昨日と森の木々の間を縫って飛ぶ練習をしただけはある。

慣れた調子で、東へ向かって飛ぶ。

時速に換算すれば。100kmは出ているだろう。

だって――目から涙が止らないんだもん!

まだ、この世界では眼鏡は見ていない。

もしかすると、無いのかもしれない。


昨日、冒険者ギルドのラミリーさんに教えて貰った林が見えてくる。

後ろを振り返れば、王城と市壁が小さく見える事から、

それ程、離れては居ない事が分る。

速度を落とし、高度にして3m辺りを飛びながら目的のスライムを探す。


まさか、一度下りないと駄目なのか?

そう思ったのだが、林が切れている辺りで風も無いのに林が揺れた。

注視して眺めていたら、地面を這って進んでいる生物を見つけた。

いた!

俺は、ゆっくり降下しながら剣をぷよぷよ動いている生物に突き刺した。

刺されたスライムは、ぶるぶる震えた後、呆気なく動きを止める。

地面に下りて近くで見てみると、うん。柔らかいゼリーですね。

スライムは死ぬと透明になった。

透明になると中の魔石も、ハッキリと外からも見えるようになる。

へぇ~ゲームとか小説では、スライムの魔石を狙え!

とか書いてあったけど――。

実際のスライムは、死なないと魔石の場所って分らないんだな。

そんな事で感心してしまう程、気が抜けていた。


そんな時に、災いが降りかかる。

『ガルルルゥ~』と唸りながら林の中から何かが飛び出してきた。

俺はスライムの魔石を取ろうと、短剣を握った状態だ。

慌てて、短剣を飛び出してきた生物へ向けた。

飛び出してきたのは、犬?

慌てて、観察眼を発動すると――名前はガルムと表示された。

えぇぇぇぇ~やばい、やばいよ。


☆ガルム

LV35


HP 290

MP 93


死へ誘う犬狼


この前、自分のステータスを見た時は、LV3でHP180だぜ?

勝てるのか?

不安に苛まれると、体も硬くなった様に動きが悪くなる。

ガルムは既に飛び上がり噛み付く一歩手前まで来ている。

俺は、身動き出来ず、ただ短剣を、力を込めて握るだけだった。

鋭い牙は俺の首を狙っていた。

しかし、短剣を握っていたのが幸いしたのか?

首に噛み付く前に、自ら短剣に鼻先から突っ込んできた。

偶然だが、力を込めていた事も幸いした。

魔力が通った短剣に鼻先から突っ込んだガルムは、頭の半分を切り裂かれ――上顎から上が完全に離れ、周囲に脳髄をばら撒いた状態で停止した。


ひぇ~驚かせんなよ!

もう駄目だと、半分諦めちゃったじゃね~か!

こんな危険な魔物が出るなら――ちゃんと教えとけ!

八つ当たりである。

そう言いたくなるのも分る。

煌の買ったばかりの服は、ガルムの脳髄でベトベトに……。

目の前で切り裂いたのだから当然であり、寧ろ怪我が無かっただけ良かった。


死んだガルムに近づき、胸を切り裂き、魔石を取った。

魔石の色は黒。

しかも良く見ると、黒い中に赤い模様も混ざっている。

まるで、まだ生きているガルムの心臓が蠢いている様な錯覚さえ覚えた。

俺は、恐ろしくなって――。

スライムの魔石を回収し、ガルムを担ぐと、急いで街へ逃げ帰った。


流石に。2m近く大きなガルムを背負っていきなり街中には飛べない。

仕方が無いので、門から旅人を装って入る事にした。

市壁の守衛や門番なら、勇者の顔も知られていない筈。

しかも。俺の頭は、ガルムの血で染まっている。

ギルドから一番近い正門の傍で地上に下りた。


見つからない様に、光学迷彩を解除し門まで歩いていく。

入場待ちをしている人の列が、俺の異様を見てざわめいた。


流石に、入場者が騒ぎ出せば守衛も気づく。

2名の兵士が騒ぎの中心と目される俺の方へ駆け寄ってきた。


「いったい何事だ!」


俺の背がこの世界の平均より低い為――俺の姿は見えなかった様だ。

周囲の人が、道を開けるように避けだした。

当然、俺の姿が兵士の目にも認められる。


「おい、お前。それは――なんだ?」

「はい、この先の林で襲われまして……倒したので持ってきました」

「小僧は冒険者なのか?」

「はい。まだ駆け出しですけど……」


2人の兵士は、これが普通の狼だと思ったらしい。


「その格好じゃ回りに迷惑だ。さっさと中へ入れる様にしてやるから――こっちに来い」

「助かります」


そう言って、入場料の銀貨2枚を支払って中へ入った。

料金が高いのは……仕方無い。

まさか、高いから帰りますとも言えない。

後から徴収されるのも――面倒だ。

なら早めに支払った方がいい。


大通りを、ガルムを担ぎ冒険者ギルドまで歩く。

街の人達も、異様に驚いていた。

冒険者ギルドの扉を開けて中に入ると――。


「おい!ちょっと待て!」


偶々、入り口の方を見ていたカウンターの奥にいた職員だろうか?

その人に、入るのを止められた。

カウンターに座っていた、エリッサさんも俺に気づく。

血で汚れていても、流石はカウンター業務を長くやっているだけあって、俺だと気づいた様で……。


「ちょっと、キラくん。貴方何を担いで来たの!」


そんな事を言いながら、カウンターから飛び出してきた。


「はい、汚しちゃってすみません。スライムの林に入ったら急にガルムに襲われちゃって……」


俺がそう言うと……冒険者ギルドの職員だけでなく、近くで様子を窺っていた他の冒険者も騒ぎ出した。


「「ガルムだって~!」」

「嘘だろ!マジ?」

「ありゃ~狼だって!」

「そ、そうだよな!あんな餓鬼が倒せる筈がねぇ~」


俺の様子を窺っていた――冒険者の反応である。


「中型の魔物からは外から回って、横の扉から直接保管室へ運んで貰っているの。今から案内するから付いて来て」


エリッサさんに案内され、後ろを歩く。エリッサさん背は俺より高いんだな。

俺より5cm弱高く感じた。

ギルドの建物をぐるり周ると、確かに横に大きな扉があった。

エリッサさんがそれを開き中に入ったので、俺も続いて入る。

さっき、カウンターの奥にいて俺に声を掛けた男性も、中から回って来ていた。

「よぉ~く見せてくれ。――あ~鼻先から上は無いのか?」

「すみません。倒すのに夢中で……」

「いや、これと遭遇して生きて帰ってきただけで儲け物だよ。よく倒せたな」

「レイブンさん、それじゃこれは――」

「あぁ、間違いない!ガルムだ」

「これが……ガルム。彼を殺した、あの――」


ん?

エリッサさんの旦那を殺した?

俺が不思議に思っていると、レイブンさんと呼ばれた男性から質問を受けた。


「これの魔石はもう取ってあるみたいだけど……見せてもらっていいかな?」

「あっ、はい。これです」


俺が、頭陀袋から魔石を出して見せると――。


「おぉ~こりゃ見事なアイズカラーの魔石だな。エリッサ君も見てみなよ。これがBランクでも徽章なアイズカラーだよ」

「こ、これが……これの為にあの人が――」


エリッサさんがガルムの魔石を手に取り――次の瞬間。


「あ゛~っ、あの人を帰してぇ~」


そう叫びながら、魔石を壁に叩き付けた!


「おい!エリッサ!しっかりしろ」


動揺しているエリッサさんの肩を、レイブンさんが鷲掴みする。

エリッサさんは、その場に屑折れてしまった。

俺は、壁にぶつけられた魔石を回収して、見てみたが――傷一つ付いていなかった。


「君、申し訳ないね。でも傷とか一切付いていないだろ?Bランクの魔石は下位の魔物と違って――ミスリルか、アダマンタイトクラスの剣じゃなきゃ壊れないし、傷も付かないのさ。それ故に希少で、討伐するのに命を落とす冒険者が後を絶たない――彼女の旦那さんの様にね」


俺は、どうしたらいいのか分からずに、ただ立ち尽くしていると……。


「君、今日は魔石を持って――帰ってくれていいから。明日の朝、また来てくれるかな?ガルムはこちらで引き取らせて貰うよ。おそらく牙や爪は綺麗な状態だし、皮も悪くないから高値での買い取りになると思う」


それでいいかい?と言われたので、頷いて大人しくギルドを後にした。


俺も、血でベトベトになった自身の格好を何とかしたかったが、このままの格好で小屋へは帰れそうに無い。


仕方が無いので、昨日の湯屋へ体を洗いに行く事にした。

その前に、服屋に寄って適当な着替えを上下購入する。

銀貨1枚も飛んで行った。

入門料と合わせて銀貨3枚は――痛い出費だが、仕方無い。

その後、銅貨3枚を支払って、湯屋へと入る。


決して、やましい気持なんて無いんだからね!

お湯と洗剤じゃないと、綺麗に汚れを落とせ無いからだから!


脱衣所で全裸になり、扉を開くと……。




ヨボヨボのお婆さんが、数人で昨日より少ない男達の体を洗っていた。

ちょっとガッカリはしたが、今日は綺麗に洗いに来ただけだ。

慣れた常連さんの様に、ござの上に横になった。

うん、俺。分ったよ。

性的な対象じゃない人に、体を洗われたら、男って――。


元気に成らないものなんだね!


昨日と同じ順番で体を洗われたが、銅貨20枚の話は一切出なかった。

俺は、頭の先から綺麗になり、買ったばかりの服に着替えて湯屋を後にした。


湯屋から出た俺は、今晩は外食にしようと考え、例の酒場に足を向けた。

お店は開いていたので、扉を開け中を覗き込むと、


「いらしゃい!あっ、昨日は助けてくれて有難う!待ってたのよ?ここの席が空いているから、こっちに来て」


まるでハートマークが付きそうな位、甘い声で誘われ――。

指定された席に座った。

周りの客でも、ラミリーさん目当ての客には睨まれ、肩身が狭い思いもしたが、今日は色々あったから。

せめて晩飯くらいは、陽気な空気の中で食いたい。


「キラくん、お勧めでいいかしら?」

「はい。それでお願いします」

「じゃ~ちょっと待っててね!」


そう言って、ラミリーさんは奥の方へ引っ込んでいった。

出された水を半分位飲み終わった頃、ラミリーさんが奥から料理が乗ったお盆を持って、こちらにやってきた。


「はい!キラくんへ――私の特製手料理よ!」


そんな火に油を注ぐ様な事を言うものだから……益々睨まれる様になった。

これ、漫画だったら、頭に汗かきまくっているんだろうな。

そんな馬鹿な事を少しだけ考えたが、目の前に並べられた、豪華な料理を見てどうでも良くなった。

野菜と肉たっぷりのスープに、パンはわざわざ焼いてくれて、パンの上にはチーズが乗っていた。他にも、焼き魚に、果物まで。

ラミリーさんの本気度が分る料理だった。


「凄い豪勢な料理だね!」

「もちろん!キラくんの為に真心も入っているわよ!」

「本当に、ありがとう」

「ささ、冷めないうちに食べて頂戴」

「じゃ、頂きます」


俺は、スープから手を付ける。

スープは何かの骨で出汁が取ってあり、コクがあって美味い。

次にパンを手で千切って口の中に入れた。

うん。日本で食べたパンに近い。

ここ最近では、一番美味しいパンだ。

魚は、白身魚で、恐らくこの近くの川で取れたものなのだろう。

ちゃんと中まで塩が染み込んでいて、身は柔らかく美味しい。

日本の渓流で食べた、鮎の塩焼きに似ていた。

最後の、果物は、ちょっと甘酸っぱい感じの赤い実で、聞いた所、森の木になる果実らしい。

プラムのような味がした。

一通り食べ終わると、笑顔でラミリーさんが近づいてきた。


「どうだった?お口に合ったかしら?」

「うん、凄く美味しかったよ。こんなに旨いのは久しぶりだ」


本当は4日ぶりだが、態々それを言って機嫌を損ねる事も無いだろう。

向こうへは、いつ帰れるのかも分らないのだから。

そんな話をしていると、奥の階段から誰かが慌てて下りてきた。


誰だろう?

ラミリーさんに旦那は居ないし、この前の話では、彼氏は亡くなったと聞いたけど――。

そんな事を考えながら、階段の方を見ると、階段から下りてきた女性に声を掛けられた。


「えぇ~お姉ちゃんが助けられたのって――キラ君だったの!」

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