街に捧ぐ

細矢和葉

独白みたいなもの

 この街にはもう夏が来ないと、そんな悲しい話を聞いた。私が生きることを知った街だ。

 私はこの街ができた頃から、つまり私が子供の頃から、ずっとずっとここにいる。街の終わる予感に気付いていないわけじゃなかった。最近は活気もなくなってきて、どこか寂しい感じはしていた。そんな不況に煽られるように、この街の閉鎖が決まった。

 街の閉鎖、なんて言っても、ほとんどの人は分からないと思う。けれど言葉通りの意味で、街は本当に閉鎖されてしまって、もうそこには帰れない。壊されるわけでもない。ただ、入れない。そこで生まれたものや出会ったものに、もう触れることは叶わない。

 春を最後にこの街は終わる。どんな風に別れを告げようか、気持ちの整理をしようかと考えているうちに、もうとっくにその春が来ていた。別れの季節、桜が咲くころ、この街は完全に閉鎖される。もう数日もない。皮肉なほどうららかな陽気に誘われるようにして、私は秘密基地に行く。いつものようにギターを一本背負った。

 私はこの街の「歌うたい」だ。同じ歌うたいたちと秘密基地で遊んでいた。それはそれは幼い頃から。いろんな楽器を弾く人がいて、私はギターを弾いていた。演奏も歌も歌うたいの中では誰より下手な部類だ。それでも私の歌を好きと言ってくれる人たちに出会えた。認められるということを、私はこの秘密基地で初めて知った。最近はやっと歌が上手くなって、ギターもちゃんと弾けるようになって、拍手も増えてきたところ。このまま上手くなりたいと願った矢先に、街の閉鎖が知らされた。悔しかった。今も悔しい。

 秘密基地の前で立ち止まる。街を見渡せるくらいのこの大きな木が、歌うたい達の秘密基地だ。少し前まではこの街もこの秘密基地も賑わっていたのに、今日はがらんとしている。少し登って、大きな枝に腰を掛けて息をついた。静かな街は少し寂しく見えた。風が気持ちのいい日だ。

 多くの人が「最後の歌」と称した歌をすでに歌い去った。私のようにギリギリまでここにとどまっている人もそう多くはない。

 少しだけギターの弦をはじいて、小さく咳払いをした。


 私の最後の歌を聴く人はいない、か。


それも悪くはないかと思った。私の最初の歌だって、誰も聴いてはいなかった。それに、ギターを鳴らしていればあとから人はやってくる。

 街に向かって祈るように、声を風に流し始める。これが私の最後の歌。幼い私に訊いてみたい。君に比べて私の歌は、少しは上手くなっただろうか。

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