シェアハウスめし事情

@AL_chan

第1話 ~ 年越しそば ~

 僕がそこにたどり着いたのは一昨々年の暮れの頃でした。

 当時住んでいたシェアハウスではその日の晩、共用部のダイニングではパーティーが行われていました。きっと誰かが言い出しっぺになって、幹事さんがいるようなしっかりとした集まりではなかったと思います。自然に発生したのでしょう。ああいった所ではよくある事です。小さなお友達グループが、隣のテーブルのグループとくっつきあって、一つの大きなグループが作られるということは。

 ともかく最初の夜にそういった団体に出くわしたわけですから、非常に肩身の狭い思いをしたものでした。例えるなら、学校で独りでお昼ご飯を食べている感覚でしょうか。

 それでも節約を考えて、外に出て食べに行くよりは、仕方なく自分で何か作って食べることにしました。あまり金銭に余裕はなかったですし、安く上がる、それでいてどうせなら大晦日らしいものを食べたい、ということで、自然と年越しそばになりました。

 トッピングに何を使ったかはもう忘れてしまいました。実家ではよくニシンを乗せていたので、少し奮発したのでしょうか? それとも質素にネギとカマボコだけですませたのでしょうか? もう記憶もおぼろげですが、きっと緊張していて、どんな味がしたのかすら、もう覚えてもいません。ただ、足りないと嫌だなと思って、二食分をゆでました。

 どんぶりから溢れ出しそうな超大盛のそばを、ただ無言でぼそぼそと口に運んでいく単純作業は、居たたまれなさで肩口あたりがキシキシと痛んできました。ダイニングには大型のテレビがあり、年末恒例の「ガキの使い」がかかっていて、大好きな番組でしたが、パーティーが盛り上がっていたこともあって、何も聞こえませんでしたし、今となっては「笑ってはいけない」何だったのかも覚えていません。

 ただハッキリと記憶に残っている事が、僕はテレビの目の前に並んだ三台のテーブルの一番隅に腰掛けていたのですが、一人の背の低い、金髪の、華奢な感じのする白人の女の子が、背の高い浅黒い肌の女の子を、ギュッとハグしながら、何かよく分からない言葉で、泣きながら声をかけている光景を見たことです。

 いかにも外国人同士の別れの場面らしいそれを見て、

(あぁ、自分は全然違うところにいる)(今まで暮らしていた所と……)と思いました。

 僕は、一つ身で世界を放浪するような旅人に憧れていて、いつか実現したいと思っていました。外国人の友達もいて、たまに英語を話したりもしました。一度だけですが、台湾へ自転車を持って、サイクリングへ出かけたこともあります。

 ただこのシェアハウスの、混沌とした状況は……。何もとっかかりもなく、荷物を全て取り上げられて野原に放り出されたような心細さ。自分はやっていけるのだろうか? 酔っ払いやクラッカー、合唱、内輪で用意したケーキやオードブルの立ち並ぶテーブルを前に、すっかり怖気づいて、入居前に描いていた、温かく穏やかに迎え入れて貰えるような甘い妄想は露と消えました。

 僕はそばを食べ終えると、僕はずこずこと自分の個室に引き下がっていきました。

(場に慣れないし、部屋にひきこもって生活しないといけないのかな……)

 もう少し自分が、人見知りで、引っ込み思案な性格じゃ、なかったら。と、思いながら、それでも、「来年は良い年になりますように……」と思って眠ったのは、覚えています。

 

 その後二か月後に、泣きながらハグしていた女の子に「高野豆腐」や「精進料理」をふるまったり、翌年の年明けには、僕が中心になって「おせち料理」を作ったりするまでに馴染むことになるのですが、全てあのキッチンで作った料理がとりなした縁だと思っています。

 とにかく、人馴れしない僕が同じテーブルに着くのに、食事に誘うという行為が、見知らぬ人との距離を詰める有効な手段として役立ちました。

 これからはそういった、料理が繋いでくれた縁を、笑いと、恥ずかしさと、ちょっぴりのスパイスでのたうち回るような思い出話を交えて、シェアハウスでの暮らしぶりを、酸いも甘いもお伝えできればなと思っております。

 そして、

 シェアハウスってどんなところ?

 人見知りでもやっていけるかな?

 実際住んでみたいけど、色々と不安……


 と思っている方に、実際住んでみるかどうかという判断のお役立てれれば、幸いです。

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