「正方形は三角形となる」 1せくしょん

 年が明けた。冬休みも残り少ない。


 私は、冬の新作『うさぎの天使』をショウケースに並べていく。

 これの提案者は私だ。兎の形をしたエンゼルケーキ。レモンを縦に半分にしたような簡単な形で、中には苺のムースが入っている。


 小春からは『怖い』と言われてしまった。


 可愛らしい兎をフォークで一刺しすると中からピンクのムースが出てくる。というのが生々しいらしい。

 しかし、お客さんの反応は良好で、人気商品となっている。


 商品を並べ終え、店のロールカーテンを開ける。

 外ではお母さんが雪かきをしている。私もすぐに上着を羽織り手袋を着けて外に出る。


「ケーキ並べ終わったよ。雪かき私も手伝うね」

「あら、早いわね。ありがとう。それにしても今日は雪が凄いわね」


「うん」


 風もなくただただゆっくりと落ちてくる大粒の雪。

 私はこんな雪の日が何故か好き。寒いのは嫌いだけど……。でも、この雪は好きな雪。冬なのに不思議と少し暖かく感じる。


「髪結構伸びたわね? お金あげるから美容室行ってきなさい。カラーも自分でやってるからムラだらけよ?」

 お母さんは雪かきの手を止めて私の髪を見ている。


「うーん」

 確かに結構伸びたな。夏に切ってそれっきりだからもう四か月位経っている。


 カラーは美容室に行くのがちょっと面倒臭かった。ということにしている・・・・・・・・・・


「そういえば最近謙ちゃん来ないわね? 受験勉強でもしてるのかしら?」


 私は心臓が跳ねるが平然を装う。


「な、なんでだろうね? でも、きっと美容系の専門学校だから受験とか面接だけだよ……」

 私は雪かきを続ける。


「そうよね。矢元さんの所は床屋さんだものね。あなたたち同じ専門学校に行くの? 千夏も美容師目指すこ――」

「知らないよ!」


「千夏?」


 私は怒鳴るように言い放った後、逃げるように自分の部屋に戻った。


 冷えたベッドの上に座り、カエルのぬいぐるみを抱きしめる。


 あの日。私は人生初の告白をし、人生初の振られるということ体験した。

 その後のことはあまり覚えていない。浜田が告白を辞退したのは覚えている。本当に申し訳ないことをした。


 それから謙とは話していない。


 勝手に舞い上がってしまった結果これだ。

 告白が成功して、理容科もある同じ美容学校に行けると思っていたのに……。咲希が謙と付き合ってないと分かってから、私は思考がおかしかった。

 謙は私のことを好きと勝手に思い込んでいた部分も少なからずあった……。でもそれは間違い、咲希と謙は付き合ってないだけで、謙の気持ちは全く分かっていないままだった。


 私と謙はただの幼馴染。少女漫画のような展開になるはずもなかったのだ。


 自分でカラーしたのだって……。でも謙は触れてこなかった。前はたった1センチのリタッチが明るすぎるのにも気付いたというのに。


「はあー」

 自分の惨めさにため息が出た。


 もう悩んだってしょうがない。

 私は自分に言い聞かせ、灯油ストーブのスイッチを付ける。


 少しして点火音と共に灯油の匂いが交じった温かい空気が流れ出る。

 机にクランプを付けてウィッグを挿し準備を進める。ウィッグの台座には『二号機』という文字。


 一号機は棚の上に飾ってある。おかっぱのワンレングスにカットされ、ブローもしてある。長さは顎位。

 二号機の髪は台座の少し上の長さで同じくワンレングス。人なら肩に付くか付かないかの長さだろう。


 私は冬休み中毎日カットの練習をしている。一日一センチずつカットしブロー。そして携帯で写真を撮る。これが日課となった。

 なぜワンレングスなのか。結論は簡単だったから。である。


 この『アシスタントの為のカット練習 基礎の3スタイルをマスターしよう』という本をビービーラボで見つけて購入し、練習しているのだ。

 そして、美容学校を卒業しているわけでも通っているわけでもない私には、中身はさっぱりだった。


 特殊な髪型を除いた一般的なカットスタイルは、全てこの本にある3つのスタイルの切り方で構成されている。


 自然の状態でただ真っ直ぐカットされているワンレングス。ワンは『一つの』。レングスは『長さ』。一線の同じ長さの場所でカットされているのでワンレングスというらしい。


 もう二つはグラデーションとレイヤー。

 この二つは書いてあることがさっぱりだ。数学の角度の勉強をしている感覚。展開図が書いてあり、何度に毛を引き出して切るというのが淡々と書いてあった。


 専門用語も書いてあり、以前謙が言っていた用語も理解できた。


 スライスは髪の毛をコームで分ける事。それを取り出した部分をパネル。テンションは引っ張る強さ。ステムはパネルの引き出す角度。シェイプはコームで梳かす事。


 グラデーションとレイヤーが何故さっぱり分からないのか。

 それは、ワンレングスは顎位の長さだろうが、腰位の長さだろうが、自然に髪が落ちる位置で横にまっすぐカットしてあればワンレングスなのだ。簡単だ。


 グラデーションはそうはいかない。本には後頭部で説明書きがあった。地面に対して平行に縦スライスでパネルを引き出したときに、パネルの上の毛が長くて下の毛が短くなるのがグラデーションらしい。

 レイヤーは、同じく引き出したときに、上と下の長さが同じか、上が短いカット。


 図解入りで書いてあるが、ロングのグラデーションとショートのグラデーション。同じくロングとショートのレイヤー。

 この二つは長さの違いで見た目が全く別物のスタイルなのである。ワンレングスのように分かりやすくない。


 私なりの解釈は、段が入ってないのがワンレングス。少し入ってるのがグラデーション。かなり入ってるのがレイヤー。多分これであってるはず……。

 ってことで、私はよく分からん二つは諦め、ワンレングスの練習をしている。


 でもやっているうちに疑問も出てきた。

 真っ直ぐにカットしたはずなのに、乾かしてブローをすると部分的に長さが違うのだ。

 横から見ると、顔側が短くなったり、耳の辺りがへこむように短くなっていたり。後ろの断面図は表面側が短くなってたりで、何故か段が入ってしまっている。襟足も謎の毛の塊が飛び出していたり。


 要はスパッと真っ直ぐになっていないのだ。でも真っ直ぐ切っている。ロングのときはさほど気にならなかったが、短くなるにつれてでこぼこになってくる。

 二号機はまだ長い方なので気にならない。一号機はその現象に襲われている。


 私は一時間半程かけて二号機のカットとブローを終え写真を撮る。今日の日課は終了だ。

 下に落ちている髪の毛を片づけてベッドに腰を下ろす。が、すぐに立ち上がり一号機を手に取る。


 なんで長さ違うの? もう気になるー。どうしよう。謙に訊くのは気まずいしなあ。

 携帯と一号機を持ち、悩みながら床を転げまわる。


「一号機ちゃん! どうして長さ変わっちゃうの? 教えてよー!」


 無機質な表情の一号機ちゃんはもちろん返事などしてくれない。

 灯油ストーブの静かなファンの音だけが聞こえる中、無言の時間が流れる。


「ぐぬぬ……」


 すると突如携帯が鳴る。

 私は驚き、跳ねあがった後正座になる。画面は『着信 矢元理奈』と表示されている。

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