「点Cの過ち」 2しぇーぷ
翌日。学校祭最終日、後夜祭。
片づけが終わり。昨日までのお祭り雰囲気は無くなり、すっかりいつもの学校に姿を戻した。……体育館を除いては。
体育館では閉祭式が終わり、先生たちは皆出ていく。
ついさっきまでは鮮やかに飾られていた館内も今は無機質丸出しである。
全校生徒が体育館に残ったままだが、先生方はそれを一切注意することはない。
そんな中生徒会の一人が壇上に上がる。
「みなさんお待ちかねの『告白タイム』を始めたいと思います!」
その一声で大きな拍手に包まれる。今年初の一年生サイドはかなり静かなようだ。
私たち三年サイドは奇声すら上がっている。
そして、皆仲の良い友達たちと固まり思い思いの場所に腰を下ろす。
私も同じく固まりたいのだけど、どうしても気になることがある。それは、体育館の二階にあたるギャラリー部分で一人ぽつんと立っている男子。浜田だ。
なんであんなところにいるのか。大体の察しはついてるが……。私は浜田の所へ向かった。
浜田は柵に腕を付きもたれかかり、真剣な顔で下にいる生徒たちを見ている。私もその横に同じくもたれた。
ここからだと皆の様子がはっきりわかる。ステージの前で固まっている生徒。バスケットゴールの下で肩を組んでいる男子たち。上級生に圧倒されていて動けないのか、閉祭式の場所のまま動いていない一年生たち。体育館の後ろ側では、バレーボールを勝手に出して座りながらトスをしている女子たち。出て行ったはずの先生方の数名もちらほらと見守るようにいる。
彩月はクラスの女子たちと一緒に壁に寄りかかり、何かを話しているようだ。
壇上では生徒会たちがプリントを持ち司会を進める。
「まずは、部活動から告白タイムをしていきたいと思います。最初はサッカー部お願いします」
一二年生のサッカー部たちがぞろぞろと壇上に上がっていく。
この部活動の告白タイムというのは、引退した三年生に向けての感謝を告げる場である。毎年恒例で、前座のような扱い。
私も去年新部長と任命されたことであそこに立ち、先輩に感謝の言葉を並べた。もちろん告げる側の私が泣いてしまったけど……。
私はそんなことを思い出しながらサッカー部を見守る。
新部長と思われる男子が大きな声を上げた。
「僕たちはサッカー部です。引退した先輩、部活動お疲れ様でした! 僕たちは先輩方のおかげで――」
と、サッカー部員が発表をしている中、ずっと静かだった浜田がつぶやいた。
「やべえ……緊張してきた」
いつもの元気な表情は無く、不安と緊張に押しつぶされそうな顔をしている。
私もその顔を見て同じく緊張してきた。
浜田が今まで頑張ってきていたのは知っている。私も彩月に悟られないように協力してきた。なんとなく二人になれるようなシチュエーションを演出してきた。
彩月の前で浜田のことを褒めてみたり。彩月の趣味や好物を教えたり。漫画のどんな男性キャラが好きなのか教えたりとか。
浜田の想いが実って欲しい。
私はおもいっきり浜田の尻を蹴る。浜田は「痛って」と声を上げた。
「なんて顔してんのよ! 男でしょ!」
私は浜田に向かってシャドウボクシングで威嚇する。
「わかったわかったやめろ」
「うむ、わかればよいのだ!」
私はまた柵にもたれて話を続けた。
「浜田なら大丈夫。絶対いける!」
「お、おう。頑張るわ」
私には微かだが、浜田の告白は成功すると思っている。
それは今までの彩月との付き合いで、彩月の恋愛に対しての
つい最近もそれを見た。学祭の準備期間中に一人餌食になっている。
彩月は男女問わず接し方が優しく、天然の惚れさせる技がいくつかある。それは男子に対しても距離が近かったり、軽いスキンシップをしたりとかなりの強者。更に巨乳という武器。
本人は意識してやっているわけではないので、どんなに男として興味がない相手でも同じく接する。
このことで女子達に陰口を叩かれたりもしているが……。
それで一人の男子がこれを勘違いしてしまい。かなり馴れ馴れしく接してきたときがあった。名前をあげると中田だ。
そのような男子に必ず言うセリフがある。『中田とは
この釘を刺すことで間接的にかつはっきりと、先に断りを入れてしまうのだ。
そして、浜田には何故か距離が少し遠い。この距離とは接する時の距離。スキンシップも少ない。というより殆ど見たことがない。
浜田もこれには気付いているようで、それがネックになっているようだ。この前もそれで相談を受けた。『やっぱ小林って俺にだけ冷たくない?』と。
核心が無かったので、その相談に対しては『気にし過ぎだと思うよ』と返した。
これを意味することが私の考えと合っていれば、告白は成功するはず。
「私、下の皆のとこに行くけど……大丈夫?」
私は覗き込むようにして訊いた。
「……ああ。なんか心配かけさせたな。わりい。……俺は大丈夫」
全然大丈夫そうな顔ではなかったので、もう一発蹴りを入れてその場をあとにする。
ある程度離れて階段に差し掛かったところで振り向くと、浜田はグッジョブサインを出していた。
私は彩月の元に行き、部活動の告白タイムを過ごした。
今は個人の告白タイム候補者が生徒会の前に列を作っている。
告白する人は事前に決まっているわけではない。ようは早い者勝ち。告白したい人は生徒会の所で整理券を貰い、その順番に従って行われる。
その列には当然浜田も並んでいるが、私はあえて知らないふりをして過ごす。というかそれどころではない。
「もう千夏泣き過ぎだよー」
「だ、だって、みんなあんなぶうにおぼってるっでおぼっでながっだがらあ。もっがいぶがづやりだいよおー」
「もう何言ってるか分かんないよ。ほら鼻水拭いて」
彩月はそう言いながら私にポケットティッシュを渡してきた。
「むん」
私は女バスの後輩達の言葉で感情が爆発していた。
送別会のときは、メインがバーベキューと紅白試合なので『先輩達お疲れ様でした』程度の挨拶しかなかった。
卒業式のときにまたこうなるのかと思うと精神的にもたなそうだ。
私が彩月の介護によりティッシュを辺りに散乱させていると、一人目の告白者が壇上に上がった。私も知っている人である。
腰パンでポケットから出ている財布のチェーン。学ランの上着はボタンが外され、頭は脱色された金髪。右手にマイクを持ち左手はポケットに入れている。
そう山瀬君だ。咲希の付けたあだ名で言うとチャラヤマである。
「三年C組の山瀬です。この場を借りて感謝と謝罪をしたい。学祭中に色々あって抜け出してしまって……クラスのみんなに迷惑をかけた……本当に申し訳ない!」
そう言って頭を下げ、続ける。
「その時予定していたミニライブは、クラスの七崎と浜田が急遽代役を務めてくれたおかげでなんとかなったと聞いている。だから七崎、浜田。……ありがとう。……以上」
そう言って足早に壇上を下りて体育館から出て行ってしまった。
山瀬君は今日の朝も皆の前で頭を下げていた。皆山瀬君を責めたりはしていない。むしろ心配いしていたくらいだ。
山瀬君のお母さんが事故に遭ったのは、皆の耳にも入っていた。お母さんは足の骨折だけで済み、命に別状はなかったらしい。朝それを聞いた皆は安堵の表情だった。
見た目はチャライがかなり責任を感じていたのだろう。
私は山瀬君を追いかけようとしたが、先に立ち上がった岸本君と相場君、さらにスニーカーのファンと思われる女子数名が目に入り、私は立ち上がるのをやめた。
その後も告白タイムは続いた。
別にここで言わなくてもいいのでは、と思うような内容がほとんどだった。
教科書を借りたままでごめんなさいとか、借りてたゲーム実は売っちゃってごめんなさいとか、そんな内容だ。
隣の彩月は表情が固くなってきている。きっと今回も告白されると警戒しているのだろうか。
私は確実に一人告白してくるのは知っている。本人には言えないけど。
そして十何人目かの告白者が壇上に上がった。
学ランのボタンはしっかりと締められて、中学校の校則に違反しないような髪型。眉も整えていない男子。見たことがない顔なので、きっと一年か二年だろう。
緊張しているのか両手でマイクを握り、若干内股になっている。
「なんか可愛いねあの子」
彩月はそう言って、固かった表情が少し緩み笑っている。
マイクの持ち方が悪いのか、ハウリングしたように高音がスピーカーから出る。それに驚いたのかさらに内股になりもじもじしている。
「私はちょっとやだなー、男ならビシッとして欲しいよ。もしかして彩月に告白するのかもよ?」
私も笑いながら鼻をかみ、彩月に言った。
「ちょっとやめてよ。断るのって結構心が痛いんだよ?」
「そうなの? もう慣れっこじゃん。常連さんは辛いねー」
するとマイクがいらないのではないかという程大きな声でその男子は叫びだす。
「ぼ、僕は一年A組の
尊敬語と丁寧語のミックスで体育館に笑いがおきる。そのうち一人称が拙者とか小生になりそうだ。
そんな笑いの中、彼はたじろぐ様子もなく続ける。
「その人の名前は分かりませんですが。学校祭のときにわたくし一目惚れいたしました、です! でも、最初に告白した人の話を聞いて僕は名前を二つに絞ることが可能となったのです。中庭でバンド演奏をしていたその人はボーカルで……おそらく名前は七崎さんか浜田さんのどちらかです! わたくしはそのライブを二階の教室から見ていました。その彼女の歌声と容姿に僕は惚れたのです!」
変な日本語でも一生懸命に伝えようとしている彼の熱意が体育館に伝わると『おおお!』と声が上がる。
私は固まる。
『おおお』と一番声をあげていたのはいうまでもなくうちのクラスの元野球部含めた男子。
告白タイムで一対一の恋愛系などは、名指しされた人も壇上に上がるという暗黙のルールが存在する。
「なーなさき! なーなさき! なーなさき!」
うちの男子たちが肩を組み騒ぎ出す。
辺りを見回すと、全校生徒の視線が私に向かっている。
彩月に後を押され、足元に掛けていたカーディガンを羽織り左側から壇上に向かう。
「千夏! 断るときは
彩月が私に何かを注意するように言っていたが、頭に入らない。
全校生徒の前でこの小さな四段しかない階段を上ったのは数える程度しかない。
壇上で改めて体育館を見渡すと、ニヤニヤしている私のクラスメイトたち。二階のギャラリー部分では浜田とその横に謙。浜田は笑っているが謙はいつもの無表情。
まさか私が告白タイムの恋愛系一発目の指名者になるとは……。全く予期していなかった。
福士君の方を見ると、かなり緊張しているのか小刻みに震えているのが分かった。そして彼は口を開く。
「七崎さんというのですね。……それでは単刀直入に。もしお付き合いしている人がいないのであれば、ぼ、ぼ、ぼ……。僕と、お付き合いしてください!」
体育館はまた『おお』と声が上がる。
私は考える。
いや、考える仕草をしたのだ。答えは決まっている。でも、答えるのが辛い。
目の前の彼は、小刻みに震えながらも皆の前で恥を承知で私に想いを伝えたのだ。
辛い。でも言わなきゃ。
「ご、ごめんなさい! 私
おもいっきり頭を下げる。
『あああ』と体育館では残念そうな声が上がる。その中に彩月の『あー!』という声も聞こえた。
「そうでしたか。分かりました。僕の告白に付き合ってくれてありがとうございます」
彼はそう小さくつぶやき壇上を後にする。私はその背中を見つめる。
彼は友達に肩を組まれ慰められている。
体育館はガヤガヤと
どんな表情をしていいのか分からない。私も壇上を下りようと階段に向かう。
『だーれ? だーれ? 好きな人ってだーれ?』
と、ほぼ全校生徒の声。
私は階段の手前でその歓声に気付く。そして、自分のやってしまった失敗にも気付く。
暗黙のルールその二。好きな人がいるような断り方をした場合、それを流れで告白する。
『だーれ? だーれ? 好きな人ってだーれ?』
再度固まった私。視界では中田が走っているのが見えた。二階のギャラリーへ向かう階段へと。
彩月はステージ階段のところに駆け寄ってきた。
「あんた馬鹿じゃないの! 気を付けてって言ったでしょ? どうすんのさ?」
「あ、あわわ、あ、ど、どうしよう」
「過去の二年間見てて知ってるでしょ? これはもう逃げられないよ。告白する前提の断り方じゃん。……もう告っちゃいなよ! あんたが見たの矢元君の彼女じゃなかったんでしょ?」
「え……」
顔面蒼白とは今の私を表すぴったりの言葉だ。
普通はこういうときって顔が赤くなる感じがするけど、私は完全に血の気が引いている。
視界に電子ノイズのようなちらつきすら感じる。
そんな私の気持ちを余所に、生徒会の女の子が私にマイクを持ってくる。
体育館はしんとしている。
誰もが私の握られたマイクからの発言を待っている。そんな表情だ。
どの位時間が経ったのだろう。きっと三分も経っていないと思う。でも私からしたら一時間は経っているような感覚。
マイクが私の手汗で滲んでいくのが分かる。油断すると落としてしまいそうだ。
すると、ひそひそ話さえ聞こえそうな程静かな体育館に大きな声が上がった。
「七崎頑張れ! お前なら大丈夫だ!」
声の方を見ると、浜田が大きくグッジョブサインをしていた。
私はコクリと頷き、深呼吸をしてマイクを口元に運ぶ。
「私は三年C組七崎千夏です! 私には好きな人がいます!」
静かだった体育館が息を吹き返す。
「それは……。同じクラスの矢元謙!」
私は二階にいる謙を見ながら言った。
謙はかなり驚いた顔をし、自分の顔を指差し『え? 俺?』とジェスチャーで訴えてくる。
隣でスタンバイしていたであろう中田が、謙の首を腋締めにしながら壇上まで連れてきた。
謙は少しはだけた学ランを直し、頭を掻いている。視線は合わせてくれない。困っているときの謙の仕草だ。
彩月は階段の所で祈るように手を合わせ、目を瞑っている。その横にはいつの間にか浜田の姿。
私は謙に向直り、深呼吸をして意を決する。
「謙。私ね、いつも間にか謙のこと好きになっちゃってた。最近冷たくしちゃってたのとかもそのせい。ごめんね。幼馴染で嫌な部分とかお互いに知ってるかもだけど、それも全部含めて好き……」
私はここまで言うと、言葉が詰まってしまった。目からは何故か涙が出てくる。握っているマイクも震える。
「そっか」
体育館では『がんばれー』と声が上がる。
私はもう一度大きく息を吸う。
「本当はもっと格好良いこと言いたかったけど……急にこうなっちゃったからもう出てこないや。だから……。言うね……。私と付き合って下さい!」
涙で視界が歪む中、謙を見つめる。
謙は頭を掻く姿勢のまま固まっている。表情は涙のせいで分からない。
少しの沈黙の後、謙は口を開いた。
「お前の気持ち。すげえ嬉しいよ……」
私は震える手を必死で堪えようとマイクを強く握りしめ、涙を袖で拭き続きを待つ。
謙の顔がはっきり見えた。今まで見たことがない程困った顔をしていた。
その顔を見た私は、胸の中に針でも刺されたような感覚、不安、恐怖に襲われた。
そして無情にもその言葉は私の耳に入る。
「ごめん……付き合うことは出来ない……」
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