「点Cの雨模様」 3すらいす

 9月に入った。


 私の住んでいるここは夏の終わりが早い。

 今朝の新聞に入っていたチラシにはストーブの広告。学校ではカーディガンの着用が許可された。制服はまだ夏服のままである。

 昼間は熱いが夜は寒いという服装に困る時期。でも私はそんなに嫌いでもない。

 制服のカーディガンもそうだが、重ね着が好きなのだ。見慣れたセーラー服でもカーディガンでまた可愛くなる。その感じが好き。

 決して薄着で胸の大きさがあらわになるのが嫌だから重ね着が好きというわけではない。うん……。

 学校祭の準備は順調で『女装ズ』も大人しく仕事をしている。この調子なら後半はやることが無くなって演劇側の手伝いに回ることになるだろう。

 

 18日月曜日。


 今日は敬老の日で学校が休みである。

 午前中にも関わらず空は暗く、生憎の雨模様。そんなどんよりした風景を駅前のファーストフード店の中から朝食を取りながら眺める。


 お母さんからお小遣いの前借に成功していたが、学校祭の準備で忙しく、謙へのプレゼント選びができないでいた。

 結局いつものお小遣い日を過ぎてしまい、前借の意味はなくなってしまった。


「で、何買うか決まったのか? 矢元が喜びそうな物って俺わっかんねーなー。あいつ趣味とかねーし」


 目の前では、だらりと腰で椅子に座りポテトをリスのように食べる浜田。


「そうなんだよね。ってかそれじゃ浜田を呼んだ意味ないんだけど。浜田は何貰ったら嬉しい?」

 私は温かいカフェオレの入った紙コップで両手を温める。


 プレゼントに悩み、結局何を買うか決まらないまま今日を迎えたわけだが。同じ男子である浜田に相談すれば何か分かるかもと思い、付き合ってもらっている。


「うーん。俺は何貰っても嬉しいけどな。……床屋の道具とかは?」


 私もそれは考えた。でも、謙くらいになると道具にこだわり持ってると思う。使いやすさとか色々。だから……。


「道具はダメ。とりあえず、札幌の駅ビルで探してみよ?」

「了解!」

 浜田は敬礼のポーズをする。



 駅ビルに着いた私たちは人混みの流れに乗りながら、良さそうな店が無いか探しながら進む。


 ここの駅ビルはとても大きく、地下1階から始まり9階までショッピングモールや映画館、飲食店などが入っている。更に駅ビルに隣接して家電用品店と百貨店がくっ付いている。

 9階から上もあり、専用のエレベーターを使って38階の展望台に行くこともできる。


「そういえばプレゼントって何の?」

 浜田はポケットに手を突っ込み、キョロキョロしながら訊いてきた。


「誕生日のプレゼント」

「え! 矢元の誕生日って……いつ? 俺も買ってやろうかな」


「あんた達結構一緒にいるのに知らないの? 5月19!」

「へー、5月19ね……5月? お前今9月だぞ? 来年のプレゼントもう買うのか?」


「来年じゃなくて今年の! もう過ぎちゃったけど、渡してなかったから……」

「……そっか。良いの見つかるといいな」


「うん」


 今日は祝日ということもあり、いつもより混んでいる。

 そんな人混みで視界の狭い中私は見つけたのだ。レトロな雰囲気の雑貨屋。ブリキのおもちゃや服、置物などがおいてあるその店で。 


「これめっちゃ可愛い!」

「あ? そんなもん喜ぶとは思えないけどな……」


「これは自分用!」

「ええ?」 


 私が見つけたのは『カエルが逆立ちをしているキーホルダー』。

 衝動買いというやつだ。

 その後、アパレルショップや靴屋、帽子屋など回ったが、これだというものが見つからなかった。



「なあ、ちょっと休憩しない? 結構歩いたから足痛てーわ。腹も減ってきたし、飯屋入ろーぜ」

「だらしないわね! 男でしょ? でもお腹は空いた」


「帰宅部の体力の無さなめんなよー。で、何食う?」

「そば!」


「そば? 女子高生の発言とは思えないな。パンケーキとかパスタとかじゃなくていいのか?」

「日本人ならそばでしょ! 何言ってんの」


「洋菓子店の娘に言われたくないね」


 飲食店フロアに着くと、色々な店から待ちの列が出来ている。

 一番長い列は回転寿司。他にも、お好み焼き、スープカレー、オシャレな洋食店、パスタと列が出ている。

 目的の蕎麦は不人気なのか、すぐに入れそうだ。


 私は他の店には目もくれずのれんをくぐる。

 席に着くと店員が温かいお茶を持ってくる。少しして冷たい水も持ってきた。


 浜田は二つ折りのお品書きを開き、私が見やすいように置き「これうまそー」などと言っている。


「私決まってるから見ていいよ」

 お品書きをくるりと回してあげた。


 私は冷たいとろろ蕎麦と昔から決まっているのだ。大好物である。

 ただ、呼び名が蕎麦屋さんによって統一が無いことに文句を言いたい。

 とろろ蕎麦か山かけ蕎麦。冷たいか温かいか。かかっているか付けるか。


 私はかかっている冷たい山かけタイプが好きだが、付けるタイプしかない店もある。冷で、かかっていてもとろろ蕎麦、かかって無くてもとろろ蕎麦のお店。

 冷たいのがとろろ蕎麦、温かいのが山かけ蕎麦の店で、とろろ蕎麦も山かけになっていたりいなかったり。


 この問題をどうにかしてほしい。と、蕎麦好きの私はいつも思う。共感できる人とは是非友達になりたいくらいだ。


 昔ネットで調べたときは、冷がとろろ蕎麦で温かい方が山かけと書いてることが多かった。でも、付けかかけかの違いは、かかっているのが山かけ、付けるのがとろろ蕎麦。

 は? ってなる。

 単純に『芋を掛け・・る』ということなのだから、かかっているのを全て山かけにして欲しい。どうせお品書きは冷たいと温かいを分けるのだから……。


 今来ているこの店は『冷たいお蕎麦』の欄はとろろ蕎麦。『あたたかいお蕎麦』にもとろろ蕎麦。でも、かかっている山かけ蕎麦である。何度も来たことがあるので知っている。


「七崎どうした? 怒ってんのか?」

 浜田は覗き込むように訊いてくる。


 私は気が付かないうちに、腕を組み怖い顔をしていたようだ。


「ううん、違う違う。とろろ蕎麦について考えてただけ」

 私は笑顔で返す。


「蕎麦について? ……そ、そっか。頼むけどいい?」


 私は頷くと、浜田は手を挙げ注文をしてくれた。 


「どうしよう。全然いいの見つからないね」

 私は紙ナプキンでお冷の水滴を拭きながら訊く。


「ニット帽とか良さそうだったけどな? ダメだったか?」

「それもいいかなって思ったけど、普段かぶれないじゃん? 謙センスないしさ。もし学ランにニット帽で登校してきたら、それはそれで面白いけど」


「まあ、確かにそれはあるな。俺みたいに学ランの中にパーカー着てとかなら分かるんだけどな。でも、あいつ顔良いし意外とそれでも着こなしちゃうんじゃね?」

「うーん、確かに無しではないか……」


「今2時過ぎで時間はまだまだあるから、納得するの見つけるまで選べよ。俺は今日一日暇だしさ。なんだったらアーケード街の方行くか?」

 浜田は付けている腕時計を見ながらそう言った。


 私はその浜田の腕時計を見て閃いた。


「あ! 時計! 腕時計にしよう! 謙付けてるの見たことないし、いいと思わない?」 

「おー、時計か! 確かにいいな! 時計貰ったらかなり嬉しいかも!」


「よし決まり! 服屋さんとかによく可愛いの置いてあるよね? それ狙いでいこー」

 私は拳を前に出す。


「おう、それならよさげなの置いてそうな店知ってるぜ。食ったら行ってみようぜ」



 頼んだ蕎麦が運ばれてくる。浜田は大根おろしや天かす、キュウリに鰹節などが沢山乗った千鳥そば。

 結構おいしそう……。あとで一口もらう! 絶対もらう!

 私はそばつゆを掛けながら浜田に訊く。


「で、そっちの方は調子どうなの? 彩月とさ」

「え」 


 浜田は動揺したのか、混ぜている箸で天かすを撒き散らした。


「ちょっと! こっちまで飛んできたんだけど。汚い食べ方しないの!」

 私は天かすを拾い、紙ナプキンに包む。


「すまんすまん。……その話なんだけど。ちょうど七崎に相談しようかなって思ってたんだ」

「ほう。聞こうではないか!」

 私はそばをすする。


「……単刀直入に言うと……後夜祭に告る」

「ブゥッ」

 私はびっくりして、すすったそばを全部吹き出してしまった。


 かろうじて発射された蕎麦は器内に着弾したため、惨事には至らなかった。


「おい。お前の方がよっぽど汚いぞ。……でだ、後夜祭と言ったらもうわかるよな?」

「わかるけど……あんた勇気あるわね」

 私は口を拭きながら言った。


 後夜祭。名ばかりがかっこいいが、その実態はただの後片付けである。

 昔はキャンプファイヤーとかしていたらしいが、近年では世間の目が煩いせいか、無くなってしまっている。 

 そしてその廃止になった年に、私たちの先輩方がある伝統を作り上げたのだ。


 それが体育館ステージを使った『告白タイム』である。 


 告白といっても、恋愛のみではなく、感謝の気持ちを伝えたり、喧嘩している者同士仲直りしたりと、多岐にわたる告白タイムなのだ。

 学校祭のメインをこちらに考えている生徒も多いだろう。今目の前にいる浜田のように。


 去年おととしと過去の2年で、彩月は告白タイムの常連である。ただ、上に立つ側でなく、ステージの上から名を呼ばれる常連。

 1年のときは3人の先輩から交際の申し込み。2年のときはひとりの後輩と同級生から。そして、その全てを断っていた。


 私も一度だけ名を呼ばれたことがある。その時は『七崎さん家のケーキが大好きです! 美味しいものを作ってくれてありがとう』と。

 私は作っている立場ではないので、複雑な心境だったのを覚えている。


 今年はそこに浜田も立つというのだ。全校生徒がいる前で告白するというのはかなりの勇気がいることだろう。


 浜田は真剣な顔で私を見てくる。


「……俺、きっと他の人が聞いたらかなり恥ずかしいこと言っちまうと思うんだ。花火のときみたいに止まんなくなっちまう。……でも、お前だけは笑わないで見届けてくれ」

「あったりまえじゃない! 任せなさい!」

 私は身を乗り出して、浜田の胸にグーパンチをお見舞いする。


「へへ、サンキューな。で、七崎はどうすんの? 告んないの? 好きなんだろ? ……矢元のこと」

「うん。きっと好き。でも告白は怖い……。花火のとき浜田が言ってたこと、すっごい分かった……」


「まあ、後夜祭に告るかどうかは別として。俺だってお前の味方だ! 花火のときのお前の言葉……そのままお前に返す! 一杯頼ってくれていいぜ!」

「うん。ありがと。……私が謙を好きになってなくて、浜田の背がもっと高かったら危ないところだったぜ!」

 私は浜田の声真似をして言い返した。


「うるせっ! 背のことは言うな! 気にしてんだからな」


 

 お腹も満たされ、プレゼント探しを再開。


 外は本降りになっているらしく、肩を濡らした人たちが多い。

 私たちは、浜田の言っていた店を目指しつつ、途中の雑貨屋と服屋で時計を探しながら進む。しかし、いい感じの時計は見つからなかった。


 そして、その店に着いた。あってくれと願いつつ、アクセサリー類が置いてある場所に向かう。


「あっ」


 私の目には、特殊効果レンズを通したように、一つの時計がキラキラとオーラを纏って見えた。

 高級感などは皆無で、黒色合成皮革のベルトにシンプルな胴のアナログタイプ。その飾り気のない時計が謙と重なって見えた。


 自分の腕に付けてみる。メンズサイズなので子どもが付けたような感じだが、謙が付けているイメージは出来た。


「お、それ矢元っぽくていいかもな! 俺の時計とは正反対な感じ」


 浜田の時計は、よくある防水タイプの山や海でも大丈夫! って感じのやつである。そしてちょっとゴツイ。


「謙には浜田みたいなの似合わないよ。それに、浜田のやつってかなり高いでしょ?」

「確か2万位だったかな」


「あー無理無理。高い! それに、もし高い時計なんてあげたら重いって思われそう。これはお小遣い範囲で買えるし……」


 私はレジに行き、ラッピングのお願いをして購入し店を出た。


「お待たせ」

「なあなあ! 今南口に行ったらテレビ映れるんじゃね? 行ってみない? 行こう行こう!」


 浜田ははしゃぐ子どものように急かしてくる。

 今日は浜田に一杯付き合ってもらったし、私も浜田に付き合うか。


「いいけど傘ないよ? 振ってくると思ってなかったし」

「下の100均で買っていこうぜ」

 

 傘を買った私たちは南口に向かう。傘がカラフルな水玉模様でちょっと恥ずかしい。透明の傘は、急な雨のせいか売り切れてしまっていた。


 テレビは夕方の生放送ローカル番組で、その番組中に南口で平日に行われる一般人参加型のコーナーがあるのだ。

 つまり浜田はそれに映りに行こうと提案してきたわけだ。


 コーナーの内容としては。天気予報のあと宣伝コーナーがあり、その後参加型のゲームが行われる。

 このゲームは事前に抽選会があり、選ばれた人が家にいる人に電話を繋ぎ、この地方に住む人ならだれもが知っているこのコーナーの合言葉を言ってもらう。

 現地側はジェスチャーのお題を出されて、それを家にいる人がテレビを見ながら当てるというもの。正解するとお米券やお寿司券がもらえる。


 雨が降っているので場所がいつもと違い、百貨店側の雨が防げる場所で行われていた。

 カメラや照明を囲むように人の輪ができている。お天気ボードが出ているので、天気予報の最中らしい。


 映れそうな場所に二人で移動し、私はお母さんに電話する。


「あ、お母さん! テレビ付けて! 『奥さんジェスチャーですよ』に映るかも!」

「あら、今そっちにいるの? 今付けるから待ってて……あら、今天気予報ね。千夏はどのあたり?」


「カラフルな傘持ってるからすぐわかると思う! 映ったら写メ撮っといて。じゃー切るね」


 奥さんジェスチャーですよは、このコーナー名でもあり合言葉でもある。

 

 

 コーナーも終わり、輪になっていた人だかりも散っていく。

 雨はいっそう強くなり、傘に激しく打ち付けるせいで周りの音が聞こえにくい。


 浜田は電話がきたらしく、誰かと話をしていたが、すぐに切り私に告げる。


「七崎ごめん。急用できた。俺地下鉄で向かうからここで解散でもいいか?」

「うん全然いいよ。今日は付き合ってくれてありがとね」


「おう。じゃ、気を付けて帰れよ! 矢元喜ぶといいな!」

「うん」


 浜田は優しい笑顔で手を振り、すぐそばの地下鉄に降りる階段を降りて行った。


 私はお母さんから送られてきた写メを見ながら、タクシー乗り場の横を歩きながら駅ビル内に向かう。

 ふとタクシー乗り場に出来ている列に目をやる。


「あ……」


 私は足を止めてその場に立ちつくし、傘で自分の顔を隠した。

 激しい雨の音にも関わらず、心臓の激しくなっていく音が自分で分かった。胸に痛みすら感じる。

 

 謙がいたのだ……。謙がいただけなら問題はなかった……。そう、それならただ街で遭遇しただけなのだから。

 でも、私は反射的に傘で顔を隠してしまった……。

 

 なぜ。

 

 いや。謙からしたら『ただの・・・幼馴染』と遭遇しただけなのかもしれない。

 でも幸いなことに、謙はこちらに気付いてはいないようだ。


 私は恐怖の中、傘を少し上げてもう一度確認した……。


 謙は一つの傘を右手で持ち、タクシーを待っている。その傘に入るように一人の女の子が謙の左腕と腕を組んでいる。

 私の頭の中で『ずっと片思いの人がいる』という言葉が何度も過る。


 その女の子は、私より背は低いだろうか。髪の毛は赤みを帯びた茶で、私のように癖がある、もしくはパーマがかかっているのかウェーブがあり、肩上のボブスタイル。

 肌は透き通るように白く、凛としていて綺麗な顔立ち。きっと学校にいたら彩月並みにモテるだろう。

 初めて見る顔なので同じ学校の生徒ではないはずだ。


 雨は更に激しさを増し地面にたたきつける。

 


 気が付くと私は自分の部屋に立っていた。

 雨のせいか外はかなり暗い。

 電車の中に傘を忘れたのは覚えている。

 肌に張り付くほど濡れた服。

 ぽたぽたと床に水が滴る音。

 壁掛け時計の秒針の音。

 右手には雨の日用のビニールが掛けられた紙袋。

 左手に握りしめたままの携帯。

 私は膝から崩れるように座る。

 今までに感じたことのない感情で喉の辺りに痛みを感じる。

 声を出せたらどんなに楽だろうか……。

 でも出ない……。

 出てくるのは、冷えた体には温かく感じる頬を伝う涙。

 無機質に屋根を叩く雨音。


 自動ロックをオフにしている携帯画面は、お母さんから送られてきた写真を表示したままになっている。


 小さく写る私はカラフルな傘を高々と上げ、明るく楽しい未来を望むような満開の笑顔。

 その画面の明りが、ぼんやりと暗い部屋を照らしていた。

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