「点Cの雨模様」 1すらいす
8月21日月曜日。
今日は授業が昼で終わり、午後からはクラスミーティングある。
これは、10月6日から8日まで行われる『学校祭』に向けてのミーティング。
私の高校では『クラス企画』と『ステージ企画』の出し物2つをひとクラスで分担して行う。
クラス企画は、模擬店などの教室や校庭で行うもの。
ステージ企画は体育館のステージで行うもので、劇やダンスなど。
今回のミーティングはそれらの内容を決めるものだ。
教室内は色々な意見が飛び交っている。クラス企画の一番人気は『メイドカフェ』だ。
しかし、メイドカフェは他のクラスと絶対被るのですぐ却下となる。
他には、焼きそば、そうめん、フランクフルト、お化け屋敷、迷路、チョコバナナ、チュロス、休憩所、占いなど意見が出る。
そして、長い激論の末『女装カフェ』に決まった。ちなみにこの意見を出したのは彩月である。
私的にはそうめんが結構気になっていた……。違う意味でだが。ってか誰だよ、そうめんって意見出した奴。流しそうめんなら分かるんだけど。
次にステージ企画だ。
これは意外とすんなり『演劇』に決まった。
実行委員にされてしまっている浜田は、黒板に大量に書かれた意見を消していく。
そして『女装カフェリーダー1名 調理係リーダー1名』『演劇リーダー1名 大道具リーダー1名』と書く。
「はいはーい、それじゃこの2つに決まったわけだけど、そのリーダー決めしていきまーす」
と、浜田は丸めたノートで教卓を叩く。
私はビシッと手を上げた。
「はい七崎どーぞ。立候補?」
と浜田から丸めたノートを向けられる。
「女装リーダーは謙がいいと思います!」
クラスで笑いが起きる。『矢元の女装見てー』『ってか女装リーダーってなんだよ。カフェ付けろ!』などと盛り上がる。
私は後頭部にチョップっぽい攻撃をくらったが無視をする。「おい、ふざけんな」なども一緒に聞こえてきたが無視する。
「はいはーい、静かにー! 女装カフェのリーダーは矢元で決まり! となると、調理係リーダーは七崎な!」
浜田はそう言って勝手に黒板に書き始める。
「ちょちょちょ異議あーり!」
私は手を挙げる。
しかし、クラスの空気は異議なしである。
『矢元の飼い主は近くにいないとなー』や、女子達からは『千夏ちゃんよろしくー』と声が上がる。
私の異議も虚しく調理係リーダーとなってしまった。
その後、演劇側のリーダーも決まり、クラス全員をクラス企画とステージ企画のどちらをやりたいかに分けた。
彩月は決まっていたかのように演劇側に引っ張られていった。彩月自身は調理係を希望したが、その美貌があだとなったようだ。
……が、私はそれを引き留める。
理由は二つある。
クラスのアイドルでもある彩月がいることで『女装ズ』の統率がとりやすくなるということ。
今回女装カフェになったことにより、カフェ側は殆ど男子。放っておくと準備中に遊びまくって作業が進まないのは目に見えている。
うちのクラスの男子は、野球部、ダンス部、軽音部とかなりの暴れん坊揃いで、なかなか手が付けられないのだ。
そして謙は皆を引っ張るタイプではない。謙をリーダーに推薦したのは、私が女装を見たかっただけである。
もう一つは、私が食べる専門で料理が苦手であるため。料理上手な彩月がどうしても調理係に必要なのだ。
この事を話すと、演劇側は納得してくれたらしく、子犬を渡すように彩月を解放してくれた。
彩月が加入したことにより『女装ズ』は野獣のように叫びだす。
それをウィンクと人差し指一本で黙らせる彩月。これが本当の飼い主と呼べる存在であろう。
机を移動させ本格的に企画の話し合いを進める。
私たちカフェ側は、出したいメニュー案、衣裳、教室の内装などを大まかに決めていった。
予算や教室割り当てなどの、生徒会と実行委員側が決める内容はこれからなので詳細は省いた。
26日土曜日。
私は駅前のいつものベンチに腰かけている。髪の毛はばっちり。服装は少し気合を入れてオシャレにしたつもりだ。
待ち合わせ時刻より15分も早く来てしまった。
私は携帯にイヤホンを挿し、音楽を聴いて時間を潰す。
以前にここから見たタンポポは本数が増えている。
土曜日だからか、いつものタバコの匂いは流れてこない。車の交通量も少なく、ただ眩しい太陽が足元に指し込む。
美容師になると決めたあの日。私はすぐ両親に話しをして、専門学校のパンフレットを請求。
反対されると思っていたが、両親は逆に安堵の表情を浮かべていた。『千夏にもやりたい事が出来たのね。頑張りなさい』と。
お母さんは、最近の私の行動を見て薄々気付いていたらしい。
パンフレットは、札幌の美容師科のある4校全てを請求。数日で届き一通り目を通した。
美容師、メイク、エステなど美容系だけの学校や、理容師科と美容師科だけのところ。スポーツ系と一緒になっている学校。調理と美容系の学校。
どこの学校も魅力的で迷ってしまう。
美容師を目指すと決めた私だが、他の科もとても面白そうで少し揺らいでしまっていた。
気になった科はブライダル科。結婚式に関わる仕事の科である。
これは以前に親戚の結婚式で感動し、大号泣した記憶があるからだろう。あんなに素晴らしい事を仕事にできるのはとても素敵だと感じた。
しかし、これを謙に相談すると。『美容師やってれば結婚式に関わることもできるよ。ヘアメイクは美容師免許無いと出来ない仕事。新郎新婦のヘアメイクは美容師だぞ。たしかそういうブライダル会社と契約してる美容師の話もネットで見たことあるし。……まあ、プランニングしたいなら話は別だけど』と。
その後も説明口調で『ブライダル自体免許必要ない仕事だから、美容師免許あれば途中からでも就職は有利になるはず』と教えてくれた。
となると、やはり目指す科は美容師科だ。
携帯の音楽プレイヤーの3曲目が終わる頃、イヤホン越しでも分かる高音ブレーキが聞こえた。
イヤホンをしまい、携帯画面で髪のチェックをする。完璧である。
寝間着にビーサンではなく、汗もかいていない謙が走ってくる。
「わりい。待ったか?」
「ううん、今さっき来たとこ。じゃあいこっか」
私たちは電車で街に向かった。
「え、こんなにするの? 300円位だと思ってたのに……」
「300円って……おもちゃじゃないんだぞ」
「他にも欲しいのいっぱいあるのに……お小遣い足りない」
私たちは『美容専門店 ビービーラボ』に来ている。
何度も来たことがある札幌のアーケード通り内にあるのだが、こんなお店があるなんて知らなかった。
店内はコームやブラシに始まり、見たことのない薬品。ワックスにヘアスプレー、ネイル道具や顔のパック、美容室の外に置いてある赤青白の回る謎のやつなど、専門用品がぎっしりと並べられている。
学校のパンフレットや謙から借りた美容の本を読んでいるうちに、自分でやってみたくなったのだが、その道具を私は一切持っていない。
例えば、カットの練習をするなら、シザー、コーム、ダッカール、カットウィッグ、そのウィッグを机などに固定するクランプ、霧吹きのスプレイヤー、ドライヤー。最低これだけ必要である。
シザーとクランプは謙のおじさんがもう使っていないのを貸してくれると言っていた。
コーム、スプレイヤー、ダッカールは100均の物でいいらしい。ドライヤーは家ので我慢。
もちろん専門の物の方がしっかりしているらしいが。学校に行ったら全部教材として買うことになるので今買うこともないだろうとのこと。
なので、今買わなければいけないのはカットウィッグ。
ウィッグは謙が選んでくれた。値段は2500円程で、謙が練習で使っているものと同じらしい。毛の植え方に癖がなく使いやすいそうだ。
女性の顔をしていて、毛の長さは胸くらいだろうか? 首から下が無いので分からないがそのくらいだろう。
ウィッグは種類が沢山あり、理容用の男顔をして髭が生えているもの。アイロンの練習用のくせ毛のものなど。
中には3万近くするものもあった。これはワインディングウィッグというものらしく、パーマのロッドを巻く練習専用のもので、学校での練習や国家試験で使うらしい。
そして今私はコームコーナーにいるのだが……。
「100均ので我慢しろよ。それをお前が買っても宝の持ち腐れだぞ」
「でも……色も可愛いし。もしこれ買ったとしたらずっと使えるものなんでしょ?」
私は左手にウィッグの入った専用の袋を持ち、右手にはピンクのカットコーム。
このコームは胴の部分に所々穴が開いている。穴になんの意味があるのかは分からないが、一目惚れしてしまったのだ。
値段は1500円。予算は4000円で、ウィッグの他に100均でいくつか買うので完全に予算オーバー。
他に安いコームも置いてあるが、私にはもうこれしか目に入らない。
「まあ、そのコームならオールマイティに使えるな。でも、プロが持ってるような物だぞ?」
「うーん」
私はしばらくその場でコームとの睨めっこをした。
結果は予算的に無理なので諦め、ウィッグだけ買い店を出た。
次に、すぐ近くの100均の店に入る。
「俺もちょっと欲しいのあるから見てくるわ」
「わかった」
謙は一人で奥の方に向かって行った。
私はコスメ用品の方に向かう。
えーっと、コームは……。どんなの買えばいいんだ?
半分から先が棒状で尖っているリングコーム。歯の目が均等のもの。歯が粗いのと密なのが半分ずつのもの。
しばらく悩んでみたが、分からん……。それにダッカールは何個あればいいんだろう?
私は先に霧吹きを選び、謙を探しながら店内をぐるっと回る。
しかしどこにもいない。
トイレかな? コスメ用品の場所に戻りながら携帯を出す。
電話を掛けようとすると、後ろから謙に肩を叩かれる。
「ちょっと謙、どこ行ってたの? 探したんだよ?」
「え……。そのトイレだよ。ここの空いてなくてコンビニまで行ってきた」
「ふーん。それよりコームどれがいいの?」
謙はコームは歯が粗いのと密なのが半分ずつのもの。ダッカール6個。あとデンマンブラシを選んでくれた。
買い物を終えたその足でまっすぐ謙の家に向かう。クランプなどを借りに行くためである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます