「動き始めた点C」 3ぱねる

 次の日、時刻は午前11時。


 私は自分の部屋の鏡の前で昨日の事を思い出す。

 かなり忙しい一日だったと思う。彩月と駄弁って、謙と街の本屋にパフェ。マンガ読んで寝て、花火。髪燃えて、ばっさりカット。

 謙のTシャツのまま帰って来ちゃったし。でも、ほんと頭燃えて良かったかも。

 鏡の自分を見る。謙程じゃないが、髪の毛を乾かすのが上手に出来た。

 昨日帰り際にもらったワックスを手に取り、なじませてからグシャグシャとやってみる。

 そして、手櫛でっと……。うん、完璧!

 早く彩月来ないかな。きっと凄いビックリするだろうな。


 すると、私の心を読んだかのように、携帯が鳴る。彩月からの着信である。


 電話に出ると「着いたよー」と、電話と窓の外からの二重音声で聞こえた。


 私は、髪が見えないように窓からそっと覗く。

 自転車にまたがり、手を振る彩月。


「いま行くねー」

 と、声を掛け玄関に向かった。

 

 今日は、13時からバスケ部の送別会が学校である。少し早いが、昨日のお詫びもしたかったので、私の家に集合してから行くことにしたのだ。

 玄関を開けると、彩月が抱きついてきた。


「千夏ー! 無事でよかったー! ……え? だれ?」

「もう、千夏だよ! えへ、どう? 似合う?」

 セクシーポーズで言ってみた。


「か、可愛い! 千夏じゃないみたい! どこで切ったの? 朝一で美容室行ってきたの?」

「まあまあ、話しは上でしようじゃないか! ケーキ何がいい? この時間ならまだ全種類あると思うよ?」


「ぐぬぬ、気になるぞ! ケーキはモンブランとチーズケーキどっちにしよう、迷うなー」

「じゃー二個持ってくね! 私の部屋で待ってて」


「やったー」


 私は、店側に向かう。

 謙の家のように、私の家も店舗と一体となっている。違いは、家の中で繋がっていることだろう。


 ケーキとお茶を用意して、二階の自分の部屋に戻る。

 餌を待つ子犬のような彩月にケーキを差し出し、私はベットに腰かけた。彩月はカエルの座椅子に座っている。


 モンブランとチーズケーキに指差しで『どちらにしようかな』と選びながら、彩月は口を開く。


「しっかし昨日はびっくりしたね。私腰抜かしちゃってさ。やばい千夏が死んじゃうーって。で、気が付いたら二人いなくなってるんだもん」

「ほんとごめんね。せっかくの花火だったのに。だから、お詫びと言っちゃなんだけどケーキ一杯食べてって」

 私は手を合わせる。


「いいよいいよ、気にしなくて。千夏が無事ならそれでオッケー。ケーキは頂くけどね」

 と、笑いながら話す。

 

 その後、私も持ってきていたイチゴタルトを食べながら、昨日の事を詳しく話した。


 5個目のケーキを食べ終わった彩月はニヤニヤしている。


「へー『ドキッ』としたのね。ふーん。へー」

 アホ面満開である。

 

 そこは話すべきじゃなかったかも……。


「違う! あまりのシャンプーの気持ちよさについ、って感じだよ」

「見苦しいぞ。認めるがいいさ。君は矢元君に惚れ――」


「あー! け、ケーキお替りする?」

「矢元君に惚れ――」


「うー! 違う違う!」


 まずいくらいに顔が熱い。若干汗まで出てきた。

 くそう、彩月のやつー。私で遊んでるな!


「今更そんなに恥ずかしがらなくたっていいじゃん。他のクラスの人とか、二人は付き合ってるって思ってる人も多いし。人を好きになるって良い事じゃん」

「そうなのかな? 良い事かあ」

 私はそう言いながら、ベットに座った体勢から倒れるように横になる。 


「みーとーめーたーなー」


 正直自分ではっきりと好きなのか分からない。きっと『幼馴染』って壁があるからだと思う。

 でも、なんかドキドキしたし。顔近いだけで赤くなっちゃったりは今までになかった。

 会いたいって思ってみたりしてるかもかも? 

 

 そういえば、謙って片思いの人いるんじゃ……。


「がーん!」

 私は勢いよく起き上がる。

 

 近づいて来ていた彩月は、ビックリしたのかひっくり返った。


「ちょっとなにー? 壊れた?」

「謙って片思いの人いるって……」


「あー、きっとそれあんたの事だよ」

 彩月は自分の髪の毛を指に巻きつけながら言う。


「え?」

 私は身を乗り出す。


「結構他の子の相談に乗ってあげてるくせに自分は意外と鈍いんだねー。矢元君って千夏以外の女子にかなり冷たいから。逆にそれがモテる原因にもなってるらしいんだけどね。まあ、私と浜田君は気付いてたけどねー」


 あの謙が冷たい態度? 想像できない。どっちかっていうとお節介焼きな気もするけど、それは私だけにってこと?

 彩月と浜田は気付いてたから、ずっとくっ付けようとしてたわけか。かなり辻褄が合うな。謙が私を好きってことは……。


「も、も、もしかして……」

 私は顔が熱くなる。


 彩月は人差し指をピンと立てながら「そう、両想いね」とウインクしてくる。


 こいつはエスパーか! そう思いながらふと時計に目をやる。


「あー、時間! 時間! 遅刻しちゃう」

「ほんとだ、ってかケーキ食べすぎたー。送別会って何やるんだろ?」


「きっとまた中庭でバーベキューじゃない? 私たちが一二年の時もそうだったし」

「げー、食べれるかなー」


「肉は別腹でしょ?」

「甘い物だろ」



 もう夜7時だというのに、空はまだ明るい。風は涼しい位の温度で、とても気持ちがいい。

 私は、家の玄関横に自転車を停める。


 結局、送別会はバーベキュー。その後は恒例の三年生対後輩の紅白試合。

 私の髪が短くなったことで、彩月以外の部員たちは皆、失恋したのかと気を使ってきた。『男なんて一杯いるじゃん』とか『七崎先輩は可愛いから大丈夫ですよ』とか。

 私はそれを説明するのが大変だった。


 その反面『短い方が絶対良い』とか『なんで今まで髪伸ばしてたの?』という、お褒めの言葉が素直に嬉しかった。

 三年の夏で進路も決めていない私の少し暗かった道。その道がちょびっとだけ明るく感じられた。 


 玄関を開け中に入ると、焼き魚の匂いがした。

 この感じはサバだ。そう信じてリビングに行くと、4人掛けの食卓テーブルに小春とお母さんが向かい合って丁度食べ始めた頃だった。もちろんサバだ。


「ただいまー」

「あら、お姉ちゃんお帰り。あなたも食べる?」


 お母さんは立ち上がろうとするが、私はそれを止める。


「いいよ、私自分でやるから。魚は焼いてあるんでしょ?」

 そう言いながらキッチンに向かう。


 キッチンは対面式で、食卓テーブルとくっ付けている。


「そこにラップして置いてあるでしょ? あとお味噌汁ね。それと冷蔵庫にお浸しもあるわ」

 お母さんは、小春のサバの骨を取ってあげながら言う。


「はーい」


 私は適当によそい、席に着く。

 テーブルの真ん中には、きんぴらごぼうと大根の漬物も置いてある。

 いただきますをするとお母さんが訊いてくる。


「送別会どうだったの? どうせお姉ちゃん泣いたんでしょ? 目のまわりが赤いもの」

 と、にこりと笑っている。 


「そりゃ泣くよー。バーベキューと紅白試合で去年と同じだったんだけどね。試合中に感極まっちゃって号泣したー」

「あらあら、お父さんに似て涙もろいものね」


 すると、私の右側に座っている小春から苦情が入った。


「おねえちゃん炭臭い!」


 先にお風呂入ればよかったかな? 


 小春は今日も髪の左側が前に跳ねていて、顔はフグのように膨らんでいる。

 私はその髪を見て思った。左側が前に跳ねてるってことは、つむじが右巻き?


「ごめんごめん、バーベキューだったから炭の匂い付いちゃった。で、小春ちょっと頭のてっぺん見せて」


 小春は素直に「んー」と唸りながら見せてくれた。私と同じ右巻きである。

 ふと謙との昨日の会話を思い出す。『小春はまだ小さいからしょうがないな、今度頭やってやれよ』。


「ねー、小春。ご飯食べたら一緒にお風呂入ろっか? 頭洗ってあげるぞー」


 小春の顔はひまわりのように笑顔になる。そして「うん! 入る!」と元気な返事をくれた。


 食事を終え、久しぶりに姉妹でお風呂に入った。

 もう小学5年だというのに、シャンプーハットを付けないと頭を洗えないのにはちょっと驚いた。

『痒いところないですかー?』などと美容師ごっこをしながら事を終えて、お風呂を上がった。


 脱衣所を出た私たちは、濡れ髪に肩タオルでソファーに座る。もちろん手にはソーダ味のアイス。

 扇風機を全開にしてくつろぐ。隣の小春のほっぺたはリンゴのように赤い。床に着かない足をぶらぶらさせている。


「アイス食べたらお姉ちゃんが頭乾かしてあげるね」


 小春は満面の笑みで「うん!」と返事をした。



 途中から見ていた動物番組を見終えた頃。


 アイスも食べ終わり、私はドライヤーと置き鏡をテーブルの上に置き、小春を座らせる。

 小春はいつもと違うこの感じが楽しいのか、ずっとニコニコしている。

 お母さんも、皿を洗いながらこちらの様子を覗っているようだが、私は気にせずに小春の頭を乾かし始める。


 私はつむじの方向を意識しながら乾かしていく。

 根元はしっかり、軽く引っ張る、根元はしっかり、軽く引っ張る。と、集中していると、急に小春の頭が動く。


「おねえちゃんあつい! やけどしちゃうよー」

 と、こちらを振り向き少し泣きそうな顔。


「あ、ごめんごめん」


 あれ? 結構難しいな。自分でやるときは熱さが自分で分かるけど……。


 その後も何度か「あついー」と怒られたが、なんとか乾かすことは出来た。

 しかし、仕上がりはバサバサである。目標の左側の毛先は内側に収まっているが。全体の表面がバサバサとし、静電気を纏ったように何本かは浮いている。

 仕上がりはどうであれ、小春は私にやってもらった事が嬉しかったのか、笑顔で私の頭をよしよししてくれた。


 だが、素直によしよしを受け入れられなかった。


 私は乾かしてあげたという満足と、上手く出来なかったという不満が入り混じり、複雑な心境だ。


 小春は、お母さんの元に「おねえちゃんにやってもらったー」と走っていく。

 お母さんも「良かったわねー」と。


 目の前の鏡に写る私の顔は、どこかで見た事のある顔・・・・・・・だった。


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