「まだ正方形な四人」 2ぱねる

 私たちは本屋に向かっている。

 本屋は駅からそう遠くはない。もう何度も通り、歩きなれた道。

 観光客に道を聞かれたりしながらも、私は少し早歩きで進む。観光客のカメラに入らないように進む。

 もちろん謙との距離は少しあけている。


「おい千夏! そんなに離れて歩かなくてもいいだろ」

 後ろからビーサン野郎の声がする。


「ちょっと! 話しかけたら勘違いされるじゃない! やめてよね」


 横断歩道の赤信号に捕まる度、追いついてきた謙に話しかけられる。

 目の前にある観光スポットの大通りを抜ければ本屋がある。


「本屋までは離れてよね!」

 私は口を尖らせて言った。


「別にいいじゃねーかよ! 帰りに駅地下のパフェ奢ってやろうと思ってたのによ……これじゃ一緒に行けな――」

「よーし分かった! 私の横を歩くことを許してやろうじゃないか!」

 私は喰い気味に許可を出した。


「現金な奴だな」


 そうこうしているうちに本屋に到着。


「俺は下の専門書の所に行ってるから。買い終わったらそっちに行くな。マンガの階だろ?」

「うん、マンガか雑誌のとこ見てるね」


 ここは地下一階から三階まである。地下が医学や建築、美術など専門的な本の階となっており、私が一生行かなそうな階である。

 一階がファッション誌などの雑誌がメインで、二階は小説や教材、三階が漫画となっている。


 私は漫画のある三階に向かう。

 集めている漫画の新刊などを探し回り、二冊購入した。

 漫画は立ち読みできないので雑誌の階に移動。

 いつも読んでいるファッション誌を手に取り立ち読みする。


 内容は夏のデートコーデ。特集で夏のデートスポットや花火大会の日程など。

 

 デートか……。私には無縁の内容だ。

 自分で言うのもなんだが、私はモテないわけではない……。と、思っている。

 高校に入ってから何度か告白だってされてるし。彼氏だって出来たことはある……手も繋がないまま、一週間しないで振ってしまったけど。

 なんかこうパッとしないのだ。部活が楽しいのもあったのかもしれない。

 中学から続けているバスケットボール。いい成績は残せなかったけど、部活が何より楽しくて……。

 

 立ち読みを始めて30分程経っただろうか。

 私は、自分世代のファッション誌は全て読み漁ってしまい、シニア向けの雑誌に手を伸ばそうとしている。

 が、トイレに行きたくなったので、入り口近くの案内図でトイレの位置を確認した。

 

 地下一階か。ってか、一体いつまで私を待たせる気だ。

 

 地下に着きトイレを探す。確か医学系の棚の方って書いてたな。

 天井からぶら下がっている本の種類を知らせる看板を頼りに、医学書の並んだ棚に差し掛かると、謙が立ち読みをしていた。


「謙! いつまで待たせんのよ!」


 謙はこちらを見るなりかなり驚いたのか、持っていた本をすぐに棚にしまった。


「お、おう、お前がこの階来るの珍しいな」


 謙は少し目が泳いでいる。なんだこいつ? 


「トイレよ! ここの近くって案内図で見たから、探してたの」

「そ、そうか、トイレならすぐそこだよ」

 そう言って指差した。


「うん、ありがと。トイレ済ましたら一階のベンチで待ってるから早くしてよね!」

 私は少し強い口調で言った。


「ああ、悪いな待たしちまって。この本買ったらすぐ行くよ」


 謙は買う為に持っていた本をこちらに見せながらレジの方に向かっていった。

 

 私は事を済ませて、トイレの洗面台で身だしなみを整える。

 鏡を見ながら、最近上達してきたと思われる覚えたてのメイクを直し。湿気により広がり始めている胸ほどある癖毛を手櫛で無理やり抑え、心の中で「よし!」と呟く。

 この後に何パフェを奢ってもらおうか考えていると、鞄の中からマナーモード中の携帯がバイブレーションで唸る。

 手に取ると電話の着信であった。画面には『小林こばやし彩月』と出ている。


「もしもーし、どした彩月? 塾なんじゃなかったっけ?」

 私は少し意地悪に言った。


「まあそんなことはどうでもいいじゃん! で、矢元君とはどんな感じ?」


 電話越しでも伝わってくるニタニタ顔に少しむかつく。


「もー。買い物付き合わされてるだけ。で、何? それを訊く為だけに電話してきたの? もう切るよ!」

「ちょちょちょーい待った! は、な、び! 花火が手に入ったのよ! 親戚が家に遊びに来たんだけどね、なんか大量に花火買ってきててさ! やっぱ夏と言えば花火だよねー!」


 あの後彩月は家に帰ったのか。


「うん、で?」

「もー、千夏は察しが悪いなー! 今日の夜暇ならみんなで集まって花火しようよー! 矢元君には千夏から言っておいて! 私は浜田君に連絡入れとくからさ」


 さっき雑誌で見た特集がふと頭に過った。


「うん、いいね! 花火なんてずっとやってないし楽しそう!」

「でしょでしょ? で、時間なんだけど8時くらいはどうかな? 場所は矢元君の裏の公園でいいかな?」


「おっけー、謙に伝えとくね! なんかあったらメール飛ばしておいて」

「ほいほーい」


 私はトイレを出て一階のベンチに向かった。



 本屋を出た私たちは、駅地下のパフェ屋のテーブルでバトルの最中である。


「私イチゴとブルーベリーのダブルベリーパフェにするから、謙はマンゴーパフェにしてね!」

「なんでお前が俺のやつも決めるんだ! 俺はバナナパフェにする!」


「バナナは私やだもん! マンゴーにして!」

「だからなんでお前が決めるんだよ!」


 と、こんな感じである。


 ここはとても人気のあるパフェ喫茶で、今日は比較的混んではいない方だが、それでも15分待って席に座れた。

 人気の理由は、全てのクリームがソフトクリームだからだろう。

 さらには、よくパフェに入っているコーンフレークの代わりに、スポンジケーキを使っているのが最高である。

 ソフトクリームも、とても濃厚な仕上がりで、一口含むと牧場の世界が広がるような幸せに包まれる。

 もちろん値段もそこそこ高く、ノーマルサイズのパフェでもひとつ千円弱と学生にはかなり高価なパフェ。


 だからなかなか食べる事ができない代物なのだ!

 私としては、Wベリーとマンゴーどっちも食べたいのだ!


「謙って名前なんだからここは私に譲ってくれ!」

 私は手を合わせて言った。


「おい、漢字が違うんだよ! 漢字が!」

「ちっ」 


 私は容赦なく呼び出しベルのボタンを押した。

 すぐに店員が駆けつけてくる。


「Wベリーパフェとマンゴーパフェお願いします!」

 私は笑顔で注文をした。


「かしこまりました、Wベリーパフェとマンゴーパフェでございますね」


「ちっ……」

 舌打ちをした謙は頬杖をつき壁の方を見ている。

 

 店員は頭を下げてこの場を後にした。


「ふふ、私を連れ出すということはこういうことなのだ!」

「ったく」

 仏頂面の謙。


 数分後に運ばれてきた幸せの塊であるパフェを堪能しながら、私はこの後のプランを考える。

 

 まず電車で帰って、家で寝間着に速攻着替える。で、さっき買った漫画の新刊読んで、ちょっと早めに夜ご飯食べてから着替えるでしょ?

 そっから公園集合っと。完璧!

 謙も今日は暇だからって花火オッケーしたし、さっき彩月からのメールで『浜田君確保』ってきたし。

 そういえばこの4人で集まるのって久しぶりな気もするな。

 昔は部活帰りによく公園で駄弁ってたな。

 私と彩月はバスケ部で、謙は店の手伝いで帰宅部。浜田はなんでか帰宅部、運動は嫌いって言ってたっけ。

 部活帰りに彩月と公園に行くと、なんでか決まって謙と浜田はブランコ乗ってて。

 謙ん家からお湯貰ってカップ麺食べながら話しして。……懐かしいな。


「ねえ、高1の頃さ。よく私の部活帰りに公園で話してたの覚えてる? 4人でさ」

 私は長いスプーンを謙に向けながら言った。


「ん? あー、そんな事もあったな」

「でさ、なんでいっつも浜田いたの? だってさ、彩月は私と部活一緒でさ。謙はあの時間までは店の手伝いしてる訳でしょ? 浜田は帰宅部だし……ずっと公園にいたの? 謙が呼び出してたの?」


 謙はなにやら悩んでいるようだ。


「んー。……しらね」

 謙は目が泳いでいる。


「はい嘘ー! ホントは知ってるでしょ? 謙は嘘つくとすぐに顔に出るんだよ! 私にはお見通し」

 私はスプーンをビシッと向ける。 


「んー、じゃ、……言えね」

「へー、私に『隠し事』するわけね?」

 私は伸ばしたスプーンでマンゴーパフェをすくう。 

 

 謙は攫われていくパフェの一部を気にする様子は無い。が、目が少し見開いた気がした。


「……だってよ、お前口が軽そうだし……俺は友達を売りたくねーんだ」


 あら? なんとなく気になった事聞いたつもりなんだけど。この反応は何やら深い事情でもあるのかしら?


「現在進行形なの? まあ高1の時の話だし……もう済んだ事なら気にしないであげる」

 私はスプーンを伸ばしマンゴーの実をすくう。


「まて! 実は持っていくな! マンゴー初めて食べたけど美味いから……もうやらん」

 と言って手でパフェをガードし始めた。


「で、どうなの?」

「……現在進行形」

 謙はばつの悪そうな顔だ。 


「主語は?」 

「……浜田……この話はもうやめにしない?」


「しない。私にも出来る事があるなら協力するよ?」

「んー」

 謙はしばらくスプーンをかじりながら黙り込んでしまった。考えているようにも見える。そして覚悟を決めたように口を開いた。


「わかった。正直俺一人でどうこう頑張ってやれる相談でもなかったからな。公園で集まりはじめた時のこと覚えてるか?」

「んー?」


 私は上を見上げながら思い出すが、その時はどの時のこと? と疑問になる。


「中学の頃からお前は公園で俺とよく話してたじゃん? 学校帰りとかさ。で、高校に入ってお前は彩月と仲良くなって、公園での集まりは3人になった」

「あー」


 彩月と浜田は、私たちと違う中学で高校から同じになった。それからの付き合いである。


「その頃に俺は丁度よく浜田とも仲良くなってて、同時に相談も受けてたんだよ『お前七崎ななさき千夏と仲良いよな? 頼みがある』って」

「え? 私?」 


 この感じは、浜田が私を好きで、私の近くにいた謙に相談したってこと? なんか聞かない方が良かったかも。

 浜田は服のセンスもいいし、顔も悪くない。ちょっと不良っぽさあるけどそんな訳でもないし、意外にテストの順位も上の方で隠れ優等生なんだよなあ。背はそんな高くないけど。

 そっかあ、浜田は私のことをねえ……。


 そんな事を考えている私をよそに、謙は続けた。


「で『七崎さんと最近一緒にいる小林彩月さん! めっちゃ可愛いよな。超タイプなんだわ! なんとか七崎さんに言ってさ、小林さんと俺を――』みたいな感じよ。で、3人でよく公園で集まってる事を教えた。そして、今に至る訳だ」 

「ええー!」


 私じゃないんかーい! というのはなんとか胸にとどめておいたが……。彩月狙いでしたか。まあ彩月めっちゃ可愛いからなあ。

 頭良くてスポーツもできる。泣きボクロがエロいし、胸もおっきい。髪もサラサラのストレートだし。

 スポーツ以外は私と正反対だ。

 でも浜田が彩月をねえ。意外とお似合いなんじゃないかな?


「おい! 彩月には言うなよ!」

「謙君! 君は私に話してくれて正解だったようだよ!」

 えっへんと胸を張って答えた。


「あんま余計なことすんなよ? この後失恋して高校卒業とか悲しすぎんぜ? お前彩月とつうつうなんだから、軽く気持ち聞いてダメそうならほっといてやろうぜ?」

「大丈夫! 私が間に入ってみるよ」


「不安しかないぞ……」

「今日花火の時に浜田とちょっと話してみる」


 謙は口を尖らせ私の顔を見ているが、急に何かを思い出したかのように目が開く。


「あ、そうだ。これやるよ」

 そう言って、鞄から何かを取り出し私に投げてきた。


 手裏剣のように飛んできたそれを私は受け取る。確認するとビニールで包装されたクッキー。鳥の形をしたクッキー。東京の名物で何度か食べたことがある。


「なに? これどうしたの?」

「いや。その……親戚が旅行のお土産で持ってきたからさ。くすねてきた」


「ふーん。ありがと」


 東京か。行ってみたいな。北海道に住む私の憧れの地。憧れといっても、何にと聞かれれば口をつぐんでしまうが、とにかく憧れなのだ。

 その後、しばらく駄弁り、電車で一緒に帰り解散した。

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