「まだ正方形な四人」 1ぱねる

千夏ちかはいいよねー、その癖毛。パーマかけてるみたいでさ」

「えー、やだよ! 湿気多いとすぐにブワッて広がっちゃうし。私は彩月さつきの直毛がうらやましい……」


 私は少し寒色がかった茶色の癖毛を指に巻きつける。

 今私と彩月は、ファーストフード店で『恋多き乙女の恋愛相談』の真っ最中である。

 窓の外はカンカン照りだ。私は少しひんやりしたテーブルに右頬を付け、右腕をだらんと下げながら左手でポテトを食べる。


「あ、そういえば、進路決めたの?」


 テーブルで塞がれていない左耳に彩月の声が入る。同時に彩月のジュースが空になった合図もストローから発せられた。


「……うーん」

 私はどっちつかずな返事をした。


 決まってないんだよね。もう高三の夏休みだというのに。やりたい事ないし。

 彩月はたしか教育大志望って言ってたっけ……。


「どうすんの? 今時『お嫁さんになりたーい』なんて流行んないよ? もしかしてほんとに矢元やもと君のお嫁さんになるのかなー?」


 カンカン照りの外を見ている私には見えないが、アホ面のニタニタ顔で言っている彩月の顔が想像出来て腹が立つ。


「ゆ、ゆずるとはそんなんじゃないから! ただの幼馴染なだけ! ホントにそんなんじゃない!」

 私は顔を上げて言い放った。


 ただ、言い終わってから後悔した、だってこんな返しだと……。


「ふーん、ムキになっちゃって。ふふ、図星だな! ほっぺも赤くなってるぞ」


 そう、こう思われるだろうってね。アホ面のニタニタ顔め!


「これは違う! 今テーブルにほっぺ付けてたから赤くなってるの! ただの幼馴染! ……そういえば謙ってさ、めっちゃモテるのに告白全部断ってるらしいんだよね……。B組の佐伯さえきさんの告白も断ったらしいし。あんなかわいい子もったいない。私が謙だったらオッケーして遊びまくるんだけどなー」

「もしかして矢元君ってホモなんじゃね?」

 彩月は半眼の不敵な顔で言った。


「うん、絶対そう! 想像したらやばい笑える」

「ってかさ、聞いた話なんだけど。告白断るときに『俺ずっと片思いのやついるから』って言ってるらしいよ? 誰のことなんだろーね?」


「……浜田はまだとかじゃない? あの二人仲良いし」

 私も半眼にして言ってみた。


「浜田君は男じゃん!」

「だってホモだし」


 と、恋愛相談といっても、いつもこんな感じである。


 あいつに片思いのやつ? 誰だろう? 店のお客さんとかかな? いや、あいつんは床屋だし、若い女の子なんて見た事ない。

 そんな事を考えながらストローをかじっていると、私の携帯がメールの着信を知らせてきた。画面には『矢元謙』と出ている。

 テーブルの上に置いていたため、その画面が彩月にも見えてしまったらしく、半眼で片方の口角を上げながらこちらを見てくる。なんとも腹立たしい顔だ。


 メール本文を確認する。

『暇か? 本屋に行きたいんだけど付き合ってくんね?』


 私はすぐ返信はせずに、携帯の画面が下になるようにテーブルに置いた。

 目線はなんとなく、窓から見える電線にとまっている小鳥に移した。ついでに口笛も吹いておこう。

 これは半眼アホ面彩月からの攻撃を回避するためだ。

 自分から変な冷や汗が出るのを感じる。


 だが、私よりも成績優秀で頭脳明晰なアホ面の彼女は、私の何枚も上手の攻撃を仕掛けてくる。


「あ、いっけなーい! もうこんな時間だー私塾にいかなくちゃー!」

 と棒読みのセリフを言ってきた。

 

 更に鞄を背負い『まあ気にすんなって、楽しんで来いよ!』的なウインクを飛ばしてくる始末。ちなみに腰に手を当て、握りこぶしに親指を立てたグッジョブをしている。

 そうやって大根役者を演じた彩月は鼻歌交じりで店を出て行く。


「ちょ、彩月待ってよ!」


 無言のグッジョブサインが返ってきた。


 自転車に乗った行き先不明・・・・・の彩月の背中を窓から眺めながら呆ける。


 携帯で時刻を確認する。

『13:27 8/7 Mon』


 なにが塾の時間だ。合流した時に塾は17時からって……。

 彩月は勘違いしている。私は本当に謙なんて興味はない。幼稚園からずっと一緒で、おまけに高校のクラスまで同じ。親戚に近い感覚だと思う。

 正直、謙の買い物に付き合うくらいなら、彩月と遊んでたいのに。

 まあしょうがない、大根役者のせいで暇になっちゃったし……。


『駅前。10分で来なきゃ帰る』

 私は謙に返信をして店を出た。


 このファーストフード店の向かい。道路を渡った先に駅はある。



 私は自販機で冷たいミルクティーを買い、いつものベンチに腰を掛けた。

 いつものように改札のアナウンスが聞こえて、いつものように喫煙所から流れてくるサラリーマン達のタバコの匂い。

 少し欠けた歩道のコンクリートから生えるタンポポを見ながら謙を待つ。


 私の住んでいるこの町は、住むには不便ではないが若者には少々辛い。

 カラオケなどの遊ぶ場所が無いのだ。正確には無くはないのだが、遠い。自転車で数十分走ってようやく着く。

 本屋もないことはないが、老人夫婦の営む小さな本屋。小学生の使う文房具や、付録の付いたコミックなどは豊富だが謙の求めている本はない。

 私はそれを理解していた。だから集合場所をいつものように駅前。としたわけだが。


「……遅い、もう8分」

 私は鼻翼を膨らませてタンポポに向かって呟いた。


 すると年季の入った自転車の高音ブレーキが駐輪所の方から聞こえた。もう何度も聞いている特徴的なブレーキ音。  

 その音を合図に私は立ち上がり、お尻をはたいて腕を組む。

 駐輪所の方からは、ビーチサンダルに短パンTシャツ、長身に黒髪の短髪で、おまけに汗だくであろう男が走ってくるのが見える。


「謙! あと30秒! 走って走って!」


 謙は到着するやいなやベンチにへたり込み、肩で息をしながら口を開く。


「間に合ったか? はあ、はあ……時間」

「あと15秒てとこかな。ギリギリセーフ! ほらよっと!」


 私はそう言って、謙と同じく汗をかいたミルクティーを投げ渡す。 

 謙はすぐさま缶蓋を開けミルクティーを飲んでいる。


「ってかさ、なんでビーサンなの? 服もなにそれ? 寝間着? 一緒に歩くの恥ずかしいんですけど。本屋って街のでしょ?」

 私は額に皺を寄せながら不満を告げる。


「っるせ! お前が急がせるからだろが! めっちゃ急いだんだぞ! 靴も服も選んでる暇ねーっつーの!」

「もう!」

 私は頬を膨らませる。

 

 向かおうとしている街は、ここから電車で30分揺られて着く場所。一応有名な観光地でもある。

 その駅前はかなりの人混みで、ローカルテレビの撮影などもしている。

 洒落た若者ももちろんいる……。ラフな格好で出歩くのはヤンキーくらいだろう。


「あんたね! 女の子ってのは、カップルとか見たら彼氏の服装とかチェックするのよ! で、鼻で笑ってやるのよ! ダッサってね」


 これを聞いた謙は、目線を逸らし頭を掻きながらぼそりとつぶやく。

「……いや、俺らカップルじゃねーし」


 私は自分の遠回しな恥ずかしい発言で顔が熱くなるのを感じた。


「ま、まあそうね。ただの幼馴染だからね。あんたがダッサって思われようが、ただの幼馴染だし関係ないわね。はは、私何言ってるのかしら」 


 謙は少し不機嫌そうな顔をした。が、すぐに空になった缶をゴミ箱に捨てる。

「汗も引いたし行こうぜ」

 そう笑顔で言った後、駅の中へ向かって行った。



 電車の中はクーラーが効いていてとても涼しい。

 私たちは夏休みだが、世間は平日なのだ。この時間帯というのもあって車内はとても空いている。

 ドア近くの椅子に腰を掛けた。


 その後、しばらくお互いに携帯をいじって時間を潰していたが、私はなんとなく気になった事を訊いてみた。


「そういえば今日店はいいの?」

 左側に座っている謙に訊く。


「今日は月曜。定休日」 

「そっか。謙さ、高校卒業したらすぐに店に入るの?」


 謙の顔が少し歪んだ気がした。


「いや、免許取らねーと」 

「免許? 床屋さんって免許いるんだ」


「そう。理容師免許。これがないとちゃんと仕事できねー。だから専門学校に行く。一応国家試験なんだぜ。うちの店で額に入れて飾ってるの見た事ない? 親父のやつ」

「あ! あの賞状みたいなやつ? あれ免許だったんだ。でも謙さ、店手伝ってるじゃん?」


「正確には雑用な。客に触れたら法律的にアウト。だから触れない仕事してる。タオルの洗濯とか、カラーの調合とか。あ、ちなみに床屋は理容室で、お前が行ってるパーマ屋は美容室な」

「ん? なんか違うの? やってること一緒じゃないの? オシャレ感の違いかと思ってたけど」


「お前それちょっと失礼な。簡単な違いは顔剃り。顔剃りやっていいのは理容師だけで美容師は出来ない。でも、美容師がメイクする時に眉整えるのとかはやってもいいらしい」

 謙は眉毛に人差し指をトントンと当てながら言った。

「なにそれ? 結構アバウト」


「もっと細かい話だと、正確には美容師は男のカットしたらダメなんだぜ。守ってる美容室なんてないと思うけどな」

「ふーん、やっぱ床屋の息子だと色々詳しいね」


「まあ、本とかネットで色々調べたりしてるしな。親父はそういうのさっぱりだし」


 私は少し焦りを感じていた。

 謙も彩月も先の事考えてるんだなって。

 近くで見ていたはずの謙が、私の知らない所で色々勉強してどんどん先に向かって走っている。


「で、お前はどうすんだ? 卒業したらさ。……調理学校行って実家のケーキ屋継ぐのか?」

「うーん、わかんない。私食べるの専門だし、家の手伝いだってしたことないし……」


 私の家はケーキ屋さんで、両親で経営している。巷では少し有名だが、その程度のお店だ。

 私が小学生の頃に雑誌に紹介されたことがあるらしいが、その後はそんな事もない。

 親に継げとか製菓系に進めとか言われたこともない。私自身もケーキを作りたいとは思わない。


 まだ明るい車内だが、うっすらと電車の窓に写る謙をなんとなく見つめる。

 頭を掻き少し下を向いているようだ。そんな謙が口を開く。


「そっか、お前の作ったシュークリーム食ってみたいと思ってたんだけどな。お前んのシュークリーム美味いじゃん。……でも継がないならしょうがないな」

「え?」


 私は目線を隣の謙に移す。

 頭を掻く手で顔は見えないが……なんか気持ち悪いぞ。


「そんなに食べたいなら今度作ってあげるわよ!」

「え、本当か?」

 謙はこちらを向く。


「うん、クリームの代わりに全部ワサビでね!」私は満面の笑みで答えた。

「テレビの罰ゲームかよ……」    


『次は札幌、札幌です。お下りの方は――』


 到着のアナウンスが鳴り響いた。

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