「まだ正方形な四人」 1ぱねる
「
「えー、やだよ! 湿気多いとすぐにブワッて広がっちゃうし。私は
私は少し寒色がかった茶色の癖毛を指に巻きつける。
今私と彩月は、ファーストフード店で『恋多き乙女の恋愛相談』の真っ最中である。
窓の外はカンカン照りだ。私は少しひんやりしたテーブルに右頬を付け、右腕をだらんと下げながら左手でポテトを食べる。
「あ、そういえば、進路決めたの?」
テーブルで塞がれていない左耳に彩月の声が入る。同時に彩月のジュースが空になった合図もストローから発せられた。
「……うーん」
私はどっちつかずな返事をした。
決まってないんだよね。もう高三の夏休みだというのに。やりたい事ないし。
彩月はたしか教育大志望って言ってたっけ……。
「どうすんの? 今時『お嫁さんになりたーい』なんて流行んないよ? もしかしてほんとに
カンカン照りの外を見ている私には見えないが、アホ面のニタニタ顔で言っている彩月の顔が想像出来て腹が立つ。
「ゆ、
私は顔を上げて言い放った。
ただ、言い終わってから後悔した、だってこんな返しだと……。
「ふーん、ムキになっちゃって。ふふ、図星だな! ほっぺも赤くなってるぞ」
そう、こう思われるだろうってね。アホ面のニタニタ顔め!
「これは違う! 今テーブルにほっぺ付けてたから赤くなってるの! ただの幼馴染! ……そういえば謙ってさ、めっちゃモテるのに告白全部断ってるらしいんだよね……。B組の
「もしかして矢元君ってホモなんじゃね?」
彩月は半眼の不敵な顔で言った。
「うん、絶対そう! 想像したらやばい笑える」
「ってかさ、聞いた話なんだけど。告白断るときに『俺ずっと片思いのやついるから』って言ってるらしいよ? 誰のことなんだろーね?」
「……
私も半眼にして言ってみた。
「浜田君は男じゃん!」
「だってホモだし」
と、恋愛相談といっても、いつもこんな感じである。
あいつに片思いのやつ? 誰だろう? 店のお客さんとかかな? いや、あいつん
そんな事を考えながらストローをかじっていると、私の携帯がメールの着信を知らせてきた。画面には『矢元謙』と出ている。
テーブルの上に置いていたため、その画面が彩月にも見えてしまったらしく、半眼で片方の口角を上げながらこちらを見てくる。なんとも腹立たしい顔だ。
メール本文を確認する。
『暇か? 本屋に行きたいんだけど付き合ってくんね?』
私はすぐ返信はせずに、携帯の画面が下になるようにテーブルに置いた。
目線はなんとなく、窓から見える電線にとまっている小鳥に移した。ついでに口笛も吹いておこう。
これは半眼アホ面彩月からの攻撃を回避するためだ。
自分から変な冷や汗が出るのを感じる。
だが、私よりも成績優秀で頭脳明晰なアホ面の彼女は、私の何枚も上手の攻撃を仕掛けてくる。
「あ、いっけなーい! もうこんな時間だー私塾にいかなくちゃー!」
と棒読みのセリフを言ってきた。
更に鞄を背負い『まあ気にすんなって、楽しんで来いよ!』的なウインクを飛ばしてくる始末。ちなみに腰に手を当て、握りこぶしに親指を立てたグッジョブをしている。
そうやって大根役者を演じた彩月は鼻歌交じりで店を出て行く。
「ちょ、彩月待ってよ!」
無言のグッジョブサインが返ってきた。
自転車に乗った
携帯で時刻を確認する。
『13:27 8/7 Mon』
なにが塾の時間だ。合流した時に塾は17時からって……。
彩月は勘違いしている。私は本当に謙なんて興味はない。幼稚園からずっと一緒で、おまけに高校のクラスまで同じ。親戚に近い感覚だと思う。
正直、謙の買い物に付き合うくらいなら、彩月と遊んでたいのに。
まあしょうがない、大根役者のせいで暇になっちゃったし……。
『駅前。10分で来なきゃ帰る』
私は謙に返信をして店を出た。
このファーストフード店の向かい。道路を渡った先に駅はある。
私は自販機で冷たいミルクティーを買い、いつものベンチに腰を掛けた。
いつものように改札のアナウンスが聞こえて、いつものように喫煙所から流れてくるサラリーマン達のタバコの匂い。
少し欠けた歩道のコンクリートから生えるタンポポを見ながら謙を待つ。
私の住んでいるこの町は、住むには不便ではないが若者には少々辛い。
カラオケなどの遊ぶ場所が無いのだ。正確には無くはないのだが、遠い。自転車で数十分走ってようやく着く。
本屋もないことはないが、老人夫婦の営む小さな本屋。小学生の使う文房具や、付録の付いたコミックなどは豊富だが謙の求めている本はない。
私はそれを理解していた。だから集合場所をいつものように駅前。としたわけだが。
「……遅い、もう8分」
私は鼻翼を膨らませてタンポポに向かって呟いた。
すると年季の入った自転車の高音ブレーキが駐輪所の方から聞こえた。もう何度も聞いている特徴的なブレーキ音。
その音を合図に私は立ち上がり、お尻を
駐輪所の方からは、ビーチサンダルに短パンTシャツ、長身に黒髪の短髪で、おまけに汗だくであろう男が走ってくるのが見える。
「謙! あと30秒! 走って走って!」
謙は到着するやいなやベンチにへたり込み、肩で息をしながら口を開く。
「間に合ったか? はあ、はあ……時間」
「あと15秒てとこかな。ギリギリセーフ! ほらよっと!」
私はそう言って、謙と同じく汗をかいたミルクティーを投げ渡す。
謙はすぐさま缶蓋を開けミルクティーを飲んでいる。
「ってかさ、なんでビーサンなの? 服もなにそれ? 寝間着? 一緒に歩くの恥ずかしいんですけど。本屋って街のでしょ?」
私は額に皺を寄せながら不満を告げる。
「っるせ! お前が急がせるからだろが! めっちゃ急いだんだぞ! 靴も服も選んでる暇ねーっつーの!」
「もう!」
私は頬を膨らませる。
向かおうとしている街は、ここから電車で30分揺られて着く場所。一応有名な観光地でもある。
その駅前はかなりの人混みで、ローカルテレビの撮影などもしている。
洒落た若者ももちろんいる……。ラフな格好で出歩くのはヤンキーくらいだろう。
「あんたね! 女の子ってのは、カップルとか見たら彼氏の服装とかチェックするのよ! で、鼻で笑ってやるのよ! ダッサってね」
これを聞いた謙は、目線を逸らし頭を掻きながらぼそりとつぶやく。
「……いや、俺らカップルじゃねーし」
私は自分の遠回しな恥ずかしい発言で顔が熱くなるのを感じた。
「ま、まあそうね。ただの幼馴染だからね。あんたがダッサって思われようが、ただの幼馴染だし関係ないわね。はは、私何言ってるのかしら」
謙は少し不機嫌そうな顔をした。が、すぐに空になった缶をゴミ箱に捨てる。
「汗も引いたし行こうぜ」
そう笑顔で言った後、駅の中へ向かって行った。
電車の中はクーラーが効いていてとても涼しい。
私たちは夏休みだが、世間は平日なのだ。この時間帯というのもあって車内はとても空いている。
ドア近くの椅子に腰を掛けた。
その後、しばらくお互いに携帯をいじって時間を潰していたが、私はなんとなく気になった事を訊いてみた。
「そういえば今日店はいいの?」
左側に座っている謙に訊く。
「今日は月曜。定休日」
「そっか。謙さ、高校卒業したらすぐに店に入るの?」
謙の顔が少し歪んだ気がした。
「いや、免許取らねーと」
「免許? 床屋さんって免許いるんだ」
「そう。理容師免許。これがないとちゃんと仕事できねー。だから専門学校に行く。一応国家試験なんだぜ。うちの店で額に入れて飾ってるの見た事ない? 親父のやつ」
「あ! あの賞状みたいなやつ? あれ免許だったんだ。でも謙さ、店手伝ってるじゃん?」
「正確には雑用な。客に触れたら法律的にアウト。だから触れない仕事してる。タオルの洗濯とか、カラーの調合とか。あ、ちなみに床屋は理容室で、お前が行ってるパーマ屋は美容室な」
「ん? なんか違うの? やってること一緒じゃないの? オシャレ感の違いかと思ってたけど」
「お前それちょっと失礼な。簡単な違いは顔剃り。顔剃りやっていいのは理容師だけで美容師は出来ない。でも、美容師がメイクする時に眉整えるのとかはやってもいいらしい」
謙は眉毛に人差し指をトントンと当てながら言った。
「なにそれ? 結構アバウト」
「もっと細かい話だと、正確には美容師は男のカットしたらダメなんだぜ。守ってる美容室なんてないと思うけどな」
「ふーん、やっぱ床屋の息子だと色々詳しいね」
「まあ、本とかネットで色々調べたりしてるしな。親父はそういうのさっぱりだし」
私は少し焦りを感じていた。
謙も彩月も先の事考えてるんだなって。
近くで見ていたはずの謙が、私の知らない所で色々勉強してどんどん先に向かって走っている。
「で、お前はどうすんだ? 卒業したらさ。……調理学校行って実家のケーキ屋継ぐのか?」
「うーん、わかんない。私食べるの専門だし、家の手伝いだってしたことないし……」
私の家はケーキ屋さんで、両親で経営している。巷では少し有名だが、その程度のお店だ。
私が小学生の頃に雑誌に紹介されたことがあるらしいが、その後はそんな事もない。
親に継げとか製菓系に進めとか言われたこともない。私自身もケーキを作りたいとは思わない。
まだ明るい車内だが、うっすらと電車の窓に写る謙をなんとなく見つめる。
頭を掻き少し下を向いているようだ。そんな謙が口を開く。
「そっか、お前の作ったシュークリーム食ってみたいと思ってたんだけどな。お前ん
「え?」
私は目線を隣の謙に移す。
頭を掻く手で顔は見えないが……なんか気持ち悪いぞ。
「そんなに食べたいなら今度作ってあげるわよ!」
「え、本当か?」
謙はこちらを向く。
「うん、クリームの代わりに全部ワサビでね!」私は満面の笑みで答えた。
「テレビの罰ゲームかよ……」
『次は札幌、札幌です。お下りの方は――』
到着のアナウンスが鳴り響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます