真夜中から左へ

忠臣蔵

1

 九月のはじめに父が亡くなり、妹からの訃報でそのことを知った私は葬式へ出ることにした。出ないという選択肢があったとは思えない。別々に暮らしているとはいえ、私たちの家族というか血族はさしたる厄介者も生まずにそれとなくそれぞれ元気にやってきたのだし、たとえば金銭とか性的不実といった事柄の持ち上がらないかぎりは縁者の法事にはさだめし出席すべきであろう。好むと好まざるとに関わらず、そういう見識が世間にはあるのだから出てしかるべきであって、よって私は、半年前に再々婚してから島の福祉センターで働いている看護師の妹に連絡を取ることにした。結婚おめでとうと半年前と同様に寿ぎつつ死因や近況、誰が参列するのかなどを尋ねたあとでしかるべき支出について、なるべく困った、こんなことこちらも聞きたくないのだけど人生にはいやなこともあってしかるべきだと、少なくとも相手はそう判断しそうな抑揚を意識して尋ねると、そんなものはかからないと言われる。「え?」「まあ旅費とか雑費の折半とかそれは、あれだけど。でもなんていうか、実費? みたいのはほんと、ぜんぜん」という返答を聞いた私は「うちらしか出ないらしいけど」と確認し、それにも「うん」と言われたので困惑の果てに「葬式は出すんだよね?」と愚問を放ってしまった。どう挽回すべきかわからず黙りこんでいると「出さないといえば出さない、かな?」とこともなげに言われる。「え?」「いや、手続きというか名目として出すよもちろん。そんな野ざらしになんかしませーん。なんていうか、一般の人は知らない、かな? 知らない、知らなくてもおかしくは、まあ、ないけど。まあ最近、ニュースでも取り上げられたけど」「どこ?」「ああホームページに書いてるよ」「そうじゃなくて、葬式はその、どこで?」私が訊くと紙風船の割れるような音がして、誰かに、おそらく義弟に替わるつもりなのかと身構えるもややして聞こえてきたのは相変わらず妹の声だ。「やるといえば、やるけど。もう死んでるしねお父さん」「どこで?」「福祉センター」「え」と私は言った。福祉センター?「それってそっちで働いてるとこ、だっけ」「そうそう。ああいうとこって看護師も置かないとって法律で決まってるから」「あの、前のとは別の?」「うんそう、ごめんねややこしくて。系列のアレは一緒だけど、今度は島にあるほうの……」私は「そうなんだ、ありがと」と告げ、身支度を済ませるという口実で電話を切った。妹が病院を辞めたことは知っていたが就職先が離島だとは知らなかった。いやそんなはずはない、義弟はそこでペンションを経営していて、それに合わせて彼女は移住し現地の医療法人で働いていることを私は知っているはずだ。というか知っていて、それで電話しようとしたのではなかったか、つまり葬儀をどちらでやるのかという懸念が念頭にあり、その確認をとにかく済ませなくてはならないから、わざわざLINEでの連絡を避けたのではなかったか、いやちがう、そもそも私は妹のアカウントを知らないから電話を使ったのだった。我ながらどうかしているのではないか。業務が倍加して多忙だったから忘れていた、そういう話にこれは、なるのだろうか。とても深刻に疲れているのかもしれない。私は手元のスマートフォンで〈島 福祉センター〉と検索した。

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