エピローグ1

 冬の晴れた空が頭上に広がるビルの屋上から真下を見下ろすと駅前のバスロータリーが見える。

 電車の改札口から吐き出された人々が、見えない管に注ぎ込まれる液体のように枝分かれしロータリーに点在するバス停や地下鉄の入り口へと綺麗に列を作っていく。それ以外の人々はしぶきのように細かく思い思いの方向へと散り広がる。

 それらの流れから少し離れ、駅ビルの壁面に並ぶ植木の花壇の1つに腰を下ろしている男子高校生がいる。行きかうその人々を全て視界に入れられる位置で、スマホを手にしつつもほとんど画面に視線を落とすことなく歩く人たちを緊張した面持ちで観察している。

 そのとき、目当ての人物を見つけたのか体を強張こわばらせた。手にしたスマホのロックを手早く解除すると、目当ての番号に電話をかける。

「先生、来ました」

「……」

「先生? 先生、聞こえてますか?」

「……ん、ああ、すまん。相模さがみか。聞いているぞ」

 少しの間を置いたあとに返ってきたどこか無機質な声に、相模と呼ばれた男子高校生は安堵のため息をつく。無機質な中にも少しの申し訳なさが感じられる声がスマホから続く。

「しばらく交信こうしんが途絶えていたからな。いきなりで反応が遅れた」

「すいません、でもそれほど間を空けたつもりも無かったんですけど」

「2ヶ月半以上は空いたような気持ちで待っていたぞ。それで、来たのか。外見は」

 良く分からないという表情で最初の言葉を聞いていた相模は、問われた言葉に慌てて自分の仕事を思い出す。

「あ、はい、今ロータリーを回り込んで地下鉄の入り口に向かってます。黒い毛糸の帽子と茶色いコートで、俺より少し背が高いくらいの男性で、のはこのあいだのアイツとほとんど同じですけど、銀色が濃いような気がします」

 地下鉄へと続く階段へと消えていった黒い帽子の男は、傍目はためには銀色の要素を感じさせなかったが、

「そうか、間違いないな。あとは任せろ」

「でも地下鉄でどっちの駅に行くかまでは絞り込めていないんですよね。俺がついていったほうが確実なんじゃ……」

 まだ追いつけると言いたげな声をスマホの声が制する。

「危険すぎる。大丈夫だ。あとは私に……いや、に任せろ」


 地下鉄の出口から黒い毛糸の帽子を目深にかぶり、茶色いコートのポケットに両手を入れた男が上がってくる。出口の脇にある小さな休憩所に腰を下ろした。

 地上の寒風に身震いする仕草を見せたあと、辺りをゆっくりと見渡す。しばらくそうしてまるで品定めをするように、まばらに行きかう通行人を眺めていたが、1人で歩く女性の姿に視線を定めた。

 ゆっくりと腰を上げるとうつむき加減にそのあとをついていく。それに気づいているのかいないのか、女性は後ろを気にすることなく帰宅するためか人気の少ない住宅街へと足を向ける。

 女性が路地を曲がったところで、男は足を速めた。

 曲がった先は両側にマンションの裏手と民家の塀が伸びており、その先の行き止まりはゴミ捨て場になっている。しかし目の前に伸びるアスファルトの舗装路には人の姿はなかった。1人も。

 人が隠れる場所はない。あえて言えば、ゴミ捨て場の山の中だろうが、曲がり角からそこまでは50メートル近くあり、つい先ほど曲がったばかりのあの焦る様子もない女性がそこに隠れたとは考えづらいが、男は確かめることにしたらしい。

 壁にいくつある金属ドアのカギがかかっていることを確認しつつ先へ進む。

「そこまでよ!」

 ゴミ捨て場まであと少しというところで、男の後ろから鋭い声が飛んだ。男が振り向き睨みつける先、路地の入口にはさっきの女性が冬の日差しの中で仁王立ちしていた。

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