第9話 暴走/Break Atmosphere Day
ピジョンがいつの間にやら、積極的にキャット達と話すようになっていた。
「ねぇ、キャット! アタシ次は『犬』に翼を生やしてみようと思うんだけど!」
「そうねぇ、翼もいいけど、つの、ツノ、角っていうのも見てみたいわ」
「わかった角ね! アタシに任せなさい!」
「なんだか、すごく楽しそうですねピジョン、急な変化は生態系に悪影響があるのではなかったのですか?」
毛玉も、もうピジョンに対する苦手意識や対抗意識はないらしい、キャットの新たな話し相手としてピジョンを認めていた。
「正確にいえば、未来、その進化の道筋、系統樹が予測不能になるからしたくないだけ。でもこれは、そう人類がアタシにかけたリミッターよ! よくよく思えばアタシの流儀に反するわ!」
そう言ってせっせと、角の生えた犬……実はこの『犬』も前回のクジラ的巨大生物と同じく、似て非なる何かであるのだが、ここにいる三人が誰一人として、新生物に名前を付けないので、仕方なくこうなっているのだ。
「出来たわキャット! 会心の出来栄えよ!」
「すごいわピジョン、これが角なのね、なんだかかっこいいわ」
微笑ましいひと時、自らの仕事がピジョンに取られていると言えなくもないのだが、もう毛玉はどこか達観したように、その光景を眺めていた。
そして彼はこう思う。
(ああ、こんな時がずっと続けばいいのに……)
だが、その願いは虚しくも散ることとなる。
キャットとピジョンの交流、生態系の進化が進んでいってまたしばらく 経ったある日のこと。
ピジョンは進化の中で生まれた猿のような生物を見てこんなことを言った。
「ねぇキャット、箱の外って今どうなっているのかな」
普段のピジョンとは真逆な神妙な面持ちだった。
「さぁ、私は興味ないもの」
対してキャットは普段通り、そしてその意見も昔から一貫している。
「でも、流石におかしいのよ! 私が自己生成されて! 生物がこんなにも進化したのに! そんなにも長い時間が経ったはずなのに! どうして未だに人類は、BOXに移住してこないのよ!?」
ピジョンが声を荒げる。
箱の外、BOX外部、人類のいる地球、こことは逆の丸い世界。
だが、人類はそこに住むことが難しくなってきていた。
いや仮にまだ多くの時間をそこで過ごせるとしても、やはり新天地は必要なのだ。
いつか来る終末に怯えないですむように。
そうして創られたのがBOXだった。
そのはずだった。
だが、ここでは時間の流れがわからないが、それにしてもかなりの時間が経った。
確かに、人類が例えば視察のように、一人二人、研究者などを派遣してきてもおかしくはない。
だがそれすらない。
ピジョンはそのことを不可思議に思ったのだ。
「人類は、まだ残っているのかしら……」
ピジョンが本当に言いたかったことはそれだったのだろうか。
自らに与えられた使命、それは人類のためのものであったはずなのに、肝心の人類はもしかしたら、もういないのかもしれない。
ならば、自分のやってきたことはなんだったのか、ピジョンはそう言いたいのだと、毛玉と、そしてキャットもそう考えた。
キャットが、必要以上に思考を巡らせることは非常に珍しいことだ。
それほど事態は切迫していたのかもしれない。
キャット達は停滞を望んでいた。
そのために、箱の外について考えることはなかった。
だが、ピジョンが現れたいまそうはいかなくなってしまった。
このまま生物が進化していけば、そう、そのうち新たな人類が生まれる可能性があるのだから。
「ねぇキャット、前話していたメタってヤツに連絡は取れないの?多分ソイツは人類側いや、人類の一人のはずよ」
「無理だと思う、多分あれが、あの人に出来た最期の通信」
キャットにとってはもう遠い過去の話、しかし鮮明に焼き付いた自分の根幹でもある。
だからこそ、そう断言出来た。
自分を娘と呼んだあの人は、もういないのだろうと。
「そんな、じゃあやっぱり……」
ピジョンは座り込んで項垂れてしまった。
「ピジョン……」
キャットと毛玉は心配して、ピジョンと同じく座り、目線を合わせようとした。
しかし、その時だった。
ピジョンがガバッと顔を上げた。
その目は先ほどまでとは打って変わり、輝いていた。
しかしそれは、どこか怪しげな輝きだった。
「ねぇ、キャット、毛玉。人類が来ないなら、人類がもういないなら」
ピジョンは言う、リミッターの外れた言葉の奔流は止まらない。
「アタシが人類を創ればいい! 生命の進化を待つことはないわ! そうすれば話し相手がいっぱい出来る! 素敵よね! そう思わない!?」
たくさんの『話し相手』、話すことが『心地良い』という『エラー』
ピジョンの心は快感を求め、欲望が生まれ、暴走が始まった。
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