第8話 Super Error Action
ピジョンが世界樹の果実を手に入れてしばらく経った後。
BOX内に世界樹以外の植物、植物性プランクトンの発生が確認された。
しかし未だ、生物の反応は確認出来ないでいた。
ある日、ピジョンが世界樹へと戻ってくる。
「ちょっと! この世界、海が無いじゃない! 生物の源といったら海でしょ海! 植物性プランクトンを造っても水が無かったから意味がなかったわ!」
山は創ってあったから当然、海も創ってあると思ったのに!とキャットたちには理解しかねる理屈で文句を言うピジョン。
「そう言われても、この前の果実で、キャットの役割は最後でいいと言ったじゃないですか、あの時にちゃんと確認しなかった、ピジョンの責任では?」
基本的に『キャットの』話し相手である毛玉だが、今回ばかりはキャットよりも先にピジョンに反論した。
どうにもこの毛玉はピジョンに対して、思うところがあるらしい、二人しかいなかった世界に生まれた存在は良くも悪くもその影響を広げていく。
「だってしょうがないじゃない! あの時はアタシは生まれたばかりだったんだから!」
正論のような、すごい理屈で前言を撤回しようとするピジョン
「私は別にいいわ、うみ、ウミ、海、創っても」
それに対してキャットは特になにか不満を言うこともなく承諾をする。
「……キャット、それは」
「いいじゃない毛玉、あまりいじわるをしてはいけないわ」
そう言われては、毛玉も返す言葉が無い。
「じゃあピジョン、早速創るわね? どこがいいかしら、そうだせっかく横面が白いままなのだからそこにしましょう」
そういって、世界の果てにある壁、BOXの横面に手のひらを向けるキャット。
しかし、それを毛玉とピジョンが制止する。
「待ってくださいキャット、BOX内には重力が設定されています! 上から下へ!」
「そうよ! 今のまま横に海なんか創ったら大洪水が起こるわ!」
アタシが説明するから、その通りに創って、とキャットを誘導するピジョン。
やはりそれはリミッターを無効にして行われる一種の命令のようだった。
(どうしてキャットには、リミッターがかけられたのか、どうしてピジョンにはかかっていないのか)
毛玉は思案を巡らせる。
リミッターの意図は、人間の神に対する畏怖だったのか、それとも世界創造という偉業に対して、なにかしらの正当性を持たせるための措置だったのか。
だが情報のリミッターは無くとも、人間でない毛玉には、理解の届かない話だった。
神に、純真無垢さを求めて、それのなにが正当性に結びつくというのだろう。
決して、それで人類が純真無垢に変わるわけではないのに。
そんなことを考えている間に、キャットは海を創り終えていた。
全方向に見えていた横面へと向かう地平線の一部が水平線に変わっていた。
「バッチリよ! まあさすがは管理者様ってとこかしら?」
上から目線でその管理者様を褒めるピジョン。
だがキャットはまんざらでもないようだった。
毛玉は、わかってはいたが、改めて気付く、キャットは自分の行動を褒められたがっているということを。
「……本当にすごいですキャット、大海原だ」
「ありがとう毛玉、私も良く出来たと思うわ」
海面の波を眺める三人、だがピジョンは早速、生命の創造に取り掛かるらしい。
海に手を入れ、ぐるぐるとかき回す。
「へぇ、ピジョンはそうやって創造するのね」
「なによ、見世物じゃないわよ。アンタたちはさっさとあの木のとこに戻りなさいよ」
取り付く島もないような言い方だったが、キャットは意にも介さない様子で。
「もう少し見ていていかしら?」
そんなことを言って、ピジョンの隣に座る。
「ああもう! 仕方ないわね、勝手にすればいいわ、アタシは生成に集中するから話しかけないでよね!」
そう言って不承不承ながらも。キャットの同行を許し、作業を続けるピジョン。
そこから先は、生命の軌跡の縮図だった。
単細胞生物が分裂し多細胞生物へと変わり、様々な形へと変化し、だんだんとその身体を大きくしていく。
海にはさまざまな生物が溢れる。
哺乳類の祖先、爬虫類の祖先、魚類の祖先、鳥類の祖先、昆虫類の祖先……。
多種多様な生き物がひしめき合う、まさしく生命の源。
そんな途中で、一旦作業を止め、ピジョンが口を開いた。
「そういえばこの世界、夜も無いじゃない! 『サイクル』が生まれないわ!」
またもや文句である。
口を開けば文句ばかり言ってるのではないだろうか。
そんなことを思う毛玉だったが、今回は反論はしないでいた。
夜に関しては、自らも提案したことがあったからだ。
「私、暗いのって多分嫌いなの、だから夜は創らない」
あのときと同じ答え、ピジョンはなんだそれはと困惑している」
「アンタ、まだ『暗い』を経験した事も無いんでしょう!? それなのにどうして嫌いだなんてわかるのよ!」
「嫌なものは嫌なの、夜だけは創らないわ」
キャットの夜への忌避感はどこから来るのだろう。
リミッターを超え、根源的に嫌っている夜、それはもしかしたら、夜の暗闇から孤独を連想しているのかもしれなかった。
キャットが嫌っているのは、夜ではなく、暗闇のせいで何も見えなくなるような状況を嫌っているのかもしれなかった。
最初に話し相手を創った神らしい感情、それがキャットのアイデンティティなのだ。
「はぁ……まあいいわ、だったら常に太陽がある状態での調整をするから、全く時間の流れもないに等しいなんて狂ってるわ」
溜息をつきつつ、キャットに無理強いをするのは止めたらしい。
作業に戻るピジョン、そこにキャットがなにか思いついたように声をかける。
「そうだわ、ねぇピジョン、私、あなたみたいに空を飛んでみたいの、なんとかできない?」
これが所謂『無茶ぶり』というやつだろうか、と毛玉は思った。
「飛びたいなら飛べばいいじゃない、アンタは神なのよ? 何でもできるからそう呼ばれるの、飛びたいと思えば飛べるでしょ?」
「ピジョンと飛びたいの、ピジョンの力で飛ばしてほしいの、私じゃなくて」
これは好奇心からの要求か、それとも誰かに甘えたいという欲求なのか。
もしかしたら両方なのかもしれなかった。
「あーもうー! わかったわよ! 急な生命の進化は、生態系に悪影響が出るからあんまりやりたくないんだけど……それっ!」
キャットにせがまれ、ピジョンが海から創り出したのは翼の生えた巨大な生物だった。
既存の生物で例えるなら、クジラに翼を付ければ一番近いかもしれない。
「ほら、これの背に乗るのよ!付いてきなさい!」
海面を漂う、巨大生物に乗り込む三人。
そして巨大生物は翼をはためかせ、飛び上がった!
「すごい! すごい! これが飛ぶってことなのね! いつもより風が強いわ! 地面が遠くに見える!」
はしゃぐキャット、ピジョンはそれを見てどこか嬉しそうな感情をにじませながら、それでも何かしら自分のやってしまったことに対する反省のような気持ちが混ざり微妙な表情をしていた。
「でも、なんで翼の生えたクジラ?なんですか? 普通に鳥を創るか、あなたがキャットを持ち上げるのでも良かったのでは?」
「うるさいわね……力仕事はしたくないわ、それに箱の外の既存の生物を創るんじゃアタシの生まれた意味が無いわ、だから、これから進化していく系統樹も、ソレをなぞることはないわ」
端的に説明するピジョン、キャットの孤独嫌いとはまた違うが、ピジョンにも彼女なりの矜持があるらしかった。
・共に飛ぶ三人、ピジョンの中に「誰かと共に過ごす」ことの『良さ』という『エラー』が芽生える。
BOXの内を飛び回る巨大生物、その上でキャットは目を輝かせ、毛玉はそこに寄り添い、そしてピジョンは――
(アタシ、どうしちゃったのかしら……コイツ達と過ごすのが楽しいなんて)
その感情は本来なら喜ばしいことだった。
しかし、進化の系統樹の支配者がそれを覚えることは、後に大いなる選択を迫られることになるのだった。
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