♯29 レナvs.ベアトリス

 クロエが自らの予感に青ざめながらつぶやく。


「レ、レナさん……それじゃあ、ひょっとして……!」

「うん。他には絶対に誰も来ない場所、来られない場所にクロエを利用してレナを誘い込んで、そこでクロエに何かさせようとしてた。それが失敗したから実力行使で……と思ってたけど、たぶんそこまで全部計算。レナから攻撃されるのを待ってた。問題児を片付ける大義名分のため。だから、実際に攻撃しちゃったレナが何言っても意味ないんだよ」

「そ、そんな……!」


 怯えるクロエがバッとベアトリスの方を向く。

 こちらへ近づくベアトリスの全身から、既に大量の魔力のオーラが立ちのぼっている。臨戦態勢だ。


 ベアトリスは、冷たい鋭い瞳でもって告げる。


「貴女には失望しました」


 そのたった一言で、クロエがびくっと震え上がる。

 レナの目に映るベアトリスは、ただレナだけを見つめている。


「貴女と出会ったあの日、私は歓喜と恐怖を同時に感じました。私と張り合える優秀な魔術師が現れたのだと。しかし、買いかぶりだったようですわ。己の力に溺れ、粗暴に振る舞う未熟者。やはり身の程を知らない田舎娘でしたか」

「レナが田舎生まれなのはそうだし、レベッカをぶったのもそうだけど、力に溺れる粗暴な未熟者はあなたもでしょ」

「なんですって?」


 レナとクロエの前でぴたりと足を止めたベアトリス。

 クロエとは異なり、レナは怯まず真っ直ぐにベアトリスを見つめ返す。


「家柄と才能だけでトップに立って、人の心を支配して、傷つけて。レナが気に入らないのはわかるけど、ベアみたいな育ちの子がクラスを操っていじめなんてダサすぎ。正々堂々とケンカも出来ない卑怯者。恥ずかしくないの? レナ、そういうズルい子が一番キライ」


 ハッキリと断言したレナに。


 冷たかったベアトリスの瞳に、怒りの感情が強く宿った。


「……聞き捨てなりませんわ。支配? いじめ? 卑怯者? なんという屈辱……! それは、このベアトリスへの――我がヴィオール家への最大限の侮辱ととります。断じて許すことは出来ません。貴女はここにふさわしくない人間のようですわ!」

「最初からレナを追い出す気だったくせに。あなたもふさわしくないよ」


 カッと目を見開いたベアトリスの魔力が瞬時に膨れあがり、彼女の背後に魔力オーラによって形作られた巨大な竜が出現する。具現化した竜は生物のごとく猛り、吠えて、レナたちを強く威嚇した。その存在感は本物と遜色ない。


 クロエががくがく震えながらつぶやく。


「あ、あれは……ベアトリスさんの、竜族の力……! レナさんっ、ベ、ベアトリスさんは本気です! 本気で竜族の力をっ!」

「うん、すごい強そう。でも、レナだって本気だから」


 レナもまた握った両拳を突きあわせて魔力を開放。右腕に三連、そして左腕にも三連の闇の魔方陣が現れた。


 ベアトリスが片手を上げると、オーラの竜がベアトリスとシンクロして動く。


 一瞬だけ世界が静まり――張り詰めた空気の中でベアトリスが口を開いた。


「かつて女神と共に大地を鎮め、人々を守護した始まりの竜族ドラゴニア。私はその血を引く末裔。この《竜焔気ドラゴニア・エフェメイル》はただの魔術とは一線を画します。謝罪し、ひれ伏すなら今のうちですわよ」

「冗談がヘタだね、ベア。いじめてる方が謝るのがフツーだよ。レナだってそうしたら許してあげる」

「……〝ノブレス・オブリージュ〟。力を持つ者にはそれを正しく行使する責任が伴います。貴女がそれを無秩序に振る舞うのであれば……力で持って償わせますわ……!」

「クロエは逃げてっ!!」

「! レナさっ――!」


 闘いの火ぶたが切られる。

 ベアトリスが右手を振り下ろすと、高みから竜の前足がレナを目掛けて襲ってくる。レナは言葉と共にクロエを突き放し、反対方向へ跳んで逃げた。竜の前足は塔の床を激しく叩きつけ、地震のような震動で立っていることも出来なくなる。


「きゃあああああっ!」


 頭を抱えて叫んだのはクロエ。ベアトリスの力は対魔コートされている塔の床にすらヒビを入れ、弾け飛んできた破片がクロエの身体を叩きつける。


「うぅ…………レ、レナさんっ……」


 顔を上げるクロエ。


 ――ドォン!! ドォン!!!


 レナの魔力が込められた魔拳、そしてベアトリスの魔力で生み出された竜が空気を振るわせる激しい衝撃を放つ。

 レナはベアトリスの攻撃を避けて、時には拳で殴りつけながら、素早くベアトリスの懐に潜り込もうとする。しかしベアトリスの竜は手足や尻尾、ブレス系の攻撃まで多用してレナを近づけない。そしてそれらすべてが強大な破壊力を持ち、あんなものを直接受けてしまえばいくらレナでも無事ではすまないはずだった。


 だがそれはベアトリスも同じである。


 チャンスを待つレナの両腕には四連、そして五連と魔方陣のリングが増していき、そのたびに凄まじい高濃度の魔力が練り上げられているのがクロエにもわかった。レベッカに対して相当に力を抑えてもあの威力の技を繰り出したのだ。あのときよりもさらに高出力の魔力を全力で放てば、ベアトリスといえども防ぎようがない一撃必殺の威力である。それをわかっているからこそベアトリスはレナを近づけようとしない。


 クロエは二人の攻防をハラハラしながら見つめ、頭を悩ませた。


「ど、どうしよう。このままじゃレナさんが……それに、ベアトリスさんも……っ」


 勝負はまだわからない。けれど全力を出している二人の疲労が色濃くなっているのは明白で、いずれどこかで決着がつく。そうなればどちらかが――またはどちらも無事ではすまない状態になってしまうかもしれない。そんなのは嫌だった。


「どうしよう、どうしよう……!」


 二人を止める方法を探し、けれどそんな都合の良い妙案は浮かばず、クロエは震える。


「また、また、わたし……!」


 このまま見ているだけしかないのか。


 そう思いながら視線を彷徨わせたクロエは、そこで彼女――レベッカを見た。


 レベッカは、壁にもたれかかりながら笑っていた。

 まるでこの二人の闘いを願っていたかのように、楽しそうに。

 レナだけではない。ベアトリアスも危険な状況にあるというのに。


 ――そのとき、クロエは勘づいた。


「あ…………も、もしかして……」


 それは危険な賭けだった。

 しかし、もしもクロエの想像が当たっていれば――この闘いはすぐに止められなければならない。レナとベアトリスが争う必要などない。


 クロエはドクンドクンと鼓動を速める胸元を押さえながら立ち上がり、そして、走った。



「やめて……やめてっ、くださぁぁぁぁぁぁぁいっ!!!!」



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