♯381 だって


 ◇◆◇◆◇◆◇



 街でクレスたちと別れたレナは、同級生であるドロシーの屋敷に戻ってきていた。

 本日のパーティーの主催はドロシーであり、招かれたのはレナ、アイネ、ペール、クラリスといつもの同級生メンバーだ。


「えへへ! まだまだたくさんのお料理とゲームがあるので、みんないっぱい楽しんでね!」


 両手を広げ、にぱ~と満面の笑みを浮かべるドロシー。

 立派な長机から溢れそうなほどの料理がずらりと用意され、チキンの丸焼きからローストビーフ、麺料理に卵料理、温かいスープ、色とりどりのサラダにフルーツ、デザートにはケーキまで。まさに贅沢を並べ尽くしたかのような光景である。

 広いリビングには装飾されたどでかいツリーが置かれ、さらには召使いが高級ジュースを何本も運んでは注いでくれるため、レナは少々驚いたものであったが、貴族令嬢であるドロシーたちにとってはこれが普通の光景なのだろうと思い――


「ドロシーさん……さすがにこれはやりすぎです……」


 と、苦笑する少女アイネの一言でそうでもないことを知ってホッとした。


「あはは! そんなこと言ってぇ、アイぽんさっきからぐーぐーおなか鳴ってたじゃん?」

「んなっ!? ペ、ペールさん! そういうことは気付いても言わないのがマナーというものよ! それも人前で!」

「ごめんごめぇん! だけど外でいっぱい遊んでおなかすいてるし、せっかくドロりんが用意してくれたんだから、ぜんぶ食べちゃおうよ~! ね~クラくら?」

「ええ。貴族の娘として、厚意はしっかりと受け止めるべきですわ。……ところで胃薬は用意されておりまして……?」

「ありまぁす! えへへへ、レナちゃんもあんしんしていっぱい食べてねぇ♪」

「あるんだ……ドロシーって抜けてるのかしっかりしてるのかよくわかんないよね……」


 純真無垢をそのまま娘にしたような笑顔のドロシーにツッコミを入れつつ、アイネたちと料理に手を伸ばしていくレナ。そんな生娘たちの姿にドロシーの両親が温かな視線を向けている。

 このパーティーは、本年の『クラン試験』において見事に全員揃って基本過程クラスから初級魔術師クラスへとランクアップ出来たお祝いの意味も兼ねられており、アカデミーや魔術のことから日常のことまで、あれこれと会話は尽きない。レナはあまり自分から話題を振る方ではないが、それでもドロシーたちとの時間は心地良く感じられるようになっていた。


 そしてそんな話題の中で、今最も“旬”なのは――


「わぁ~! レナちゃんが持ってきてくれたケーキ、すっごぉくおいしい~~~!」


 フォークを持ったまま目を輝かせるドロシー。アイネやペール、クラリスもそのケーキを口に入れると一瞬驚いた顔をして、それから幸せそうにほっこりと蕩けだす。


「本当……! この『ルチア・ドルチェ』、ベルッチ先輩の手作りなのですよね? 見た目も愛らしいですし、まさか憧れの先輩のケーキが食べられるなんて、レナさんに感謝ですね」

「ん~~~~ホンットにオイシ~~~!! クリームはとろとろしててなめらかで、なのにぜんぜんしつこくなーい!」

「甘酸っぱいフルーツとの相性が抜群ですわね。なんという甘美で絶妙なハーモニー……絶品ですわ。レナさん。是非、ベルッチ先輩に感謝を伝えてほしいですわ」


「ん」、とだけ答えながらケーキを食べるレナ。

 レナが持参したフィオナの『ルチア・ドルチェ』は大変好評で、そんなドロシーたちの感想にレナはちょっぴり照れながらも誇らしい気持ちになった。最近は、大きくなったらフィオナたちと一緒にケーキを作るのもいいかもしれないと思っているくらいだ。


「――コホン。ところでレナさん。クレス様のお加減はいかほど……?」


 初級魔術師クラスでもクラス長を目指すアイネが、少々気構えるように金髪に触れながら背筋を伸ばして尋ねた。その話題にペールやクラリス、ドロシーも食いつく。そう、今彼女たちが気になっているのは、やはり記憶を失ったクレスのことだった。


 レナはアイミーの実の蜜漬けにフォークを突き刺し、口に運ぶ。


「んー……まぁ、とくに変わらないかな。べつに、記憶がなくってもクレスはクレスみたいだし」

「そ、そうですか。それを聞いて少し安心しました」


 手を当てた胸をなで下ろすように息を吐くアイネ。レナがそちらに目を向ける。


「だってレナさん、ずっと元気がありませんでしたから」

「えっ」


 レナはまた驚いた。そんな自覚はまったくなかったからである。

 元気っ娘のペールがテーブルに乗り出すように言う。


「そうそう! レナちーが最近しょんぼりしてたから、アイぽんなんて毎日なんて声をかけようとか心配そうにしてたんだよ~!」

「ペールさん!? だ、だからそういうことは言わなくてよろしいのです!」

「けれど、レナさんのお気持ちを想像すれば当然ですわ。もしも私が皆さんに忘れられてしまったら、それは、やはりとても悲しいことですもの」


 憂いの宿る瞳で語るクラリスに、ドロシーが泣きそうな目になってしまった。


「うう~! わたしはみんなのことゼッタイ忘れないよ~! だからだから、レナちゃんも元気になってね!」

「うわっ。きゅ、急にくっついてこないでよドロシー! あぶないってば!」

「わぁんごめんなさい!」


 席を離れてまで抱きついてきたドロシーのせいで持っていたケーキを落としそうになり、レナはため息と共にいつものことだからと自分を落ち着かせた。そしてまたケーキにフォークを入れる。


 そこでアイネが切り出した。


「それにしても、やはりベルッチ先輩はすごい方ですね。レナさんが羨ましいくらいです」

「……そう?」


 素っ気なくもまんざらでもない様子のレナに、アイネは小さく笑みを浮かべてから頬に手を添えて話を続ける。


「ええ。本当にすごい方だと思います。魔術の腕やケーキのこともそうですが、やはり最も尊敬出来るのはあの姿勢、立ち振る舞いでしょう。もしも大切な人に忘れられてしまったら……考えるだけで身のすくむ思いです。私では立ち直れるかもわかりません。それが婚約者であればなおさらでしょう。けれどベルッチ先輩は常に前を向き、クレス様と新たな道を歩もうとしている。これは相当な精神力がなければ出来ないことです」


 レナの手が一瞬ぴたりと止まり、それから、またケーキを食べ進めていく。


「人として、女性として、もちろん魔術師としても、やはりベルッチ先輩は尊敬に値する素晴らしい方です。皆さんも同じでしょう?」

「うんうん! 胸も大きいし優しいしさぁ~! さっき街で会ったときも、センパイ明るかったもんね! 海のときとおんなじようにクレス様とすっごく仲よさそうだったし! ああいうラブラブなのあこがれちゃうなぁ~!」

「まぁ。ペールさんもそういったことにご興味が出てきた様子。それには私も同意です。いつか想い人が出来たとき、私もベルッチ先輩のように在りたいと思うばかりですわ。アイネさんも、まずはご一緒にお料理から始めてみませんこと?」

「そ、そうね。魔術にばかりかまけていてもいけないわ。料理に裁縫、手仕事を覚えなくては。まさか、レナさんが身につけていたニット帽やマフラーまでもがベルッチ先輩の手作りだったなんて、本当に驚いたもの」

「うんうん! レナちゃんの帽子とマフラー、すごくあったかそうでかわいかった~♪ フィオナ様は、レナちゃんのじまんのママだよね~♪ ねぇ、レナちゃ――」

 

 レナにくっついたままのドロシーが、そこで言葉を止めた。


「……レナ、ちゃん?」


 ドロシーがそっと覗き込むようにレナの顔を見る。



 レナは泣いていた。



「レナちゃ……ふぇっ、ど、どうしたの? だいじょうぶ?」


 心配そうなドロシーの声に、アイネ、ペール、クラリスたちの視線が集まる。そして彼女たちもレナの様子に気付き、一斉に慌て出した。


「レナさんっ? ど、どうしたんですっ?」

「ええっ? レナちー!? な、なんで泣いてるの!?」

「どうしたのですかレナさん? ひょっとして食べすぎでお腹が? でしたら早くドロシーさんからお薬を……」


 レナはさらにケーキを食べ進め、口をもぐもぐさせながら、静かにぽろぽろと涙を流していた。

 飲み込み、そしてまたケーキにフォークを入れる。



「だって泣かないんだもん」



 ようやく出たレナの一言に、ドロシーたちが呆然とする。


「好きな人にわすれられたら、泣くのはあたりまえでしょ。なのに、あのときから、一回も、泣いてないんだもん」


 またケーキを口に入れ、もぐもぐとかみしめながら、レナはぽろぽろ泣き続ける。

 レナが誰のことを言っているのか、ドロシーたちにはすぐにわかった。


「だから、レナが、かわりに、泣いてあげてるの。それだけ」


 懸命に嗚咽をこらえながら、口元をクリームで汚しながら、レナは気丈に前を見ていた。その手は、止まらずに『ルチア・ドルチェ』を食べ進めていく。


 アイネたちが困惑していく中で、唯一、ドロシーだけが明るく笑った。


「それじゃあ、わたしもいっしょに食べるね!」

「……え?」

「フィオナ様のケーキ、とってもおいしくって、あまくって、やさしい味がするから、元気になれるよね! あの帽子とマフラーみたいに、おもいがいっぱいつまってるからだよね!」

「…………おもい……」

「うんっ! きっとだいじょうぶだよレナちゃん! だって、クレス様とフィオナ様だもん。ぜったいぜったい、ふたりならだいじょうぶなの! だれよりも幸せになれるふたりなんだよっ。今夜はキセキの夜だから。ミレーニア様のごかごがあるんだよ!」


 呆然と手を止めたレナに、ドロシーはいつものように微笑みを向ける。

 するとアイネたちは顔を見合わせてうなずきあい、そして同じように笑った。


「ドロシーさんの言う通りですね。さぁレナさん、まずは涙を拭きませんと。せっかくの美味が変わってしまいます」

「そーそー! ひとりじめなんてズルいぞレナちー? てゆーかさー、なんかレナちー、男の人にフラれていじけてるみたいじゃない? あはは!」

「うふふ、そうですわね。それにレナさん、甘い物の食べ過ぎは乙女の厳戒ですわよ? 体重の管理が出来ない魔術師は三流と言いますもの」

「う……な、なにそれ……。じゃあ、三人もはやく食べてよ……」


 戸惑いつつも手を止めたレナの反応に、ドロシーたちの笑い声が響く。

 だからだろうか。

 レナも、つられてつい笑ってしまう。


「ほんと、ドロシーっていつもそうだよね」


 そんなレナの笑みを見て、ドロシーがまた「えへへ」と笑う。アイネがハンカチでレナの涙を拭い、ペールが一緒にケーキをばくばくと食べ出して、クラリスが均等にケーキを分けていく。


「あっ! レナちゃんみてみて~! ほら、始まったよ~!」


 ドロシーの声で全員が窓際に近づき、窓を開放する。冷たい風と共に大きな音が響く。


 シャーレの丘から、美しい光の花火が夜空いっぱいに広がっていた。


「…………きれい」


 レナは願う。


 ――もしも、本当に奇跡が起こる夜なら。


 ――たくさんの幸せをくれた二人が、もっとたくさん幸せになってほしい。


 ただ、それだけを祈った。

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