♯371 ご懐妊、誠におめでとうございます

 フィオナが話を切り出す。


「シノさん。あの、突然来てしまってすみませんでした。やっぱりご迷惑でしたでしょうか……?」

「い、いえ。そのようなことはありませんよ。せっかくお越しくださったのですから歓迎します。このような場所で申し訳ありませんが、楽にしてください。クレスも、そう緊張せずとも良いです」

「恐縮です……!」


 稽古場の片隅。庭園が望める場所で座布団に座り、ピンと背中を伸ばして、目の前のお茶にも手をつける様子のないクレス。聖都でのシノとの再会も忘れてしまっている今の彼にとって、やはり眼前の師の存在は大きいようだ。そんなクレスの反応に、シノはわずかに怪訝な目を向ける。

 一方、慣れない座り方にちょっぴり疲れてしまったフィオナは気遣いに感謝しながら足を崩して息をつく。ちなみにショコラは「お話はツマンナイ!」からと黒猫モードで町の観光に行ってしまった。


「はぁ……ショコラちゃんが来たことのない国だったので、亜空間を彷徨ってしまってちょっぴり大変でした。でも、マノに着いてからはすぐにここまで辿り着けました。こちらのお屋敷は有名なんですね」

「そ、それほどでもありませんが……大変ご苦労様でした。粗茶ですが、こちらもどうぞ」

「ありがとうございますっ」


 好意のままに湯飲みへ口を付けるフィオナ。落ち着く温かみが身体を和ませてくれた。


「ふわぁ……とっても良い香りで、美味しいです。あの、シノさんはやっぱりご実家に戻られていたんですね。シノさんに会えるかなぁって、少し心配だったんです。とっても素敵なお家ですね」

「あ、ありがとうございます。家を継いだわけではないのですが……あれだけ頑固だった父が、今はすっかり変わっていて。わたしの帰りをとても喜んだものですから、しばらくはここにいようかと。それに……人にモノを教えるというのも自分の成長に繋がるのだと、そう、思いますから」

「ふふ、そうなんですね。とっても素敵だと思います」


 シノがクレスを一瞥し、フィオナは嬉しそうに微笑んだ。

 それから少々照れた様子のシノが咳払いをしてから尋ねる。


「落ち着いたところでもう一度訊きますが、それで、二人はどうしてここへ……」

「あっ、はい。そのことなんですが」


 フィオナは湯飲みを置き、真剣な面持ちでシノと向き合う。


「実は、シノさんに報告と相談がありまして……!」

「報告と、相談? 遠路はるばるどのような……はっ」


 その時点で何かを察したのか、シノはフィオナとクレスの顔をそれぞれに見やり、それからそわそわとし始めた。なぜだかその頬がほんのりと赤い。


「――こほんっ。そ、そうですか。そういうことですか。それは大変おめでたいですね。嬉しいことですね、ええっ」

「え? シ、シノさん?」

「わざわざ直接ご報告に来ていただけるとは光栄です。何も用意がなく申し訳ありませんが、後で何か包みましょう。それにしても、そうですか……フィオナさんが母に……。そしてクレスが父になるとは……少し感慨深いものがありますね」

「あ、あの? えっと?」

「フィオナさんはまだお若い身の上。クレス。お前がしっかりと彼女を支えなさい。妻子を守れてこそ真なる男というものでしょう」

「し、師匠?」

「この度はご懐妊、誠におめでとうございます」


 しっかりと手と膝を揃えながら、深々と頭を下げるシノ。

 クレスとフィオナが揃ってポカンと口を開けて固まり、ゆっくり顔を上げたシノもまた「え?」と呆然。そして二人の反応から自らの早とちりを悟ったようで、徐々に濃く赤面していく。


「え、えええっと……あの! シ、シノさん! こ、今回はそういうお話ではなくって……!」

「…………。す、す、す、すすすみません私の勘違いだったようで。フィオナさんに恥を掻かせてしまい申し訳ないです……!」

「わわっ! い、いえいいんです大丈夫ですよ! 顔を上げてください!」

「し、しかし!」


 フィオナもシノもお互いにわたわたと慌て出す。クレスが一人だけさらにポカーンと呆けていた。


「あのあのっ、確かにお話したかったのはそういうことではなかったんですけれど、そのう……そ、それも間違いではないと言いますか……」

「え?」

「えっ?」


 シノだけでなく、クレスも続けて強めの反応をした。

 フィオナは自身の人差し指同士をつんつんさせながら、少しうつむき加減に話す。


「そ、そういえば今のクレスさんにはまだお話していなかったですよね? あの、ま、まだ全然わかる時期ではなくって、か、確証もないのですけれど……その、ク、クレスさんとの赤ちゃんができたことは……たぶん、ほ、本当……みたい、で……」

「「…………!!」」


 紅潮しながらそう話したフィオナに、シノとクレスは少々違う意味で驚愕していた。

 シノがきゅっとフィオナの手を取る。


「やはりそうでしたか! おめでとうございますフィオナさん!」

「わっ。あ、ありがとうございますシノさん。その、もっとちゃんとわかってからお話しようと思っていたんですけれど……えへへ」

「そうですか、そうですか。子を産むことは大変なことと聞きますが、私たち女にしか出来ないとても大切なこと。どうかご自愛し、元気な子を産んでください」

「は、はいっ。がんばりますね!」


 ニコニコと穏やかな表情で手を取り合う二人。その傍らで、クレスがまた「えっ!」と仰天していた。

 その反応にシノが少々冷たげな視線を送る。


「クレス。さっきから何ですか、お前の反応は」

「え、あ、し、師匠っ。ですがそのっ、フィオナさんが妊娠……して? お、お、俺の子供をっ? えっ? な、な……っ!?」

「いまさら何をそんなに驚くことがあるのですか。尋常ではない狼狽ぶりと汗の量ですよ。クレス。今日のお前はどこかおかしい」

「あっ、シノさん。そのことなんです。じ、実は今回はクレスさんのことでお話がありましてっ」

「クレスの……ことで?」


 要領を得ず、訝しげな表情で首を傾げるシノ。

 こうしてフィオナは、ようやくキチンと事の成り行きを説明することが出来たのだった。

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