♯358 クレスの決意

 そこへリィリィが声を挟んだ。


「あっ、ご安心ください。異空間を通してそれぞれの方を元の国に戻しただけですよ。あの空間を通ると普通の人は意識を保てなくなるので、おそらくニーナ様の結界内で起きたこともほとんどお忘れになるでしょう。その方が、あの方たちのためかもです!」

「……え?」


 思わず剣を握っていたクレスだが、ニコニコ顔のリィリィの説明で剣を向ける先を失う。慌てていたフィオナたちも安堵のため息を吐いた。


「おいぽんこつ。余計なことを言うな」

「だってだって、これ以上メル様が悪者にされちゃうのはガマンできません! これも良い機会ですし、もう勘違いされてしまうような発言は慎みましょうよっ。そもそもメル様は自分から人に危害を加えたことなんて一度もないですし、かつては聖都の学校に通っていたこともあるくらいじゃないですか! なのにどうしていつもそういうことを言ってしまうんですか?」

『えっ?』


 全員が我が目と耳を疑う。舌打ちをしたメルティルの眉間にさらに深く皺が入る。

 リィリィは主人のそんな素振りにも気付かず、手を組んで目を潤ませながら話を続けた。


「皆さん、どうか誤解されないでくださいね。先代の魔王様とは違い、メル様は本当はお優しい方なんです。いつも私やエリシアさんのことを気遣ってくださいますし……、あの海で『天使の雫』を用意されていたのも、いつかクレス様とフィオナ様にお渡しするためだったんです」

『えっ?』

「魔王という肩書きや人の世の噂によって悪評ばかりが広まってしまいましたが、メル様は決してそんな方ではありません! 甘い物が大好きで、衣服のこだわりも強くって、お暇があれば犬や猫と戯れられて、本当はとっても可愛らしい一人のぐぇっ」


 ドンッ、と激しい音を立てて地面を踏みしめたメルティルは細い片手でリィリィの首を絞めながらドスの利いた声でつぶやく。


「ずいぶん主人のことに詳しい勤勉なメイドらしいが、お喋りな口がなくなれば完璧だな」

「じゅみまじぇん~~~!」


 主人の手をペチペチとタップしながら涙声で謝るリィリィ。メルティルがパッと手を離すと、リィリィはひーふーと呼吸を整えた。それを見てまたエリシアが笑い、メルティルが今度はそちらに視線を向けた。


「イライラするから笑うな。ろくに仕事も出来ない役立たずのストーカーめ」

「ごめんごめん。でも、ボクが本気出して全部壊してたら意味ないでしょ? ほどほどのお手伝いっていうのも難しいんだよー。それにストーカーは聞こえ悪いし、せめてハンターとかにしてよ。あなたのハートを狙っちゃう、恋のハンターだぞ♪」

「吐き気がする。妾に気に入られたかったら少しは点数を稼いでみせろ」

「はいはーい。そう言うと思って、一つ案を考えておきました! と、ゆーわけでフィオナちゃん!」

「ふぇっ!?」


 いきなり話を振られたフィオナがびくっと背筋を伸ばして驚愕する。

 そんなフィオナの背後にささっと移動したエリシアが、フィオナの両肩に手を置いて話す。


「この場を穏便に収めるにはフィオナちゃんの協力が必要です。どうかお力をお貸しください!」

「え、ええ~!? ど、どういうことですかエリシアさん!?」

「あははっ。つまりね、フィオナちゃんにはメルのために光祭用のケーキを作ってほしいのです!」

『!?』


 いきなりのことにフィオナはもちろん、メルティルでさえその目を見開いた。


「フィオナちゃんが料理上手ってことはメルやリィリィから聞いてよく知ってるし、全部が終わったらお願い出来ないかなーって思ってたの。それをメルとリィリィへのお土産に出来たらなって。どうかなフィオナちゃん?」

「わ、わたしが、メルティルさんのケーキを、ですか?」

「うん。フィオナちゃんのケーキならメルも満足してくれると思うんだ。お願い! エリシアさんを助けると思って引き受けてもらえませんか!」


 ぱん、と両手を合わせて懇願するエリシア。

 魔王メルティルは、何も言わずにじっとフィオナの方を見つめている。


 皆の視線を集めるフィオナは、しばし呆然としてたものの……。


「……わ、わかりました。わたしのケーキで、満足していただけるなら……」

「ほんとぉ!? やったやった~ありがとうフィオナちゃん! お礼のチューしちゃう!」

「え?」


 そう言ってフィオナに抱きつき本当に頬へとキスをしたエリシア。フィオナが真っ赤になって目をパチパチさせ、呆然とする一同に「すみません……エリシアさんは好きな方にすぐキスしてしまうんです……」とリィリィがつぶやき、全員が納得した。


 メルティルが「ふん」ときびすを返す。


「くだらないやりとりはもういいな。――アルトメリアの娘」

「は、はいっ!」

「光祭の朝には物を用意しておけ」

「あっ、ケーキのこと、ですよね? わ、わかりました! えっと、ですがその、わたしが作れる物となると限られてしまいますが……」

「ならそれを最高のクオリティにしろ。満足しなかったら金は払わん」

「はい! 最高の光祭を過ごせるような美味しいケーキを、クレスさんと一緒に心を込めてお作りしますね!」

「……ふん。あのバカ勇者と違って、貴様の魔性ぶりは増すばかりだな」


 キラキラ笑顔のフィオナに対して、それ以上は何も言わないメルティル。ぶっきらぼうな彼女とのやりとりで、しかしフィオナは喜んだ。

 ヴァーンやエステルは魔王と呼ばれていたはずの存在にいまだ困惑しており、レナが「あいかわらずエラそう」とつぶやくとメルティルがわずかにだけイラッとした顔を向ける。


 クレスが、剣を握り直す。


「……魔王メルティル」


 その声にメルティルが振り返った。

 そして、魔王はわずかに驚いたように目を見開く。


 クレスの身体から、ゆらゆらと白いオーラが立ち上っていた。



「俺と――戦ってもらえないだろうか」


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