♯347 夜の街ニブルヘイム
ニーナを捜すため、夜の街『ニブルヘイム』へと足を踏み入れたクレスたち。
死者の国というイメージから、一体どんな恐ろしい街かと身構えていた一同であったが――
「わぁ……!」
「ぴかぴかしてる」
一歩前に出たフィオナとレナの二人が、真っ先にそんな声を上げた。
「これが……ニブルヘイムか……」
「オイオイ。これのどこが死者の国なンだよ」
「……とてもイメージとは違ったわね」
クレスやヴァーン、エステルも、己の想定と違ったためか、戸惑いながら周囲を見やり進む。
まず、とにかく煌びやかな街だった。
“光の国”と同じように、メインストリートとなるその場所には至る所にピカピカと光る電飾があり、アヤシイ形のパン屋や毒々しい花々のフラワーショップなど、様々な商店が派手な看板を装っている。あちこちからどんちゃん騒ぎする声や音楽なども聞こえてくるし、そこでは多くの人々が賑やかな生活を営んでいた。夜の世界を照らす月のように明るい雰囲気の街だ。
「ボクも実際に来るのは初めてなんだけど、ずいぶんと賑やかなところだねぇ。人間もいるらしいけど、魔族が多いってメルが言ってたなぁ」
顎の辺りに指を添えながら、思い出すように語るエリシア。
エリシアいわく、ここはかつてクレスたちの世界で命を落とした一部の者の“魂の保存”のために作られた街であるということだが、その必要性を失って既に滅びているとのこと。今、目の前に見えるこの街はニーナが記憶の中のそれを結界内で再現したもの。つまり、先ほどまでクレスたちが見ていた“理想”の世界と同じようなものなのだとか。
『……ひっ!』
そんな話を聞いていた中、突然フィオナとレナが怯えるようにびくっと固まって同じ声を上げた。
何事かとそちらを見るクレスたち。
「――アヒャヒャヒャ!」
骸骨姿の魔物――スケルトンが剣ではなくギターらしきものを抱え、かき鳴らしながら、酒でも飲んだようにご機嫌な様子で一同の横を通り過ぎていく。
クレスたちは思わず振り返り、その背中を見送った。
エリシアが笑う。
「信じてもらえた?」
クレスたちは、それぞれ思い思いの顔でうなずき合った。
それからエリシアに案内されるまま向かったのは、大通りに存在する噴水広場前にある一軒の店。
ピンク色の電飾で彩られた看板には、『BAR THE FULL MOON』の文字。
「エリシアさん。ここは……」
「やだなぁ“さん”付けはいいよもう。元勇者同士仲良くしよ? ボクたち同い年くらいだろうし」
「えっ」
「んー、どうしても何か付けたいなら“ちゃん”がいいな? もしくはあだ名。エリーちゃんとか♪」
尋ねたら予想外の返答がどかっと届いて驚くクレス。マイペースなエリーちゃんは首を傾けつつおかしそうに笑った。
「なーんちゃって。さ、情報収集でもしよっか? ときましたらここはやっぱりお酒の場でしょう! さぁさぁレッツゴー♪」
やはりマイペースに手を挙げて進むエリシアの後を追う形で、クレスたちもそのバーへと入店した。
そこで一同を出迎えたのは、頭にふさふさの耳が付いた魔族らしき少女だった。その大人しそうな少女の立派な胸元にヴァーンが軽く目を輝かせたが、エステルの一睨みで手を引く。
「ああごめんね。酒の客じゃなくて、情報を貰いにきたんだけど」
そう言うエリシアに、丁寧な対応で掲示板の元へと案内してくれた店員の少女に感謝をして、一行は早速情報を探す。クレスたちが見かけない顔だからなのか、店の中では少々目立つ一団となってしまっていたが、バーのマスターらしき美しい女性が笑顔で客のスケルトンを酒瓶で殴るという過激行為が起き、皆の意識はそっちに向いた。
一方、掲示板にはこの街で起きたニュースやイベントの紹介、尋ね人のお知らせなどが貼り出されている。
「ほっほー、オイオイ見ろよ。こんな街でも合コンやってんぞ。あんなロリ巨乳ウェイトレスもいるしよ、なかなか楽しそうなところじゃねぇか」
「なら貴方も死んでどうぞ」
「へへ、死んだら世話になるかねぇ。お前も処女のまま死んでも安心だな!」
「今ここで彼らの仲間にしてやる……」
近くの客らが引くレベルの殺気を放つエステルだが、対照的にケラケラ明るく笑うヴァーンのおかげで場が和む。
そこでエリシアが一枚の紙を手に取った。
「ん? エリシアさ――いや、エリシア。それは?」
尋ねるクレスに、エリシアが紙を差し向けてくれる。
そこにはこんな内容が記されていた。
『何でも屋 人捜しや失せ物、どんなお悩み事の相談も受け付けています! 担当:アリス』
後半には簡単な店の地図も記載されている。どうやら宣伝チラシのようであった。
「ちょうどいいや。ここで話を聞いてみよっか?」
「なるほど。渡りに船だ」
「けれど……ち、地図がふにゃふにゃでよくわかりません……! どうやって行けば……」
殴り書きのようなふにゃふにゃの地図が読み取れず顔を傾げてみるフィオナ。
そのときに「あっ」と気付く。いつの間にか、目の前にある人物がいた。
フィオナよりも小柄な、エプロンドレス姿のその少女がにこっと笑いかける。
「突然声をかけちゃってごめんなさい。アリスと申します。お話が聞こえまして、なにかお役に立てないかなと」
「え?」
驚くフィオナは、その名前を聞いてからもう一度手元の紙を見つめ、そしてまた目の前の少女に目を向ける。彼女は小さくうなずいた。
「ぐうぜん、ですね。何でも屋さんのお手伝いをしている者なんです。わたしでもお話くらいは聞けると思いますので、何かお困りでしたらぜひ!」
少女は、またにっこりと笑いかけてくれた。
それからクレスたちがニーナという人物を捜していると説明すると、アリスという少女はすぐに思い当たることを話してくれた。
「ニーナさん……ですか。ごめんなさい。わたしは新入りなのでまだお名前が……あっ、でもラビ族の方に少し詳しい人がいます。えーっと、たしか今日は研究所の方に……すぐにご案内出来るのでついてきてもらえますか? わかりやすいんです」
そのままアリスに連れられて店を出ようとする一同。
そこでアリスがごく自然に
少しして、アリスがまた扉をすり抜けて戻ってくる。上半身だけが、扉からこちらに出ていた。
「あれ? どうかしましたか?」
戸惑うアリスと、戸惑うクレスたち。
「いや……今、君の身体がすり抜けて……」
「え? ――あ、すみません無意識にっ。わたし、
平然とそう言ってのけたアリスにクレスたちは呆然とし、
「マジで死者の国じゃん」
とつぶやいたヴァーンに、全員が同じ思いでいたのだった。
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