♯346 勇者失格


「隠すつもりもないからいいけど、想像通りだと思うよ。それでも聞いちゃう?」


 クレスがうなずき、そして、エリシアは少しだけ間を置いて自身の胸元に手を当てた。


「じゃああらためて自己紹介。ボクは『エリシア・ヴィヴィルベル』。そう。君より少し前に勇者をやっていた者です」


 驚きに目を見開くフィオナとは対照的に、エステルが想像通りだったかのように静かに目を閉じる。


「ボク自身は自分を勇者だなんて思ったことは一度もないけれどね。それに、ボクは“勇者失格”だからさ」

「え? し、失格、ですか?」


 すぐに聞き返したフィオナに、エリシアはうなずいて返答する。


「そ。だってボクは人類を裏切って魔王側についたんだもん。あはは。そんな子がみんなの英雄じゃダメでしょー」


『!?』


 あまりにも衝撃的な軽口に、クレスたち全員が仰天する。

 クレスがまばたきも忘れてつぶやく。


「人類を…………裏切った? ど、どういう意味なんです?」


 対するエリシアは、無邪気な笑顔で返す。


「そのままの意味だよ。ボクは勇者としてこの立派な聖剣を与えられて旅に出たけどさ、魔王に――メルに出逢って、戦うのやめたの。そしてあの子と幸せに暮らすことにしましたとさ。でもさすがにこんな裏切り行為をみんなに知らせるわけにもいかないから、ボクは負けて死んじゃいましたってことにしたのです」

「なっ……」

「で、当然だけどあの子の配下の魔族たちとちょっとしたゴタゴタがあってね。最後にはわかってもらえたんだけど。だからあの子に近かった大魔族の子たちとは大体知り合いだよ。ラビちゃん――ニーナもね。まーそんなわけです。ボクの勝手で後輩の君たちに迷惑をかけたなーって、申し訳なく思っております。ごめんなさいでした」


 ペコリと深々頭を下げるエリシア。長いおさげがぷらんと揺れた。

 クレスたちは、それぞれに顔を見合わせて唖然とする。レナですらポカーンと口を開けたままだった。


 頭を下げたままのエリシアに、クレスが声を掛ける。


「……なぜ、ですか」


「え?」、とエリシアが少し顔を上げる。


「なぜ、魔王メルティルと戦うことを止めたのですか」


 真っ直ぐに、真剣な問いだった。


 そんなクレスの表情を見て、エリシアはニコリと微笑み。



メルあの子を好きになっちゃったから」



 そう、真っ直ぐに答えた。


 フィオナも、ヴァーンも、エステルも、レナも呆然とする中で。


 クレスだけが――ふっと笑みをこぼした。


「わかりました。それでは、あのニーナという魔族を捜しにいきましょう」

「って、オイオイちょっと待てやクレスぅっ! わかりましたってよ! それであっさり終わりかい! 勇者の裏切りとか一大事だぞコラ!」


 思わずツッコミを入れてクレスの肩を掴むヴァーン。クレスは平然と返す。


「ああ。しかし彼女は嘘をついていない。今はそれでいいだろう。それよりここを脱出する術を見つけなければ。エリシアさんも協力してくれるだろうか」

「うん、もちろん。今回はボクのドジが原因でもあるし、早く帰ってメルとラブラブな光祭過ごしたいしさ♪ クレス君も、可愛い奥さんとイチャイチャしたいもんね?」

「はい。そのためにも協力し合いましょう!」

「おうさ~♪」


 上げた腕を軽く付き合う二人の勇者。これについおかしくなったフィオナが吹き出すように笑ってしまい、つられてエステルやレナも笑みをこぼした。ヴァーンだけは肩を落とし、呆れたように大きく息を吐く。


「ハァ~やーれやれ。勇者ってのは変人しかなれねぇもんなのかねぇ! ――って、そうだそうだ。そういやさっきから気になってたんだがよ。もう一人の自称“勇者”アインくんはどこよ? エイルちゃんもいねーよな?」


 そんなヴァーンの言葉に、クレスたちはうなずき合う。まだ誰もアインとエイルの姿を見ていなかったのだ。


「レナのガキンチョ。お前、あいつらは助けに行ってねーのか?」


 尋ねるヴァーンに、レナはふるふると首を横に振る。


「だれかしらないけど、眠るまえフィオナママたちといっしょにいた男の人と女の人でしょ? あの人たちなら、消えちゃったよ」


『え?』


 突然の発言に、クレスたちは耳を疑う。


「フィオナママたちがバタバタたおれちゃったとき、男の人と女の人がひとりずつ消えちゃったの。レナが透明になるときみたいに、スーッて。たぶん、魔術とかじゃないとおもうけど……。それよりフィオナママたちを助けにいくのであわててたから、レナもよくわかんないよ」


 そんなレナの言葉に、クレスたちは終始戸惑うしかなかった。しかし、アインとエイルがここにいないことは事実である。ならばどこにいるのか。


 エステルが少し考え込みながらつぶやく。


「……あの二人のことは、今考えていても仕方なさそうね。とにかくまずはあのラビ族の少女を捜しに行きましょう」

「あ、ああ。そうだな。途中でアインとエイルを見つけられるかもしれない」

「あ、そうですよね! 前向きに行きましょう! レナちゃんは、ママが絶対守るから心配しないでね!」

「ハイハイありがと。それより、さがしにいくってどこいくの?」

「オイオイ、そりゃああそこしかねぇだろ」


 ヴァーンがレナの両腋の下にがっと手を入れ、軽々と持ち上げるとレナは「うわっ」と驚きの声を上げる。


 そしてヴァーンに肩車されたレナの目にも見えたのは、遠くでチカチカと眩しく輝く光たち。


「え? あれって、まち?」


 レナのつぶやきに、皆がうなずく。先ほどからずっと気になっていたものだ。


「ひょっとして、最初にわたしたちが転送された『光の国』というところでしょうか?」


 フィオナが自身の発言の真偽を問うようにエリシアの方を見やる。

 するとエリシアは答える。


「君たちが最初にいた街はね、遠くに見えるあの“本物”の街の出来損ない。作り物なんだよ」

「え? そ、それじゃああちらに見える街は……?」


 フィオナの疑問は全員の疑問でもあった。


 エリシアは少しもったいぶるようにしてから答える。


「死者の国。夜街『ニブルヘイム』。かつてのラビ族が魔王の命で生み出した、失われた月の都。ラビちゃんの故郷だよ」

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