♯329 大勝負

 フィオナが告げる。


「ヒットします。もう1枚お願いします」

「……!」


 その宣言に、エステルが大きく目を開く。そしてわずかに動こうとした彼女へディーラーが視線を向け、エステルは動きを止める。


 配られたカードに、フィオナが手をつける。

 そしてめくる。

 カードは再び『2』だった。


「それではこれでスタンドにします」


 そう告げたフィオナに対して、ディーラーが伏せられたもう1枚のカードをめくる。それもまたキングの『10』であった。

 フィオナのカード合計『21』。ディーラーは『20』。フィオナの勝利である。


「おめでとうございます。親愛なるお客様」


 一気に1000枚ものゴールドコインが卓上に用意される。エステルがまばたきも忘れて驚いていた。

 ともかくこれで手持ちのコインは相当枚数増えた。あとは少しずつ増やしていけばより確実な勝負が行えたが――。


 手を合わせて喜ぶフィオナが言う。


「よかったぁ。それじゃあディーラーさん、もう一戦お願いできますか?」

「承知致しました、親愛なるお客様。それではベットはどうなさいますか」

「はい。今度は、今頂いたこちらのゴールドコインも含めてわたしの手持ちをすべて賭けます」


 ディーラーが素早く準備を始める。まさかのフィオナの発言に、いくらクールなエステルといえども戸惑い、動かざるを得なくなった。


「え――フィオナちゃん、待って! いきなり全部なんて――」

「えへへ。エステルさんの真似をしちゃいました。あのときのエステルさん、自信満々って雰囲気で、すごく格好良かったです」

「えっ? け、けれどあれは調子に乗ってしまっていただけで、真似だなんて――」

「親愛なるお客様。申し訳ありませんが、観戦者の助言は禁じられております。ゲームは始まっていますのでお下がりください」

「――っ」


 幼く見えるディーラーの、しかし鋭い圧に身を引くエステル。既にカードは配られ、これ以上口を挟むことは許されない。フィオナがにっこりとエステルを安心させるように微笑み、エステルは静かに見守ることにした。


 2戦目。フィオナに配られたカードは『9』と『2』。そしてディーラーのアップカードはクイーンの『10』。

 フィオナは悩むこともなく言った。


「ダブルダウンします!」


 これに再び驚いたのはエステル。

 ダブルダウンは、あと1枚のカードしか引かないことを宣言する代わりに掛け金を倍にするプレイ方法。ただし負ければ倍の掛け金を失う。だがフィオナに倍の掛け金を払うコインなど残されていない。


「親愛なるお客様。お客様は手持ちのすべてをベットしておりますので、ダブルダウンに必要な追加の掛け金がございません」

「え? あ、そ、そうなんですか? そっか、一気に全部賭けちゃったから……わわっ、ダ、ダブルダウンは出来ないんですよねごめんなさいっ」


 照れ笑いを浮かべてちょっぴり赤くなるフィオナ。

 その様子を見ていたエステルは――ふっと小さく笑い、動いた。


「失礼するわ。私のコインを使ってちょうだい。1000枚くらいはあるでしょう」


 そう言って、卓上にどんっとコイン袋を差し出すエステル。


「えっ? エ、エステルさんっ?」

「どうせ四人で勝たなければ意味はないのだからいいわ。ディーラーさん、問題はあるかしら」

「ございません。承知致しました」

「だそうよ。私の命、預けるわ」


 エステルは軽く手を振って再び後ろに下がっていく。

 呆然としていたフィオナは、肩の力を抜くようにふっと柔らかい表情になってカードと向き合う。


「親愛なるお客様。どうぞ」


 ダブルダウンの追加カードが配られる。そのタイミングでクレスとヴァーンがやってきて、エステルが卓上を手のひらで示した。


 全員の注目の元、フィオナが追加のカードに触れる。


 すべてはこの1枚にかかっている。

 負ければ命を失う。そんな大勝負でフィオナがめくったカードは――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る