♯327 増悪すべきお客様

 ヴァーンがバニーガールの前に出た。


「オイオイマジかよ。あのなぁねーちゃん。見ろよ、あっちに山盛りのコインあんだろ。オレたちゃもう十分楽しんだぜ?」

「私たちの役目は、すべての親愛なるお客様に最後まで楽しんでいただくこと。どうかお戻りください!」

「いやだからな」

「どうかお戻りください!」


 バニー少女の赤い瞳が、じっとヴァーンを見上げ続ける。

 その美しい瞳の奥で“何か”が揺らめき、ヴァーンが引き寄せられるように手を伸ばすと、バチッと電撃のようなものが走った。「うおっ!?」と驚いて思わず身を引くヴァーン。


「それでは、何かございましたら遠慮なくお声掛けください! 皆様の幸運を祈っております!」


 バニーガールはペコリと深々頭を下げる。そしてそこから動こうとはしなかった。


 クレスたちは、ひとまずその場から離れることにした。


「……どうやら、どうしても俺たちにゲームをさせたいらしいな」

「閉じ込められるなんて……わたしたちにカジノでゲームをさせることに、何か意味があるんでしょうか……?」

「部屋中に結界か何かが張られているようね。意図はわからないけれど……とりあえず、中で様子を伺った方が良さそうだわ」

「チッ。何が何だかわからんが、やれっつーならやったろうぜ! んでもってバニー全員お持ち帰りじゃ! グワハハハ!」

「こういうとき、このくらいのシンプル馬鹿がいた方が良い空気にはなるわね」


 常に前進し続けられるヴァーンのポジティブさや冷静に物事を判断してくれるエステルの存在に、クレスとフィオナは精神的に助けられ、こんな状況でも和むことが出来た。


 そのときである。


「あちゃー! ああもうやっちまったっ! 僕の負けかぁ!」


 ダイスゲームをしていたふくよかな体型の男が一人、そんな大声と共に立ち上がる。まだ若いがその身なりはきっちりと整っており、頭飾りなどの装飾品、立ち振る舞い等からおそらく高貴な出であることがわかる。


 クレスたちの視線の先で、その男はヘラヘラ笑いながら言った。


「それにしても楽しい勝負だったよ! ここは良いカジノだ! そして君も見事な手際のディーラーだね! 何よりも美しい! 是非うちの国に招きたいくらいだ!」

「ありがとうございます、親愛なるお客様。お客様は今回の勝負ですべてのコインを失ったため、ゲームを続けることは出来ません」

「いやぁ本当に残念だね。そうだ! 何か僕の身の回りのモノをコインに換金出来ないかな? もっとここで遊んでいきたいんだ! くだらない内政や国民のワガママに付き合うのはもうご免だからね! 僕はずっとこの街で暮らすと決めたよ! ここは最高の国だ!」


 ディーラーの手を掴み、熱心に語る男。

 愛らしいウサ耳姿のディーラーは、ニコリと微笑む。


「命をコインに換金されたお客様は、それ以上価値のあるものを持ちません。ゆえに換金することは出来ません」

「え? な、なんだって?」

「とても残念です。この街に、もうお客様の居場所はございません」

「んん? そ、それはどういう意味だい?」

「増悪すべきお客様。運に見放された畜生以下の屑はご退場ください」


 刹那。ディーラーの赤い瞳が一際眩しくギラリと光り放った瞬間――男は悲鳴を上げる間もなくジャラジャラと細かい音を立てる何かに変化してその場から姿を消した。


 そこに残ったのは――何十枚かのコイン。すべてが最も価値の低い銅のラビコインのみだった。


 クレスたち――そして同様にその場面を目撃していた客たちが我が目を疑う。

 さらにほとんど同じタイミングで、別の場所でカードゲームをプレイしていた女性、レースゲームを楽しんでいた男性もジャラジャラと音を立てて消えた。皆に動揺が走る。


 ヴァーンがつぶやく。


「……オイ。テメェら見てたか?」


 クレスたちは、声もなくうなずく。

 ヴァーンは振り返ってズンズン歩き出すと、あの扉の前のバニースタッフに詰め寄った。クレスたちは慌てて彼を追いかける。


「オイコラねぇちゃん。ありゃどういうこった? あの男らはなんで消された? どう見てもコインになったよなぁ?」

「親愛なるお客様! アレはコインを失いました。命の主導権を握られた者はその命を等価値に換金されるのです!」

「ああ? 意味がわかんねぇぞ。なんでコインを失うとコインになっちまうんだよ!」

「お配りしたコインが皆様の命だからです。命をベットした者が失うモノは命。大人であろうと子どもであろうと、男であろうと女であろうと皆平等。当然のルールでございます!」

「ほー、そうかいそうかい。平等はいいよな。女も子どもも関係ねぇよな。まったく素晴らしいぜ。なぁにが当然のルールでございますだッ!!」


 ヴァーンが槍を持たない左手でバニーの少女を掴みに掛かる。

 だが、その手はバチバチと音を立てる雷のような現象に阻まれ、届かない。それでもヴァーンは手を引っ込めなかった。次第にその手が激しく焼け始める。


「貴方、やめなさい!」


 エステルが後ろから声を掛けるが、ヴァーンは顔を近づけて少女を睨みつけたまま引かない。


「つまりなんだ? このカジノで手持ちのコインを全部失うとコインにされんだな? 死にたくなきゃ、主催者とやらが出てくるまで勝ち続けろってことだな?」

「さようでございます! そしてお客様たちにはそれが可能でありましょう。創造主様はすべてを見ておられます!」

「ああそうかい。よぉくわかったよねえちゃん。真面目な仕事ご苦労さん!」


 そこでようやく顔と手を離すヴァーン。彼の左手はひどい火傷を負っており、フィオナとエステルがすぐに彼のそばに寄る。エステルが冷気で冷やし、フィオナが簡単な治癒魔術を施す。


「この馬鹿」

「ヴァーンさん、なんて無茶をっ」

「ワリぃな。けどここのヤバさは身をもって体感したぜ。オイクレス。お前も運には自信あんだろ? なんたってこんな嫁をゲットしてんだからな」

「ああ。何であろうと負けるつもりはない」

「へへ、よく言った! ま、オレらくらいの強運持ってりゃこんなもん楽勝だろ。さっさと主催者引きずり出してあの生意気な乳揉みまくってやんわ!」


 わきわきと手を動かしてやる気を見せるヴァーンに、クレスたちは気を引き締めながらも程よく緊張感を抑えることが出来た。

 そこで目の前のバニーガールが言った。


「親愛なるお客様」


 クレスたちの目が向く。


「本物の“運”をお持ちの方は、必ず創造主様にお会い出来ます。どうかご安心ください! 私共は、心より皆様を応援しております!」


 赤い瞳の少女は、ニッコリと微笑む。

 おそらくは何の含みもない、ただ本心からのエール。


 クレスたちは、彼女に何も言葉を返すことは出来なかった。

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