♯326 親愛なるお客様

 こうして、思わぬ場所で仲間たちと再会したクレスとフィオナは、休憩スペースで話を続けていた。


「それにしても、二人までパーティーの招待を受けていたのには驚いたな。ヴァーンはともかく、エステルまで一緒に来ているとは……」

「そうですね……あのお手紙は、ちょっと警戒すると思いますし……」


 そんなクレスとフィオナの発言に、エステルが小さくため息をつく。


「乗り気ではなかったけれど、来ざるをえなかった、というところね」

「それじゃあ、やっぱりエステルさんたちも何か秘密を……?」


 心配そうなフィオナに、エステルは腕を抱きながらしばし考えて答える。


「知られて困るようなことはないけれど、そもそも知られているということが不愉快だわ。悪い子ウサギちゃんにはお仕置きをしなければいけないでしょう。それに、この脳みそスライム男が一人で乗り込めばどうなるか容易に想像がつくところだわ」

「おーおーお優しいこった。ま、オレ様クラスになるとやっぱこういう誘いがきちまうんだよなぁ。さすが巨乳の主催者は見る目があるよな!」

「脳天気で羨ましいわね。そもそも、どんな括りで集められているのかしら……」


 エステルの視線をクレスたちも追う。

 会場内には、あちらこちらに自分たち以外の招待客の姿がある。初め、クレスたちはてっきり自分たちだけのパーティーかと思っていたが、実はそうではないようだ。今のところヴァーンとエステル以外に見知った顔はないが、貴族のように身だしなみの整った者、マントで身なりを隠している者、剣や杖といった武器を持つ者たちもいる。雰囲気だけである程度の実力者とわかるような者たちもいる。


 フィオナがちょっぴりそわそわしながら話す。


「衣服にも違いがありますよね。皆さん、それぞれいろんな地域から来ているのでしょうか」

「そうねフィオナちゃん。あちらでダイスをしている女性は手持ちの剣が東の国のそれでしょうし、馬のレースを楽しんでいる男は髪や瞳の色、肌の焼け方からしてもおそらく南の出身でしょう。性別や出身に共通点などはないようだけれど……」

「ふーむ……創造主様、と言われていたか。その主催者はどういうつもりで俺たちを招待したのだろう」


 クレス、フィオナ、エステルの三人は思案に顔を悩ませていたが、残り一人の男だけはふんぞり返ってお気楽にくつろいでいた。


「んなもん考えてもわからんべ。それに敵の居城だろうがよ、こんだけ金くれんなら案外良いヤツなんじゃね? バニー共も粒ぞろいだしなぁ。もっとエロくて乳がデカいのがいりゃ最高なんだが。わはははは!」

「洗脳されていたアホ丸出しの欲望ダダ漏れ男がよく言うわね。そもそもこんな怪しいコインで人身売買を行おうなんて信じられない話だわ。このケダモノ」

「テメェもそうだったろうがよシスコン貧乳魔女! 欲望のままに襲ったろかアァン!?」


 両手を挙げながら顔面を近づけて威嚇するようなヴァーンを無視してエステルがため息をつくと、その吐息がパキパキと凍りついていく。エステルがその尖った氷の破片を躊躇泣くヴァーンの額にぶっ刺すと彼はソファを転がり落ちた。


「私はシスコンではないわ。姉としての責任感と頼りがいのある抱擁力が高いゆえの良い女というだけよ」

「イイ女は人を刺さねぇんだよおおおおおお! オイそこのねーちゃん! 止血だ止血! 傷薬ぃ!」


 痛みに悶えるヴァーンのため、慌てて薬を持ってくるバニーガールスタッフ。それも賞品ということなのか、ヴァーンのシルバーコインを代わりに持っていった。


 あっという間に落ち着いたヴァーンがひょっこり戻ってくる。


「にしてもよ、別に今んとこはただの平和なカジノパーティーだぜ? ただ遊んでるだけだ。そもそもこの街に来てから一度だって危険が及んだことなんてねぇぞ。オレにとっちゃこのシスコンの方がよっぽどアブねぇよ」

「また刺されたいのかしら。気付く間もなく洗脳されていたというだけで十分に危険な場所でしょう。ひょっとしたら、私たちを堕落させるための罠なのかもしれない。人は三日の間忠実に欲望を満たし続けると理性のタガが外れるというわ。このカジノはその締め、なのかもしれない」

「三日……俺たちが来てからちょうどそれだけの時間が経っているな」

「確かに……この街に来てから、ずっとしたいことばっかりして……や、やっぱり主催者さんの罠、なんでしょうか? だ、だとしたら危険ですよねっ。早くここを出た方がいいんじゃないでしょうか?」


 フィオナの提案に、クレスとエステルがうなずき返す。


「ここでは何が起きるかわからない。一度外に出よう」

「そうね。作戦を練りましょう。そこのコインを抱えた男、さっさと行くわよ」

「こんだけ稼いだのにマジかよ。もったいねぇなぁったく」


 しぶしぶ起き上がってついてくるヴァーン。

 こうして四人はカジノルームを出るため、あの大きな扉へと近づいていく。


 だが――そこで四人を妨げるように扉の前に立ったのは、一人のバニーガールだった。


「親愛なるお客様。大変申し訳ございませんが、パーティーが終了するまでこの部屋を出ることは出来ません!」


「なに?」「えっ?」「……」「おお?」


 バニーの言葉にそれぞれ反応する四人。

 スタッフの少女は手のひらで会場を示して言う。


「どうかお戻りください。そして、存分にパーティーをお楽しみくださいませ!」


 ハキハキと力強く、そしてよく通る声に気圧されるクレスたち。

 愛らしいバニー少女は、赤い瞳でじっと“お客様”を見つめる。

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