♯306 未来を照らす一番星
それから皆がようやく落ち着きを取り戻し、それぞれにバタバタと朝の仕事へ取りかかる。ソフィアが目覚めたことでやるべきことがたくさんあるようだ。
そして、聖女の寝室に残ったのはソフィアとフィオナ。クレス。レミウス。ソフィア専属メイドの五人。開けられた窓からは気持ちよい朝の風が流れ込む。
「はぁ……マフィン……美味しい……紅茶も……良い香り……♪ ぷはあ~、やっぱり美味しい物が食べられるっていいねぇ~」
ベッドの上でしみじみと食の喜びを体感するフィオナ。
メイドから同じ物をいただいていたフィオナがくすくすと笑う。
「ふふっ、本当に美味しい。神域だと、果実くらいしかなかったもんね」
「そうそう! あれも美味しかったけど、食事って感じじゃなかったからねぇ。って、フィオナちゃんは大丈夫なの? 一緒に戻ってきたばっかりでしょ?」
「うん、大丈夫だよ。向こうでは限界まで魔力を使ったはずだけど……こっちに戻ってきたらすっかり回復していて。むしろ、調子が良いくらいなんだ」
「んふふふっ。それはやっぱり愛するクレスくんに会えたからじゃない?」
「えっ!」
そう言われたフィオナが隣のクレスを見る。クレスはしばしキョトンとしていたが、彼が笑顔でフィオナの手を握ると、フィオナはじわじわ赤くなって縮こまる。
ソフィアはおかしそうに笑った。
「あははっ、お姉ちゃん可愛い♪」
「も、もう~ソフィアちゃんっ」
「でも、そう言われてみれば私もなんか良い感じかも。身体はちょっとなまってるけど、こう、内側から魔力がみなぎるっていうか。向こうでいっぱい休めたからかな? 初代様の
「ええっ? ――ふふ、でもきっとシャーレ様に叱られちゃうと思うよ。ミレーニア様には程遠いぞーって」
「ちゃんと遊びに行くって言っておいたから、きっと許してくれるでしょう! ねーシャーレ様!」
天に向かって手を組み合わせるソフィア。
そんな姉妹のやりとりを、レミウスがポカンと呆けた様子で聞いていた。こうも明るく“天星”の話が繰り広げられるのが不思議だったのかもしれない。
ソフィアは紅茶を飲んだ後、そんな彼に視線を送る。
そして優しく囁いた。
「安心していいよ、レミウス。お母様は、イリアママと幸せそうにしていたから」
「……!」
その発言に、レミウスが大きく目を開く。
それから、ゆっくりと皺の刻まれたまぶたを閉じる。その目尻には光るものがあった。
彼は、笑っていた。
そのときのレミウスの表情は、すべての苦しみから解放されたように穏やかで清々しいものだった。
そこでフィオナが尋ねる。
「ソフィアちゃん……? あの、わ、わたしのお母さんにも会ったの?」
「うん、最後の最後にちょっとだけ。たぶん、シャーレ様はちゃんとイリアママの魂も連れていってくれたんだよ」
「……そっか、そうなんだ」
「良かったね、フィオナ。イリアさんがあちらでも幸せならば、俺も嬉しい」
「クレスさん……はいっ!」
笑い合う二人。
なんとも温かな空気が流れたところで、ソフィアが口を開いた。
「ところでぇ……フィオナちゃん」
「なぁに? ソフィアちゃん」
フィオナがそちらを向くと、ソフィアは自身の唇に手を触れながらなんだか気恥ずかしそうにもじもじとつぶやく。
「ソフィアのはじめて……お姉ちゃんに、奪われちゃったね……」
「ふぇっ!?」
慌てるフィオナ。クレスやレミウスも呆然とする。
「ソ、ソソソフィアちゃんっ? え、えっ! ど、どどどうしてっ」
あのときソフィアは眠っていた。なのにどうしてそれがわかるのかとフィオナは困惑していた。
ソフィアはニマニマ笑みを浮かべながら言う。
「んふふっ。実はですねぇ、シャーレ様と一緒にこっちのことを見ていたのです。フィオナちゃんがぁ、私にぃ、チューってしちゃうところも♥」
「えええ~~~!? み、み、見てたのぉっ?」
「バッチリ見てました。まさかはじめてを捧げるのがお姉ちゃんになるなんて思わなかったなぁ。――あっ、ひょっとしてこれ間接チューになっちゃう?」
『えっ?』
皆がどういうことかと注目する。
ソフィアは、自分の人差し指同士を軽く押し合わせながら話す。
「だって、フィオナちゃんは普段クレスくんとたくさんチュッチュしてるわけだから、そのフィオナちゃんとチューしたら、私も間接的にクレスくんとチューしたことにならない?」
『!?』
「ということはぁ、私のはじめてはクレスくんに奪われたってことにもなるのかな? 聖女のキスは誓いの式と同じ意味を持ってるし、あらあら、そうなったらクレスくんが責任をとってくれないとかな?」
『!!??』
全員が動揺する。特にクレスの表情は迫真だった
「いや、えっ……!? そ、そういうことになってしまうのか!? 俺が、聖女様と!?」
「だ、大丈夫ですよクレスさん! そうはなりません! な、ならないはずです! え? そ、そうですよねメイドさんっ!?」
「……私には……判りかねます……」
「む、むむむ……! ソフィア様と、勇者様が…………? ……これは、教会を挙げて祝いの準備を……」
「わーっしなくていいんです大司教様! お、落ち着きましょう! ソフィアちゃんもそんな冗談言っちゃダメだよ~!」
「えー冗談じゃないんだけどなぁ。聖女としてもっと成長するためにも、ちゃんと地上でエロスの勉強するってシャーレ様にも言っちゃったし……あっそうだ!」
ソフィアがぽんっと手を叩いて、妙案を思いついたかのような顔をする。
そして彼女は言った。
「ここまで来ちゃったら、私もクレスくんとエッチなことするしかないんじゃないかな?」
『!?』
「あ、それはさすがにフィオナちゃんに悪いよね。でも責任をとってもらうためには……うーん……あっ! それじゃあフィオナちゃんも一緒に! 三人でエッチしちゃえばいいんだよ~!』
『!!??』
「それなら私も安心出来るし、うんうん! さすが私! 問題解決!」
えへんと胸を張るソフィア。
明るく放たれた現代聖女様の大胆なとんでも発言に全員が――あの冷静で寡黙なメイドまでもが唖然とする。しかもタイミングの悪いことに、戸口の方でその話を聞いてしまったらしい一部のシスターたちがなんだか黄色い声を上げながら走って行った。
ソフィアは胸元に手を当てながら真面目に言う。
「ミレーニア様を始め、偉大な先代様たちにいただいたこの命、ちゃんと生を全うするために使います。そのためには、ちゃんと尊い命の育みを、男女の魂の交流を、愛と美と平和を学ばなきゃだよね。もうシャーレ様にエロスマウントとられなくないし! というわけなので、フィオナちゃん、クレスくん、頭でっかちな私をよろしくお願いします」
深々と頭を下げるソフィア。
フィオナがもう真っ赤になりながら立ち上がった。
「ソソソソソフィアちゃん!? じょ、じょ、冗談だよね! 三人で、って……えええええっ!? かかかからかってるんだよね!?」
「うぅん、本気だよ? フィオナちゃんとクレスくんなら信頼出来るし……その、優しくして、くれるでしょ……?」
「ええええ~~~~!?」
「えへへへ。私、やってみたいことがたくさんあるんだぁ。あ、それからクレスくんはお姉ちゃんのお婿さんなわけだし、私にとってはお兄さんだよね? 今度から『おにーさん』て呼ぼうかなぁ。もちろん、このメンバーのときだけね♪」
心から楽しそうに、ニコニコといろんなことに想いを馳せるソフィア。
最後に「ふんっ」と鼻息を荒くして、胸を張りながらこう言った。
「ともかくともかくっ、第12代聖女ソフィア・ステファニー・ル・ヴィオラ=アレイシアは、新たな時代の聖女として恥ずかしくないように、もっと立派なオトナになってまいります!」
誇らしげに語るソフィア。メイドが小さく拍手をして、クレスはただ愕然と言葉を失い、レミウスはめちゃくちゃ真剣な顔で深く考え込んでいた。
フィオナが、叫ぶ。
「ダ……ダメ! やっぱりダメぇ! クレスさんだけは、ぜ、ぜ、絶対ダメなの~~~~~~~~!」
そうしてこの日、“天星”から奇跡の目覚めを果たした歴史に名を残す聖女ソフィアの“初体験”問題は、早速教会を揺るがす大議題となるのであった。
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