♯294 合格《ふごうかく》
膝をついたフィオナは、両手で“二人”の灰を救う。
声もなく涙が零れていた。
そして、
もう一人の自分。
彼女の“愛”は確かに存在し、彼女は最後までクレスを愛し続けた。クレスのために自分を否定した。クレスの幸せを、フィオナに委ねてくれた。
「――ありがとう」
心の奥に呼びかける。
自分に出来ることは、彼女に、クレスに応えること。誠実であること。そして、今よりもずっと強くなって、必ずクレスを幸せにする。幸せにし続ける。その約束を、己の魂に刻みつけた。
差し出した両手の中で、灰は魔力の粒子に戻って消えていく。彼女の
「……クレスさんは、必ず、幸せにしてみせます……」
目を閉じ、胸に手を当てて、想いを口にした。
こうして自分との戦いが終わり、フィオナが立ち上がったとき、一瞬だけ景色がぐにゃりと曲がった。
そしてソフィアが上から落ちてきた。
「――うにゃあ!?」
「わぁっ!? え? ソ、ソフィアちゃん!?」
「ぃぃいったぁぁ~~~い! もう! 嫁入り前のおしりにあざが出来ちゃったらどうするのよー! って、あーフィオナちゃんっ! よかったぁなんとかクリア出来たんだね! きっと大変だったと思っ――ってどうして裸なの!?」
「え? わああぁ~~~《ブライド》が切れたままだった! えっとえっと、で、でももう魔力がなくって、それに服の替えなんてっ」
「う~ん、こんなえちえちボディなお姉ちゃんがさっきまでもう一人いたってことだよね……。んふっ、二人のお姉ちゃんに甘えられたら最高かも♪」
「ソフィアちゃん何言ってるの~~~!」
身体を隠しながらしゃがみ込み、紅潮した顔で抗議するフィオナ。
そこでポンッと軽い音がして、気づいたらフィオナはまた元の白いワンピースを着用していた。ホッとするフィオナと違い、ソフィアはちょっぴり残念そうであった。
『……お前たちの“愛”は、見せてもらった』
その声の方に視線を向ける二人。
女神と聖女のステンドグラス。
その前で、聖女ミレーニアのぬいぐるみを抱えた女神シャーレが
「シャ、シャーレ様……」
「うわ、立ってるとこ初めて見た……ってそんなことより、お姉ちゃんも真理を乗り越えられたんだよね? じゃあ私たち完全に完璧に合格ってことじゃん! やったー私たちの勝ちだね!」
「わ、わ、ソフィアちゃんっ」
「見たかーシャーレ様! これがスーパー美少女姉妹の聖女っぷりよ! これで私たちを認めざるを得ないでしょ! えっへへへ!」
ソフィアがフィオナの手を取って、その場でルンルンと回り始める。フィオナは多少戸惑いながらもシャーレの方を見た。
女神が無表情でつぶやく。
『星の力によって世界を浄化する“平和”。世界にその存在を認めさせる“美”。そして、世界へ確固たる自を証明する“愛”。そうね、お前たちは完全に真理を果たした』
さらに女神は答える。
『お前たちは合格よ』
その一言に、ソフィアが「やたー!」と手を上げる。一緒に手を上げたフィオナもようやく安堵することが出来た。これで地上へ戻ることが出来る。
とにかく早くクレスに会いたい。彼の温もりが欲しい。今のフィオナはそんな想いでいっぱいだった。
『だからお前たちは帰さない』
フィオナの想像は瞬時に砕け散り、背筋が冷えた。
わずかな間に空気は凍りつき、二人の動きはぴたりと止まる。女神の言葉の意味が理解出来なかった。
フィオナと手を繋いだままのソフィアが口を開いた。
「……え? なに、言ってるの? 私たち、合格、したんでしょ?」
『その通りよ。
「い、いやいや……いやいやいやっ! ナニソレ意味ワカンナイんですけど!」
ソフィアがフィオナの手を離し、女神の方に向かってずんずんと歩を進める。そのまま女神の目の前まで来て、顔をつきあわせながら抗議の声を上げた。
「どーゆーこと!? 私たちはちゃんとやったじゃん! そりゃ私一人じゃダメだったけど、フィオナちゃんと二人でさ、協力しあって、ちゃんと聖女らしいところ見せられたでしょ! だから合格したんでしょ!?」
『そうね』
「勝ったら帰してくれるって約束したよね!? 女神様が約束破るの!?」
『女神シャーレは嘘をつかない。私は、“私を認めさせたら”と言ったはず。お前たちは見事に真理を超えて勝って見せた。だから私はお前たちを認めない』
「ぜんっっっっっぜんイミワカンナイッ!!」
その場で強く地面を踏みつけるソフィア。
「勝ったのに、合格したのに認めないってどういうこと!? 私たち何のためにあんな勝負してきたの!? そんなの到底納得出来ない!」
『納得する必要はない。もうお前たちは何も考えなくていい。ここで姉妹二人、仲良く最期の刻を過ごすといいわ』
何の感情も宿さないその発言に、ソフィアは、キレた。
「…………ふざ、ふざ、ふざけんなーーーーーーーーッ!!!!」
固く握りしめた左手で、女神シャーレに殴りかかるソフィア。
しかし、ソフィアの手はするりと女神の身体をすり抜ける。その勢いのまま、ソフィアが前のめりに転んで「ぶえっ」と妙な声を上げた。
「ソフィアちゃん!」
慌てて駆け寄るフィオナ。顔から倒れたせいか、地上の至宝たる聖女の鼻からたらりと赤い血が流れた。
「大変、ソフィアちゃん、血がっ」
「うう……おねえちゃ……う、うううぅぅ~~~~!」
フィオナに介抱されながら、ぼろぼろと泣き出すソフィア。そんな妹の姿に、フィオナもまた泣きそうになった。
シャーレはそんな二人を冷たく見下ろしてつぶやく。
『女神に手を上げるなんて、やはり不相応ね。今すぐ消そうか』
「――っ!」
女神がこちらへ手のひらを向けたのを見て、フィオナはソフィアを抱えながらすぐに横へ飛んだ。
次の瞬間、先ほどまで二人がいた場所が“光の泡”となって弾け、そこだけが暗黒の空間へと変化する。
『言ったわね、聖女フィオナ。妹の責は、お前のものでもあると』
女神の手が、再び二人へ向かって伸ばされた。
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