♯284 悠久の月雪詠《ティエラ》

 翌朝から、フィオナとソフィアは早速歌の特訓を開始することにした。

 エステルは準備リハーサルのための場所として学校の空き教室を一つ用意してくれており、訊けば先生に掛け合ってくれたのだそうだ。そこには『録音機ターンレコーダー』と呼ばれる高価な魔道具が一台あり、これもまた学校の私物を二人のために置いてくれたらしい。その録音機では、歌を二つ聴くことが出来た。


 一つは、『永遠の雪月詩クリア』。

 始まりの聖女ミレーニアがこの地に訪れた際に創ったとされる誓いの曲であり、浄化の力が込められているとされる。エルンストンの人々は古くからこの曲と共に生き、街を発展させてきた。エルンストンが常に『光祭』を行うようになったのは、この曲の影響が大きい。


 そしてもう一つが、二人が本番で歌う予定の曲。ミレーニアが『雪月詩』と共に生み出したとされる、特別な想いが込められた愛の曲。ゆえに、エルンストンでは主に結婚式で歌われることが多いと言う。


 そんな曲を、二人は何度も聴いた。魔道具の魔力が尽きるまで。

 やがてソフィアが鼻をすすりながら言った。


「……ちょおっと、難易度高いですねぇ」

「うん……でも、とっても素敵な曲……」


 フィオナは閉じていた目元をぬぐいながらそう答えた。

 ソフィアは、机の上に座って足をぶらぶらとさせながらつぶやく。


「……私ね、小さな頃に、お母様とこの曲を聴いたことあるんだ。一緒にピアノで弾いたこともあるの。だからかな。急に、お母様のこと思い出しちゃった」

「……うん。わたしも、お母さんのこと思い出したよ。それに……クレスさんと、初めて出会ったときのことも。もしかしたら、この曲にはそういう力があるのかもしれないね」

「愛の歌、だもんね。初代様って、こんなことまで出来ちゃうのかぁ。けど……なんか、もっとやる気出てきた!」


 机から降り、フィオナに向けて手を伸ばすソフィア。


「『逃げるな、プディ・前を向け、魂を燃やせルファラ・エクレーン』、だよね? 現代の聖女の力、見せてやろう!」

「ソフィアちゃん…………うんっ!」


 姉妹は手を取り合い、それから長い時間、声を重ね合った――。



 その日の夜、くたくたになって帰ってきた二人を部屋で待っていたのは、豪奢で煌びやかな二着のお揃いのドレス。エステルが用意したものではないと言う。二人にはヴェインスのドレスがあるだろうからと、ドレスは用意していなかったそうだ。

 ならば、と二人はすぐに察した。

 フィオナは、その純白のドレスに触れながらつぶやく。


「本物のヴェインスのドレス……ルルさんが着ていたのとちょっと似てるかも……。そっか。ヴェインスの歌劇団なんだから、ちゃんと着飾らないと、だよね。シャーレ様も、内と外、両方が大事だって言っていたから」


 一方のソフィアも、ドレスを両手で広げながら感嘆の息を吐いていた。


「おお~。歌に集中しすぎて、ドレスのこと忘れてたよ。でも、さっすがシャーレ様! こんなキレイなドレスが着られるなんて、ちょっとテンション上がるよねっ。まぁ私たちは見てのとおりの美少女姉妹ですから? これで“外”は完璧! あとは“内”ってことですね!」

「ふふっ、そうだね。それじゃあ早く休んで、また明日もがんばらなきゃだね」

「よぉ~し! 私たちの美しさ見せてやるからちゃんと見ててよねシャーレ様!」


 女神から返事はなかったが、二人のモチベーションはさらに上がることとなった。



◇◆◇◆◇◆◇



 時間はすぐに過ぎ去っていった。


 そして、演奏会当日の夜。

 いつものように雪が降っていた。

 エステルを初め、有志の者たちが集まって作り上げた演奏会。人々の憩いの場となる中央広場にて、楽器の演奏者たちも集まってくれていた。皆、エステルが街を想う気持ちに動かされた者たちであり、悲しみに暮れた人々を元気づけたいと思っていた。


 しかし、せっかく集まった人々と最後のリハーサルをすることは出来ない。

 そういう曲だからだ。

 愛を伝えられるのは、一度だけ。上手く歌い、上手く演奏することはそれほど重要なことではない。


 だからこそ、フィオナは緊張していた。失敗は許されない。さすがのソフィアも、ちょっぴり落ち着かない様子である。


 控え室にいた二人の元へ、エステルがやってきた。


『お待たせしました。もうすぐお時間で……わああぁ!』


 そして、化粧を施した二人のドレス姿に大きく目を見開く。


『す、す、素敵です! とってもとってもおきれいです! やっぱりヴェインスはドレスもすごいんですね! みほれてしまいます……私も、大人になったらこんな素敵にドレスを着られるのかなぁ……』

「ありがとう。それと、大丈夫だよ。エステルさんは大人になってもとっても綺麗だから、ドレス姿もすごく素敵なの。私、わかるんだ」

『そ、そうなんですか? ……うふふっ、それはうれしいです。ありがとうございます』


 照れながら笑い返すエステル。場の緊張が少しほどけて、フィオナもソフィアもいい感じに肩の力が抜けていた。

 ソフィアが腰に手を当てて、眉尻をぴっと上げた。


「さてさて、お時間のようですし、行きましょうかお姉様!」

「そうだね。エステルさん、今までたくさんお世話になりました。本当にありがとう。エステルさんの想いが街のみんなへ届くように、一所懸命に歌うね」

「アリンちゃんやご両親にもよろしくねー!」


 二人の言葉を受けて、エステルは笑顔でうなずく。

 それから控え室を出ようとした二人の背中に、エステルが声を掛けた。


『――あ、あのっ!』


 振り返る二人。

 緊張しているのか、エステルはなぜか今にも泣きそうな不安げな表情を浮かべていた。

 その小さな口が開く。


『……なんで、かな。急に、胸が、苦しくなって……。どうしてなのか、わからないのですが…………もう、おふたりには、会えないような気がして……』


 瞳を潤ませるエステルは二人の元へ駆け寄り、両手でそれぞれの手を握った。


『でも、わかります。おふたりの歌は、きっと、この街を幸せにしてくれる。私に大切なことをおしえてくれる。街を明るく照らしてくれた、聖女ミレーニアさまのように。だから、だから……』


 ぎゅ、とエステルの両手に力がこもる。

 涙を浮かべながら、彼女は笑った。


『私のお願いを聞いてくれて、この街へきてくれて、本当に、ありがとうございました!』


 フィオナとソフィアは、顔を見合わせて微笑み返した。



 ――小さなステージに並び立つと、たくさんの人が二人を迎えてくれた。そこにはもちろん、エステルやアリンの姿もある。


 楽器の演奏が始まる。

 二人は目を閉じた。歌詞もメロディも、すべて身体に刻み込んでいる。

 ヴェインスのドレスが淡い魔力の光を放つ。

 フィオナとソフィアは、自然と呼吸を合わせていた。


 この歌を紡ぐ中で、二人は多くのことを知った。

 それは、心と体を強く成長させてくれた。

 自分たちがミレーニアになれないことはわかっている。


 完全でなくても。

 完璧でなくとも。


 エステルと、この街のすべての人々へ向けて。


 想いを込めた月雪詠ティエラを――。




《雲のかなたへ 手を伸ばした夜

 降り止まない雪が 足跡を埋め尽くす

 かくれんぼの月が見つからない

 いつまでもひとりで 立ち止まっていた


 きらきら光る 星のかけらが落ちてきて

 わたしの胸で 冷たくにじむ


 凍てついた記憶は溶けない

 そこにいるの? 見つけて 小さな私を 



 星のかなたへ こころ寄せた夜 

 幼き頃に見た 銀色の世界 

 いまも知らない ゆりかごの月

 いつまでもあなたと 見上げていた


 きらきら満ちる 月の雫がこぼれ落ちて

 わたしの胸を 白く染める


 溶け出した記憶が溢れる

 ここにいるの? 教えて まだ小さな私に



 いつか訪れる 別れのとき

 それでも想いは悠久に灯る

  

 見つけた雪の花

 ずっと探していた

 ずっとそばにいてくれた

 

 永遠の途中に出逢えた わたしだけの温もり

 お願い レアリアの月へ届けて》

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