♯256 フィオナ、小さくなる
ショコラの魔術で森の家まで送り届けてもらったクレスたちは、まず先ほどのお風呂の残り湯で汗を流すことにした。特にショコラと遊んでべったりと汗を掻いたレナが、「ゼッタイお風呂はいりたい!」と強く言ったからである。アカデミーの寮部屋には浴室などの豪華な設備はなく、生徒用の大浴場もすでに閉まっている時間だったためだ。
それからレナをアカデミーの寮まで送り届けようとした二人……だったのだが、レナが「泊まっていく」と言い出したため、急遽取りやめとなった。そもそも既に学院の門限は過ぎてしまっていたこともあり、今から帰るのも明日帰るのも同じというレナの意見である。そもそもレナはここへ来ることをちゃんとモニカにも伝えているため、問題ないと言うのだ。
しかし、アカデミーでは無断外泊は厳禁であるため、クレスとフィオナは少々頭を悩ませた。
「うーん……どうすべきだろうか、フィオナ」
「そうですね……アカデミーのルールは厳しいところがあるので、成績にも影響しかねませんし、出来ればちゃんと……」
そう話す二人の手を、レナが両手でそれぞれにぎゅっと強く掴む。
レナは大きな瞳を潤ませながら、上目遣いに弱々しい声でつぶやいた。
「ふたりと、もっと一緒にいたいの。……泊まっちゃだめ?」
クレスとフィオナは同時に衝撃を受けた。そして手を握り返し、即座に「駄目じゃないぞ!」「ダメじゃないよ!」と声を揃える。
二人に抱きしめられながら、レナはちょっぴり得意げな笑みを浮かべていた。
その後は、明日もお店があるため早めに休もう……ということになったのだが、その前に紅茶を一杯飲むことにした。以前リズリットが振る舞ってくれたものの一つであり、サラッとした口当たりの優しい味と香りが気に入って、フィオナが街で買ってきておいたものだ。リラックスさせてくれる効果があるらしく、リズリットいわく、眠る前に飲むのがオススメとはことである。
「……うん、やはりこれは良いね。落ち着くな。レナはどうだ?」
「うーん……まぁまぁかな。もうちょっと甘いほうがいい」
「ふふっ。それじゃあレナちゃんのミルクティーは、次からもう少し甘めにしておくね」
「ん」
くぴくぴと紅茶を飲んで満足そうに息を吐くレナ。カップが空になったところで、レナは乾かしたばかりの髪を手で整え直しながら言う。
「それにしても、なんか今になってどっとつかれてきちゃった。あのクロネコさんとあそぶの、ちょっと大変すぎるよ」
「あはは。クレスさんもレナちゃんも、ずっと動き回ってましたもんね。わたしも窓から見てましたよ」
「ああ。ショコラは子供とはいえ魔族だからな。あまりにすばしっこくて、俺もつい本気になってしまった……」
「次からは、レナいっしょにいくのやめとこうかな。クレスひとりでがんばってね」
「えっ? し、しかしショコラもレナを気に入っていたようだし、俺一人で相手をするのは……」
「ふーん。じゃあレナの服かってくれたらいいよ。お店のおてつだいのごほうび、くれるって言ってたよね」
「あ、ああ、わかった! じゃあ今度一緒に買いにいこう!」
「しかたないなぁ。それなら考えといてあげる」
すっかり義娘の手玉に取られているクレスと、義父を上手く扱っているレナ。本当の親子のようなやりとりに、フィオナはつい微笑ましくて笑い声をこぼした。
そんなほっこりと和んだ空気が流れる中で、フィオナはテーブルの隅に置いたままの布袋にチラリと視線を移す。セシリアから貰った薬が入っている袋である。
「あの、クレスさん。このお薬なんですが……ど、どうしましょう、か?」
ごそごそと袋から薬の入った小瓶を取り出してみるフィオナ。クレスは「ああ」とすぐに理解する。
「『子供になる薬』か。レナは俺が子供になったところを見たがっていたが、実際にはどのくらいの背丈になるんだろうか」
「セシリアさんは、人によって差違があると仰っていましたが、年齢で言うと十二前後の肉体に変化するみたいですね。ちょうど、以前クレスさんが子供になってしまったときと同じくらいでしょうか」
「そうか。レナは十だから、兄妹くらいの姿になるわけだね」
「ふーん。クレスやフィオナママが……」
なんだか興味深そうに薬を見つめるレナ。
そこでレナがつぶやいた。
「ねぇ。さっそくつかってみようよ」
「「え?」」
「一回くらいためさないと、どんなかんじかわからないでしょ」
「それは確かにそうだが……フィオナ」
意見を求めるクレスの視線に、フィオナは少しだけ考えてからうなずき、返事をした。
「……そうですね。効果は長くても一晩程度のようですし、せっかくレナちゃんも一緒の夜ですから、試してみましょうか」
「うん! やろやろっ! じゃあまずはクレスからねっ!」
「わかったよ。レナもやる気だし、フィオナもそう言うなら」
なんだかワクワクな雰囲気の中で三人の意見が揃ったところで、フィオナが立ち上がって飲み終わった三人分のカップを集めると、まずはおかわりを注ぎ、最後にクレスのカップにだけ小瓶の薬を一滴垂らした。ほとんど透明なその液体は、紅茶の赤と混じって溶ける。
「どうぞ、クレスさん」
「うん、ありがとう」
「味は変わらないかと思いますが……どうでしょうか……?」
静かに紅茶を飲んでいくクレス。中身が半分ほど減ったところで、一息つく。
「……うん。味は変わりないが…………身体にも変化はない……か?」
自分の両手や身体を見下ろすクレス。ぐっぱ、ぐっぱ、と手を開いたり閉じたりしてみる。しかし、今のところ特に変化はなかった。レナがクレスの脚やらをペタペタ触ってみているが、特に異常はないようだ。
フィオナも注意深くクレスを見つめる。
「わたしたちから見ても、特に変化はないみたいです……。そんなに早くは効果が出ないんでしょうか? でも、セシリアさんは即効性のものだと仰っていましたが……」
「ふーむ、もう少し待ってみようか。しかし、小さくなるとわかっているとなんだか緊張するものだな……」
「ふふっ、それはそうですね。前は突然でしたから」
「はやく小さくならないかなぁ」
席に戻ってカップを手に取るフィオナ。そわそわした様子のレナを見つめながら、クレスとフィオナはお互いにカップの紅茶に口を付けた。
そのときである。
「「――あっ」」
重なったのは、クレスとレナの声だった。
フィオナだけはカップを両手で持ったまま「え?」とキョトン顔をする。二人の視線が突然自分の方に向いたからだろう。
「クレスさん? レナちゃん? ど、どうかしたの?」
「フィ、フィオナ。その、か、身体が」
「え?」
「フィオナママ! からだ! 光ってる!」
「え、えっ? ――わぁっ!?」
その指摘を受けて、自身の身体が淡く光っていることに気付くフィオナ。驚愕のあまりカップの紅茶が身体にかかり、熱さと驚きとで混乱し、クレスとレナが布巾を持って近づきてんやわんやになってしまう。そうこうしているうちにも、フィオナの身体は間違いなく縮み始めていた。
「フィオナの方が小さくなってるぞ!?」
「フィオナママが小さくなってるじゃん!」
指摘を受けてあたふたするが、もはや止めようもない状態にフィオナは叫ぶしかなかった。
「ええ~っ!? ど、どうなってるの~~~!?」
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