♯252 セシリアの告白

 それから一同は居間へ移動し、紅茶の香りに包まれる中で談笑をした。

 フィオナが持参した手土産の『パフィ・ププラン』はセシリアにもショコラにも大層喜ばれ、特にショコラは一人で三つも食べてしまい、口元をクリームだらけにした。また、セシリアが作ったクッキーはドライフルーツが使われ、以前とは違う味わいにフィオナはまたレシピを教えてもらうことになった。


 そのうちに話に飽きたショコラがレナを引っ張って庭で遊ぼうと言いだし、一人ではもう嫌だというレナがクレスを引っ張り、二人は店の外でショコラとボール遊びをしたり、追いかけっこやらを始めた。すばしっこいショコラについて行くのは大変なことであったが、次第にクレスが本気を出して動いたり、レナも『夢魔鬼リリス・ヴァンプ』の姿と力を発揮して、ショコラはこれに驚きながらも、全力で遊べることをとても喜んだ。


 そんな光景を、店の窓からフィオナとセシリアが笑って見つめていた。


「うふふ、ショコラったらはしゃぎっぱなし。ごめんなさいフィオナさん。あの子と本気で遊べる方はそういませんから、相手をしてもらって嬉しいみたいです」

「いえいえっ、クレスさんとレナちゃんも楽しそうですよ。ちょ、ちょっと疲れてるみたいですけど……あっ、すごいすごいっ!」


 窓の外ではクレスとレナが協力プレイでショコラを追い詰め、とうとう確保に成功した――のだが、その途端にショコラは黒猫モードになって二人の手からすり抜け、レナの「はんそくーっ!」という叫びと共に、さらなる追いかけっこが始まる。


 フィオナは吹き出すように笑ってつぶやく。


「あははっ。帰ったら、二人をマッサージしてあげなきゃ」


 そんな楽しそうなフィオナに、セシリアが穏やかな表情で両手を組み合わせて話しかけた。


「ご家族三人で、楽しい生活が出来ているみたいですね。レナさんのご事情は伺いましたが、フィオナさんにお子さんが出来たら、良いお姉さんになってくれそうですね~」

「えへへ、そうなんです。レナちゃんもすっかりうちの家族になってくれて。妹が欲しいみたいなんですけど、そ、それはやっぱり神様次第ですよねっ」

「うふふ、そうですね。けれど、お一人だけという決まりがあるわけではありませんし、たくさん子供を作るのも素敵なことですよ~」

「ふぇ!? た、たくさんですかっ?」


 不意の発言に、フィオナはびっくりして目を見開く。

 セシリアは両手の指を使って数えながら言った。


「フィオナさんくらいご健康な母体でしたら、二人や三人……いえいえ、五人や六人でも、きっと元気な子が生まれると思いますよ。既に家族計画もされているということですが、ご夫婦で、是非相談してみてくださいね」

「えええ~! そ、そんなにたくさんはその、でも、あのっ、か、考えてみましゅ……」

「はい。私は助産師の経験もありますし、この店には子供用の薬も置いてありますから、そのときは是非」


 もじもじと照れくさそうにうなずいて、紅茶に口を付けるフィオナ。そういう未来でも想像しているのか、なんだか嬉しそうににやけていた。


 セシリアは、静かにまぶたを閉じて言う。


「羨ましいです。私では、子供を授かることは難しいですから」


「……えっ?」


 フィオナはカップを持ったまま、まばたきを止める。

 それから戸惑いつつ尋ねた。


「え、えっと……何かのご病気……と、いうわけではないです、よね……?」

「うふふ、至って健康体ですよ~。このお腹も元気です♪」

「え? そ、それじゃあどうして……?」


 不安そうな面持ちのフィオナに対して、セシリアは少々申し訳なさそうに眉尻を下げて返した。


「ごめんなさい、ご心配をお掛けしてしまいましたね。私の身体や健康状態がどうということではないのです。ただ、種族としての特性、みたいなものでしょうか」

「種族の特性……ですか? えっと、セシリアさんはエルフさん、ですよね?」

「はい。ただ、エルフにもいろんな種族がいますからね~。その中でも、ちょっぴり変わったエルフなんです。フィオナさんも、もうご存じだと思いますよ・・・・・・・・・・・・

「え?」


 セシリアはニッコリと微笑みながら、


「私は、アルトメリアのエルフなんです。フィオナさんと同じですね~」


 さらっと何気ない告白をした。

 フィオナは言葉もなくポカンとした後、カップを持ったまま立ち上がる。


「え……えええ~~~~!? ってわぁ熱いっ!?」


 カップからこぼれた紅茶が盛大にフィオナの手や胸元にかかり、セシリアが慌てて布巾を持ってくる。


「まあまあ大変、大丈夫ですか? 火傷は……平気そうですね。念のため、こちらの軟膏を塗っておきましょう。大切な肌に傷痕がついてしまったら大変です」

「あ! あのっ、えと、あ、ありがとございます……っ!」


 落ち着いて、テキパキと作業をこなすセシリア。胸元に塗ってもらうときはちょっと気恥ずかしいが、ハーブの良い香りが心地良かった。


 そんな中でそわそわと尋ねるフィオナ。


「あの……さ、さっきのお話の続きなんですけど……セシリアさんも、アルトメリアの方だったんですかっ?」

「はい、そうですよ~。おそらく、フィオナさんの出身とはずいぶん離れた里ですが。私のことは、気付いておられませんでしたか?」

「は、はい。まったく……!」


 驚いたまま二回うなずくフィオナ。セシリアはくすっと笑いをもらしながら、丁寧な手つきでフィオナの肌へ軟膏を塗る。


 その間にフィオナは思い出していた。かつてクレスたちと初めてこの店へ来たとき、森の入り口でエステルが説明をしてくれたこと。


『――古い『アルトメリア』のハイエルフが強力な結界を張っていて、“資格なき者”が立ち入ると永遠に迷い続けると云われているわ』


 そうだ。あのとき、確かエステルはそんな話をしてくれた。

 その頃のフィオナは、『アルトメリア』という種族自体が幻のようなものだと思っていたし、アカデミーの講義でもそう教わってきた。彼らはとても高い魔力を持ちながらも争いを嫌い、結界を張った隠れ里で暮らす排他的なエルフ族であり、他種族との交流をほとんど持たない。だから、古い情報しか世には伝わっていないのだと。


 実のところ、今でもよく解っているわけではない。母からも種族のことについてあれこれ教わる時間はなかった。ただ、自分がアルトメリアの血を引いているということは知ってからは、ちょっぴり考えも変わっている。過去の世界で見たアルトメリアの里では、皆が穏やかで楽しそうに暮らしていた。あの人たちにはもう会えないと思っていたが……。


「――はい。これで大丈夫ですよ。スルスト高原の良質な薬草を使っていますから、火傷によく効くんです~」

「あ、ありがとうございます……。あの、セシリアさんっ」


 軟膏を塗りおえたセシリアは、目だけでフィオナの言葉を待っていた。

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