♯249 夜の定期健診へ

 その後、思う存分フィオナを舐め回したショコラはようやく満足し、汚れてしまったフィオナと共にお風呂へ。風呂というものが苦手らしいショコラは多少暴れたが、フィオナが落ち着かせることでなんとか事を済ませる。


 全員が綺麗サッパリとしたところで家へと戻り、クレスとフィオナは冷茶、レナとショコラが冷やしたミルクで喉と身体を潤す。一気のみしたショコラはプハーと満足げに目を輝かせて、耳と尻尾をぴーんと立てる。口の周りが白くなっていた。


「フィオナのミルク、あまくておいしい! もっとのみたーい!」

「ふふっ、わたしの作ったミルクじゃないよ~。これはね、聖都郊外の牧場のものなの。そこでは聖女様のためのミルクも作っていてね、クレスくんっていうクレスさんと同じ名前の立派な牛さんもいるんだよ。クレスくんのミルクもすごく美味しいんだぁ」

「そーなんだ! じゃあクレスのミルクものみたい! じ~~~~っ!」

「ショ、ショコラ。俺の方を凝視されてもだな……」

「ふふふっ、あれは本来聖女様しか飲めない特別なものだからダメなんだよ~。代わりに、このおかわりで我慢してね」

「わーい!」


 フィオナが注ぐ瓶のミルクをまたぐびぐび飲んでいくショコラ。そんな彼女をレナが物珍しそうにじ~っと見つめていた。ショコラがどういう魔族であるかは既にレナへと説明済みであるが、魔物から魔族へ進化した極めて珍しい例であったりと、気になる部分は多いようだ。


 肉食獣に狙われたかのような面持ちだったクレスは、ふぅと額の汗を拭って言う。


「ところでショコラ……そろそろ思い出したかい? 君のことだから、セシリアに何か言われて来たんじゃないのか?」

「ご主人? ……あっ! そうそうそうだった! 思い出した~!」


 飲み干したコップを机に置いて、椅子の上に立つショコラ。

 彼女は椅子の上からくるりと前転して飛び降りると、クレスたちの方に振り返って言う。


「ご主人がね、『テーキケンシン』するからクレスとフィオナを呼んできてって言われてたの!」

「「定期健診?」」

「うん! いそがしくなかったら今から呼んできなさいって! いそがしい?」


 クレスとフィオナはお互いの顔を見て、それからちょっと安心したようにうなずきあった。


「そういうことか。店のことはあるが、それよりも重要なことだったね」

「はい。お店にかまけて、つい忘れてしまいそうでした。何より大事なことですね!」


 照れ笑いするフィオナは、寝間着姿でクレスの隣に腰掛け、ショコラに尋ねる。


「大丈夫だよ、ショコラちゃん。今から伺っていいのかな?」

「うん! じゃあ道つくるねー」


 そう言って猫耳をぴょこぴょこ動かすショコラ。彼女の手の先から闇の球体がぬっと出現すると、それはぽこぽこ膨らんで黒い扉へ変貌する。【暗黒の散歩道ナイト・キャット・ウォーク】、短時間での長距離移動を可能にする高位魔術だ。クレスやフィオナは何度か世話になったことがあるため見慣れているが、レナはカップを両手で掴んだまま唖然としている。


 レナはこわばった顔でフィオナの服の袖をぐいぐい掴んだ。


「な、なにあれ。ていうか、ど、どこかいくの? おいしゃさん?」

「うん。お医者様……ではないんだけど、お世話になってる薬師の方がいてね。セシリアさんっていうの。ほら、前に話したことがあるよね。クレスさんとわたしは魔術で命を繋げているんだけど、そのせいで身体に影響が出てしまうことがあったの。そのとき、薬を作ってもらって助けていただいたんだよ」

「あっ……クレスが小さくなったってやつ……? ほ、ほんとにそんなことあったんだ」

「うん。他にも……その、お、お世話になってる薬があるんだけど、それはいいかな。それでね、定期的に身体に異常がないか診てもらってるの。だから、定期健診」


「ふぅん……」と納得した様子のレナだが、やはり突然のことに面を食らっているようだ。

 そんな義娘の様子を見て、フィオナが優しく訊く。


「レナちゃんは、どうしよっか? ここで待ってる? それとも、寮に帰るかな? 寮に戻るなら、わたしたちが帰ってきてから送りたいけど――」

「ついてく」

「え?」


 想定しない即決だったからか、フィオナの口から驚いたような声が漏れる。


「レナ、怖くないのか?」

「レ、レナちゃん。無理しなくても大丈夫だよ?」

「へーき。こわくないし」


 そう言ってレナは椅子から降りると、扉の方を見つめながら言う。


「クレスとフィオナママがおせわになってるんでしょ。じゃあ、レナもあいさつしないとじゃん。……いちおう、家族、だし……」


 最後の方はぼそぼそと小声になってしまったが、それでもクレスとフィオナにはちゃんと聞こえた。それがあまりに嬉しくて、フィオナは思わずレナを抱きしめてしまうが、レナは「あーもー!」と面倒くさそうに叫ぶ。


 それからレナは二人の手を引き、先導するように扉の方へと歩きだす。


「と、とにかくいこうよ。明日も早いんだし、さっさとおわらせて休も!」


 クレスとフィオナは目を合わせて笑うと、それぞれにうなずき合って進む。

 ショコラが扉に手を掛けて、開いた。

 広がるのは、漆黒。


「三名様、ごあんにゃーい♪」


 暗黒の世界にレナは一瞬躊躇したものの、息を呑んでそこに足を踏み入れる。クレスとフィオナも同時に続いた。最後にショコラが入って扉を閉めると、扉はまたぽこぽこと形を変えて消え去る。

 こうしてショコラに案内されるまま、三人は湯上がり時に夜の定期健診へと向かうことになったのだった。

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