♯245 闘う人々

『聖都フードフェスタ』が終わって数日が経った。

 聖都の正門前では、馬車の準備を終えた執事の男が静かに待っている。

 煌びやかなドレスではなく、動きやすさを重視した一般的な都民の衣服を纏った金髪の少女――ルルロッテは、執事に一度視線を送った後、クレスたちの方に向き直った。


「クレス様。フィオナ様。この度は大変お世話になりました。わたくし一人では、到底この結果を得ることは出来ませんでした。すべては、皆さまのお力とお心。言葉ではとても足りませんが……誠に、ありがとうございました」


 頭を下げるルルロッテの手をフィオナが取り、クレスとフィオナはそれぞれに声を掛けた。


「大した力にもなれず申し訳ない。また聖都に起こしの際は、是非俺たちにも声を掛けてもらえれば」

「ルルさん、どうかお気を付けて。エルンストンでも頑張ってくださいね! 困ったことがあったら、いつでも聖都に戻ってきてください!」

「クレス様、フィオナ様……はい! ところで、その、賞品のことなのですが……」


 戸惑った顔のルルロッテは、自身の両手の指先を合わせながら言う。


「わたくしは、街を離れる身。持てあましてしまいます。どうか、クレス様とフィオナ様に使っていただけたら、嬉しいのですが……」


 ――賞品。それは、フードバトルグランプリの優勝賞品のことである。

 店舗代表のルルロッテに優勝賞品として与えられたのは、聖都のメイン通りにおける一等地の空き店舗。小さな土地だが、飲食店を開くには絶好の場所である。この賞品を目的として参加している店も非常に多かったのだ。

 聖都を離れるルルロッテは、その店舗をクレスとフィオナに譲り渡すつもりでいた。しかしクレスとフィオナには既に森の店がある。ゆえに、クレスとフィオナは一度その申し出を断っていたのであるが……。


 クレスとフィオナは顔を見合わせてうなずき合い、フィオナの方から答える。


「そのことなんですけど、あの場所で、いつかヴェインスのお店を開くのはどうでしょうかっ?」


「え?」と大きな目をぱっちりと開くルルロッテ。

 フィオナは続けてこう話した。


「ヴェインスの紅茶は、本当に美味しかったです! だから、あのお店で紅茶を飲めるようにしたり、茶葉を販売したりするのはどうでしょうか? ヴェインスのドレスの展示や、歌のミニステージなんかも作ったら楽しいかも! なんて、この数日、クレスさんたちと相談していたんです」

「ヴェインスの……店を……」

「今はとってもお忙しいでしょうから、少し落ち着いたときにでも、考えてみてもらえませんか? もちろん、わたしたちもお手伝いします! それに……もしお店が作れたら、ルルさんにとって聖都が新しい居場所になれるかなぁって、えへへ」

「フィオナ様……」


 ルルロッテは言葉をなくした。

 祖国を失い、どこにも居場所のなかったルルロッテにとっての帰る場所。それを二人は作ろうとしてくれていた。


 ルルロッテは、フィオナをそっと抱きしめる。


「ふぁっ。ル、ルルさん?」

「あなたは……月のような方、ですね」

「えっ?」

「暗闇で震える者を優しく照らし、包み込んで、日の光の下へ送り出してくれる。そう、まさに勇者という太陽を癒やす月光」


 呆然とするフィオナからそっと身を離したルルロッテは、少々うつむき加減に話した。


「わたくしは……国を失ってから、まともに歌うことが出来なくなりました」

「……ルル、さん」

「何度も歌おうとした。そのたびに声が詰まり、枯れ、苦しみました。あのコンテストのステージでもそうです。壊れた心は、もう直らないと。わたくしは……生きる意味を、失っていました。それを、あなたが救ってくださいました」

「そ、そんな大げさですよっ。わたしは、一時的に魔力を中和しただけで……」

「それでも、わたくしは歌うことが出来るようになりました。後夜祭では、皆さんとたくさんの歌が歌えて楽しかった。無邪気な子供の頃に戻ったようでした。とても……とっても、嬉しかった」


 ルルロッテは顔を上げると、フィオナと目を合わせて言った。


「わたくしは、もう一度闘います。皆さまにお会い出来たこと、忘れません」


 そんな彼女の朗らかな笑みに、フィオナもクレスも顔を綻ばせた。

 そうしてフィオナとルルロッテが身を離したタイミングで、馬車の方から二人の人物がやってくる。


「――ルルロッテ様。荷物の積み込みが終わりました」

「うーっす。そろそろ挨拶終わったか? んじゃ準備済んだらいくぞ姫様」

「エステル様、ヴァーン様。はい、承知致しました」


 目尻を拭いながら答えるルルロッテ。やってきた二人は冒険用の軽装を纏い、それぞれに武器や荷物を抱えている。

 クレスがスッと腕を持ち上げて言う。


「公女様の護衛を頼む、ヴァーン」

「おう。オレが留守にしてる間にガキ一人くらいこさえとけや」


 ヴァーンも腕を持ち上げ、お互いに軽くぶつけ合う。


「ヴァーンさん、エステルさん、道中気をつけてくださいね。ルルさんのこと、よろしくお願いしますっ」

「相変わらずフィオナちゃんは心配性ね。私は故郷へ戻るだけだから大丈夫よ。アカデミーには少し迷惑を掛けてしまったけれど……帰ったら、また温泉にでも行きましょうか」


 エステルがフィオナの髪を軽く手で梳くように撫でると、フィオナは安堵した表情でこくんとうなずいた。

ルルロッテはヴァーンのエステルの方を見つめながら話す。


「お二人の同行はとても心強く、感謝致します」

「いーってことよ。元々俺は雇われ傭兵だかんな。姫さんの闘いに付き合ってやんよ」

「平和になったとはいえ、道中はまだ魔物の危険も残っていますから。どうぞご遠慮なくこの男をこき使ってください」

「テメェが言うなっての!」


 ヴァーンの文句も涼しい顔でスルーするエステル。そんな二人を見てルルロッテはくすくすと笑った。


 祖国復興のため、ルルロッテはまず隠れ住んでいた『エルンストン女王国』へ戻ることにした。そこで女王に身分を明かし、協力を仰ぐことにしたのである。そのため、事情を知るエルンストンの出身者であるエステルが同行することを決め、ヴァーンが護衛につくこととなった。他にも、聖都からの使者として教会の者が数名付き添うことになっている。


「本当に、頼もしい限りです。聖女様からもお力添えをいただき……少しずつですが、再興に向けて動いていこうと思います」


 手元の書簡に目を落とすルルロッテ。

 それは聖女直筆の手紙であり、協力を要請する内容が記され、聖女の名と教会の印章が捺されている。この書類そのものには何の法的な力も拘束力もないが、『聖都セントマリア』の聖女による“お願い”は各国において大きな力を持ち、無視出来るような国は少ない。


 ヴァーンは槍を担ぎながら「へへっ」と笑って言う。


「ま、オレ様という大船に乗った以上はのんびりしてな。それよりも、お姫様の護衛ならこっちもがっぽりいただけそうだなァ」


 親指と人差し指で丸い輪っかを作り、にやけた顔を浮かべるヴァーン。ルルロッテは「あっ」と気付いて申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「は、はい。報酬はしっかりと払わせていただきます。ですが……申し訳ありません。わたくし、今はまとまったものは……」

「構いません、公女様。貴方、こんな時に下品な話をするのはやめなさい」

「へーへーすんませんっした。ま、報酬は出世払いってヤツでいいわ」

「助かります……エステル様、ヴァーン様」

「ああ、出世払いっつっても、こっちじゃなくてこっちでもいいんだぜ? でかくなったら頼まぁ」


 そう言うと、ヴァーンは輪っかを作っていた指をほどき、今度は両手で自分の胸を持ち上げて揉みしだくようなジェスチャーをした。

 しばらく意味がわからずにいたルルロッテはポカンと立ち尽くしていたが、エステルがヴァーンの股間を蹴り上げた後でその意味に気付き、じわじわと紅潮していった顔で前屈みになったヴァーンの頭を叩いた。これにはクレスとフィオナが苦笑し、遠くの方で執事が白髭を揺らしながら穏やかな目をしていた。



 そんなこんなで騒がしい出発となり、ルルロッテ、エステルとヴァーンが順番に馬車へ乗り込むと、御者の執事が馬を動かし、馬車はカタカタと音を立てながら石畳を進む。その後を追うように教会の馬車も続いた。二台の馬車はすぐに正門を抜けると、轍の残る大草原へと出る。


 見送るクレスがつぶやいた。


「――皆、今でも闘っている」


 フィオナはクレスの真剣な横顔を見上げると、少しだけ間を開けて、握られていた彼のごつごつとした大きな手を優しく包み込んだ。クレスがその感触に隣のフィオナを見やると、フィオナは無言でニッコリと微笑んだ。だから、クレスも同じように笑って手の力を抜いた。


 手を繋いだ二人は、やがて馬車が見えなくなるまで、誇りある公女の再出発を見守り続けた。

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