♯231 フィオナvs.ルル

 とうとう決勝戦のラストアピールがスタートした。

 フィオナとルルが同時にステージへ上がるという事は、事前に相談を受けていた審査員長の聖女ソフィア以外は誰も知らなかったことであり、皆が驚き困惑するのは当たり前のことと言えた。


 だが、それもすぐに感動へと変わる。


 フィオナとルルの衣装がそれだけ魅力的なものだったからだ。


「うほっほぉそう来たかァ! こいつはさすがのオレ様でも予想してなかったぜ……セリーヌちゃんやるなぁ!」


 もはや賑やかし役になっていたヴァーンが指笛を吹き、周囲を煽る。


 まずフィオナだが、なんと彼女は『聖究魔術学院』――つまりもう卒業したはずのアカデミーの制服を纏っていた。


 杖を両手で握ったまま、くるりと回って見せるフィオナ。以前より短くなったスカートが


「ずっと着ていたはずなのに……今は、な、なんだかちょっぴり恥ずかしいですね。それに、少し新鮮です」


 自分でも制服姿を見下ろすフィオナ。

 特殊な紋章魔術の施された帽子と制服、腰の『星の杖』、胸元の『月の紋章』は成績優秀者の証。懐かしい――と言うほど昔の物ではないが、それでも、もうフィオナが着ることはなかったはずの衣装である。それも今回はおしゃれな意匠のミニマントがセットになっていたり、スカートの丈が少々短くなっていたりと、アカデミーでは許されていなかった制服のリメイクがところどころに施されていた。もちろん今回のコンテストに合わせた処置であるが、単純に一部の成長が著しいフィオナでは以前の制服はもうキツくて着られないため、必然的に手直しが必要だったのだ。


 制服というのはフィオナ自身も、そして観客も予想していなかった者がほとんどであったことから、その意外性で会場は盛り上がった。軽い化粧なども施しているし、完全にあの頃のままの姿というわけではないが、フィオナはアカデミー在籍時にその名を広めたことから、やはり街の人々にとってはこの姿のフィオナこそが最も親しみがあるのである。

 審査員のクレスもまた、懐かしそうに顔を綻ばせていた。初めて彼女が家に押しかけてきたあの日を、思い出すように。


 ――そして、同時にルルの方へも多くの歓声が届いている。中には息を呑んで何も言えなくなっている者たちもいた。


 必見である。


 今まで彼女が着てきたドレスが霞んで見えてしまうほど、そのドレスは輝いていた。まるで宝石のように。

 高級な絹糸シルクできめ細やかに織られたドレスは艶やかな光沢を称え、美しい刺繍とレースが華やかな印象をもたらす。ふわりと広がるスカートはステージの半分を埋めようかというほどに大きく、ドレープの流麗さ、時折覗く赤いヒールまでもがエレガントな仕上がりであった。ルルがゆっくりと回転すると、背中はVカットで大胆に肌を露出していたが、それがまた上品に見えてしまうのは彼女の持つ高貴な雰囲気であろう。


 だから、同じステージに立つフィオナすらも魅了されていた。


「はぁ……ルルさん、とっても綺麗です……」


 ついつい手を組み合わせて感嘆してしまったフィオナに、ルルはわずかに困惑の表情を浮かべたが、すぐに気を取り直してささやいた。


「それで、特技の方はどうするのかしら? あなたの方から先に披露してもらって構わないわよ。どうせルルが勝つんだから」

「あっ、え、ええっと……」


 話しかけられて我を取り戻すフィオナ。ステージの袖から見守っていたセリーヌたちが、「やれやれー!」とばかりに拳を上げていた。


 すると、フィオナはなぜか気まずそうにルルから視線を逸らしてしまう。その様子にルルが怪訝な目を向けた。


「何よ、ハッキリしないわね。ルルに遠慮しているの? ああ、それともあなたには披露するような特技なんてないのかしら。ふふ、そういうことならクレス様に情けない姿なんて見せられないものね。よくわかるわ」

「あっ、じ、実はそうなんですっ」

「へ?」


 挑発していたルルが間の抜けた声を上げ、


 フィオナは気恥ずかしそうにぼそぼそとつぶやいた。


「その、特技審査の方は……な、何も思いついていなくって。だ、だからどうしようかなって、今も考えているところで……」

「……何も?」

「は、はい。わたしには、皆さんみたいにこんな場で披露出来るような特技は何もなくって……魔術も、危ないものは使えませんし、せいぜい出来るのはマナの光を集めて弾けさせるようなこと……くらいでしょうか。で、でもそれじゃあアピールにもなりませんよね。えへへ。ど、どうしましょう……」

 

 照れ笑いを見せるフィオナに、ルルはポカンと口を半開きにした。


 一瞬気を抜いてしまったルルであったが、すぐにまた表情を凜々しいものへと戻し、呆れたようにため息をつく。


「ふ、ふんっ。つまり所詮はその程度の女ってことね。――いいわ、ならルルが終わらせてきてあげる。そこで黙って聴いていなさい・・・・・・・


 そう言って、ルルはゆっくりとステージの前方へと歩み寄る。同じタイミングで執事の男がステージの端へと姿を見せた。いつの間にか、そこには一台のフォルテピアノが鎮座している。


 ルルが足を止めると、執事がそっとピアノの前に座る。

 これから何が始まるのかと察しとったフィオナや審査員、観客らは自然と静まり返り、すべての者がステージ上のルルへと目を、耳を向けた。


 ルルがすぅ、と息を吸う。


 すると彼女の纏うドレスに淡い魔力の光が宿り、煌びやかにステージを照らす。



 唇が開く。



《――銀月に祈り捧げ、悲しみは解けゆく》



 そのソプラノが聴く者の耳へと届いたとき、



《どれほどの刻が過ぎても、わたしはここにいるから。想いは、朽ちない。刹那に咲く雪花、心、白く重ねて――》



 人々は、現実を忘却した。


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