♯226 乙女の戦場へ
そんなとき、会場に笛の音が響き、もうじき本選が始まるという運営のアナウンスがなされて、休憩していた本選出場者たちがまた控え室へと戻っていく。ルルもそれを聞いてクレスからそっと身を離した。
「あら、もうそんな時間ね。クレス様、コンテストの後に少々お時間いただけますか? ルルとの婚約について、詳しいお話をさせていただきたいのです」
「え? こ、婚約?」
「はい♪ ルルが見事優勝を果たし、クレス様にふさわしい世界一の美女であることを証明してみせますわ。そのときは……どうか、ルルを娶ってくださいませ。身も心も、クレス様に捧げることを誓いますわ――」
かかとを伸ばしたルルは、クレスの頬に軽いキスをする。これにはフィオナ以外の女性陣たちが「あー!」と声を上げた。
「それではクレス様、後ほど」
またドレスの裾をつまんで華麗な挨拶をするルル。
それから身を翻して控え室に向かおうとしたルルだったが、彼女が一歩目を踏み出したとき、執事が「ルル様!」と声を上げて手を伸ばした。
ぐらっと体勢を崩すルル。
ドレスの裾を踏みつけてしまっていたことに気付いていなかった彼女は、そのまま前方へと倒れそうになったが――
「――ひゃっ」
ルルは目を閉じて小さな声を上げる。
彼女の身体は倒れる途中で柔らかなものに支えられ、事なきを得た。執事がホッと様子で胸をなで下ろす。
ルルがまぶたを開いて顔を上げると、そこにはフィオナが立っていた。
フィオナが、その豊かな胸で抱きとめてくれたのである。
「大丈夫ですかっ?」
「あ、あなた……」
「本選前に怪我なんてしてしまったら大変ですから……間に合って良かったです。それにしても、ドレスって歩きづらいですよね。ヒールにも慣れなくて、わたしもよく転びそうになります」
優しく笑いかけるフィオナに、ルルはしばらくぼうっとした後、フィオナの胸をどんっと押し返すように突いて離れた。
「――ふんっ、お礼なんて言わないわよ。ルルとあなたはライバル同士なんだから。本選では精々あがくことね。あんなダッサいドレスなんかじゃ、決勝でルルと戦うことすら出来ないんだから。あはっ!」
すぐに気を取り直したルルは、金髪を手で払って再び歩き出す。執事が傍らに寄り添い、もう転ぶことのないように注視していた。
そんな去り際に、ルルはフィオナたちの方へ振り返って大きく口を開いた。
「言っとくけど、胸は小さい方がドレスに
それだけ言って鼻を鳴らし、今度は振り返ることなく歩き去っていくルル。
シーン、と静まり返る一同。
そんな少しの間を置いて、フィオナはクレスへと言った。
「そ、それじゃあクレスさん。あの、わたしも行ってきますね」
「あ、ああ。俺も審査員席へ戻ろう。フィオナ、気にすることなく、君は君らしく輝いてくれ」
「はい! えっと……そ、それではみなさん、わたしも……ひゃっ!」
フィオナがおそるおそる友人らの方に目を向けようとしたとき――その肩にはセリーヌとエステルの手が掛かっていた。がっちりと力が入った手だ。
「あ、あの……セリーヌさん? エステル、さん?」
フィオナがささやくように声を掛けると、二人はうっすらと微笑しながら言う。
「行くわよフィオナ……生意気な小娘を黙らせにね……」
「面白い子だわ……ふふ、教育的指導が必要かしら……」
恐ろしい目であった。
燃えさかるような怒りをため込んだセリーヌの瞳と、冷酷そのものを具現化したようなエステルの静かな瞳。ヴァーンが引きつった顔でそそくさと二人の傍から離れるほどの威圧感である。
おばさん扱いされた女とクールぶったチビ女と揶揄された二人に両サイドから手を引かれたフィオナは、あまりにも怖かったので何も言えずに引きずられ、リズリットが怯えながらもそれに続き、レナは残ったクレスにびっと親指を立てて最後尾を歩いた。クレスは苦笑いでフィオナたちを見送り、審査員席へと戻っていく。
セリーヌとエステルに引っ張られながらも、フィオナは自身の胸元にギュッと握った手を当てる。
思い出すのは――先ほどのキス。
「……わたしも、ちょっぴり怒っているかもしれません」
フィオナの瞳に、闘志の炎が宿る。
こうして、乙女たちは戦いの場へと舞い戻るのであった――!
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