♯203 フィオナ、シノの心と体を全部さっぱり気持ち良くする

 フィオナは、心からの気持ちを伝えた。


「ずっと、クレスさんのことを守ってきてくださって、ありがとうございました」

「フィ、フィオナさん……」

「もう、クレスさんのご両親にお会いすることは出来ませんけれど……、でも、シノさんにそう言ってもらえて、まるで、クレスさんのお母様に認めていただけたような気持ちになりました」

「……お母様? う、うちが?」

「はい! だから、なんだか嬉しくなってしまって……あっ、ご、ごめんなさい失礼でしたでしょうか! シ、シノさんはまだそんなお年じゃないですもんね! ごめんなさいっ!」


 突然慌て始めたフィオナに、シノはしばらく呆然としてから吹き出すように笑った。それから二人してしばらく笑い合い、すぐに明るい雰囲気が戻ってくる。そうして彼女とさらに心を近づけたフィオナは、シノ自身のこともいろいろと教えてもらうことが出来た。


 例えばシノが名家の長女であり、他に兄妹がいないため、いずれは家の道場を継がなくてはいけないこと。そのためによく婿養子候補を紹介されては辟易したこと。親に反発し、結婚以外の道を選べるようにと仕方なく好きではなかった剣を覚えたこと。そのおかげで国を出ても生きていけるくらいの力を得られたこと。旅をしているのは、帰る場所がなかったからだということ。


「本当は、一度故郷に帰らんとって思ってるんじゃけど……いまさらって気持ちもあるし、もう、うちなんて必要とされてないだろうし……。そう思うと、なかなか勇気が出ないんよ……。フィオナさんは、どうすればいいと思う……?」

「うーん……そう、ですね。わたしは……」


 いつの間にか、こうして悩み相談まで聞くほどになってしまった。


 そんなうちに、フィオナはシノへの印象を再び改めた。

“仮面”を被っているときのシノは、心身共に隙のない見事な剣士に思えたが、その内は普通の人間だった。人見知りしてしまう内気な女性であった。表向きの顔で社会に溶け込みながら、裏では本心を隠している。それはどこか聖女ソフィアを彷彿とさせるところがあったが、きっと、この世界の人々は皆そうして生きているのだろうとフィオナは思った。それがわかったら、シノのことをより身近な人物に感じられたのだ。


 するとそこで、シノがおかしそうに微笑んだ。


「シノさん?」

「ん、ごめんね。フィオナさんは、本当に不思議な子じゃと思って」

「え? わ、わたしですか? 何か変なこと言っちゃいましたかっ?」

「そういうことじゃないんよ。フィオナさんには、なんでもさらけ出せてしまうなぁって思ったんじゃ。まるで、心を洗われているみたいに。こんなのは初めてよ」

「こ、心を、ですか?」

「うん。きっと、クレスもそうやって洗ってもらったんじゃね。あの子の気持ちが、少しわかるような気がするんよ」

「…………シノさん」


 その言葉が、フィオナには特別なものに嬉しく感じられた。じんわりと胸が熱くなる。

 だからフィオナは、「よーし」と気合いを入れてガッツポーズを作った。


「シノさんが気持ち良く旅立てるように、わたし、最後に精一杯のお世話をさせてもらいます! 頭と背中、腕回りは終わりましたので、今度は前の方も洗わせてください! 」

「うえっ!? い、いいよいいよそんなん! そこまでしてもらわんでもっ」

「ご遠慮無用です! さぁシノさん! 心も体も、全部さっぱり気持ち良くなりましょうね♪」


 ニコニコ顔でにじみ寄るフィオナ。ちょっぴりテンションがハイになっている。


 腕で前を隠すシノが、ぷるぷると震えた。


「フィ、フィオナさん、あの、そのっ、う、うちそんなつもりはっ、やっぱり一人で……わぁー!」


 泡まみれのフィオナは嬉しそうにあちこち手を動かしていくが、自由を奪われたシノは赤面しながら全身のこそばゆい感覚と――そしてフィオナの柔らかな感触に耐え続けるしかなかった。

 同時に思う。

 こんなお嫁さんに攻められてしまったら、あの子もひとたまりもなかったじゃろう――と。


 そうしてシノがひょんなところから弟子の心情を理解したとき、女湯の扉がガラガラと開いた。



「話は聞かせてもらいました! クレスくんのお師匠様がいらしているのならば、『聖女』としてご挨拶せねばならぬでしょう!」



 仁王立ちする小柄な少女。


 思わず目を見開いて驚愕してしまったのは、シノ。


「……へ? 聖女? あの特徴的な御髪…………うええっ! ほ、本当に聖女様じゃっ!?」


 この大陸の出身ではないシノでも、さすがに聖女の姿には覚えがある。すぐそばにメイド服姿の侍女が控えているのも明白な証拠であった。驚きのあまり人前で素が出てしまったが、そのことにも気付かないシノである。


 ソフィアは滑りやすい石床を器用にペタペタと歩み寄ってきて言う。


「あなたがクレスくんのお師匠様だよねっ。はじめまして! 現代聖女のソフィアと言います! セントマリアへようこそ! よろしくお願いしますね!」

「えっ、は、はいっ!?」


 ソフィアに手をブンブン振られながら握手されるシノ。まさかこの世で最も高貴な存在とこんなところでお目に掛かるとは思っていなかったのだろう。さすがのシノも動揺を隠せない。何より聖女がこんな気さくな面を持っていたことに驚く。


 一方のフィオナは慣れたものであった。


「ソフィアちゃん。朝からなんて、珍しいね。お仕事は大丈夫なの?」

「ぜんぜんへーき☆ フィオナちゃんも一緒だって聞いて飛んできちゃったんだー! それにお仕事始める前にはリフレッシュが必要だしね! ――あっ、ていうかフィオナちゃんまたおっぱいおっきくなった? なのにお腹はぺたんこでつるつる……ずるいよなんでこうなるの~~~触らせてください触りまぁす!」

「ひゃあっ!? ソ、ソフィアちゃんだめっ、い、いまはシノさんのっ、んんっ!」

「ソフィア様。すぐフィオナ様に甘えセクハラするのはおやめください。それにご公務も全然平気ではありません。溜まりまくっています。男性が入ってこられない女湯に逃げて時間を稼ぐのもどうかと思います」

「す、少しくらいいいでしょー! それに人前で聖女に恥かかせないでよぅ!」


 そんな普段通りのやりとりを見てポカーンとなるシノ。聖女ソフィアの存在ももちろんだが、その聖女と仲睦まじそうにしているフィオナにも驚く。


 すると女湯の扉が再度開き、そこから数名の女性が現れる。


「――朝風呂も良いものだけれど、今日は少し騒がしそうね」

「フィオナ先輩とご一緒は嬉しいですけれど、や、やややっぱり聖女様とご一緒は恐れ多いですよぅぅぅ~~~」

「まーリズの気持ちもわかるけど、そろそろ慣れてきたわよね。しっかし徹夜で作業してたから疲れたわぁー。あ、シノさ~ん! 服、予定より早く仕上がったから、朝風呂ついでにお知らせにきましたよー! カンペキに直したから安心して!」

「んん、さいきんなんかねむい……。やっぱりレナもいちおう『夢魔』だから、いっぱいねたくなるのかな……」


 涼しげに髪を払うエステル、タオルで前を隠しながら震えるリズリット、ちょっぴり疲れた様子だが愛らしいウィンクを見せるセリーヌ、あくびをするレナの四名である。彼女らの登場にフィオナは喜び、シノはさらに慌てながら必死に『クール』の仮面を着け直して平静を装うことにした。


 また、フィオナがシノの身体を洗っているのを見た一同によって、全員がそれぞれの身体を洗い合うことになり、あっという間に姦しくなってしまった女湯。

 まさかこうなるとは思っていなかったであろうシノは、これぞ人見知りというほどの口下手を発動し黙り込んでしまった。フィオナのおかげで多少は人と話せるようになったかも――とほんのわずかに感じていたシノだが、やはり人はそう簡単に変われないものである。なんなら気配まで消そうとするほどである。


 そんなシノへ、フィオナがそっと声を掛けた。


「ご、ごめんなさいシノさん。なんだか、急に騒がしくなってしまって」

「…………い、いえ」


 シノは小声で答えながら、フィオナの背後で盛り上がる一同の方に顔を向けてつぶやく。



「……あの子は、本当に良い方たちと巡り会えたんじゃね」



 そのつぶやきに、フィオナはパァッと明るい笑顔で応えた。

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