♯195 お師匠様の着せ替えタイム


 するとそこで、シノの服にくっついていたセリーヌの糸がそれぞれに精密な動きで素早く縫製を始めた。


 セリーヌが「よしっ」と片手を腰に当てながら言う。


「遠い国の服だからね、作りとか素材の解析に時間は掛かったけど、限りなく元の形に近いものには直せると思うわ。あたしの魔糸いとで再現するから素材感も本物そっくりよ」

「ほ、本当ですかセリーヌさん! すごいですっ!」

「見直した? ウフフ、これがアカデミーで唯一『糸魔術』を生み出した偉大な先輩の力ってものよ」


 鼻高々に胸を張ってウィンクするセリーヌ。フィオナは尊敬の眼差しで「はい!」と答えた後、シノの手を取って喜んだ。シノは呆然と目を見張っている。


「ただ、洗い上げて仕上げるのに時間が掛かるし、他の仕事もあるからね。明日の……そうね、お昼以降にでも取りに来てちょうだい。それまでには直しておくから。シノさんだっけ、それでいいかしら」

「え、ええ。今日は聖都で休む予定でしたので、問題ありません」

「お引き受けしました♪ それじゃ、よろしければその間は別の服をどうぞ。ほらフィオナ、せっかくだから代わりの服選んであげなさいな。クレスさんのお師匠様に、いつまでも裸みたいな格好させておくわけにもいかないでしょ。ていうか、下着がサラシってねぇ! 他国の文化なのかもしれないけど、服は女の武器なんだからさ、ちゃんとした物を身に着けないとダメよ~。レンタルは無料ですけど、購入してもらえるならお安くしますよー!」

「あ、そうですねっ。シノさん、お着替えしていきましょう!」

「は、はい」


 そのままフィオナに更衣室へと連れていかれる半裸のシノ。そこへフィオナがいろんな服や下着を持ってきて、突然の着せ替えタイムが始まってしまった。自国の和装以外は着たことがないというシノは戸惑うばかりであったが、フィオナが丁寧に着方を教えたり、手伝ったりして世話を焼く。


「わぁ……シノさん、とっても綺麗です! スタイルが良いからでしょうか、どんな服も似合いますね!」

「そ、そうでしょうか。私にはよくわかりませんが……」


 更衣室の姿見を前に、また新しく持ってきた服をシノに合わせてみるフィオナ。

 手足まで隠していた落ち着きある和装も素晴らしいものだったが、それではシノの体つきというものはよくわからなかった。そのため様々な服を着てもらったのが、そのどれもが新鮮でよく映えるため、フィオナはつい楽しくなってしまっていた。

 若者向けな昨今流行りの甘い色使いをしたガーリーなファッションなどもシノには似合ったが、やはり清楚で落ち着いたフェミニンなコーディネートがシノのスタイルには最もよく似合う。フィオナはそう思っていた。


「……この国にも、いろいろな服があるのですね。どれも着心地が良く、袖を通すだけでも品質が良いのがわかります」

「ふふっ、良かったです。セリーヌさんのお店は、聖都でとても人気があるんですよ」

「納得出来ます。とても腕のある方なのですね。まさか、私の服を直していただけるとは思わなかったものですから……」

「わたしの自慢の先輩なんですよ。あっ、シノさんこちらの服はどうでしょうか? 動きやすいと思うのですが」

「そうですね。しかし……その、肌を露出するような服は、少々落ち着かないものですね。スカートは特に……」

「あっ、ご、ごめんなさい。勝手にわたしだけ楽しんでしまってっ! あの、やっぱり別のものを探してきますね!」

「いえ、お気になさらず。こういった服は初めてですから、私も新鮮です。旅にはあまり向かないでしょうが……服を直していただいている間はこちらをお借りしておきましょう。せっかく、フィオナさんが選んでくださったものですから」

「そ、そうですか? えへへ、じゃあこちらにしましょう! あっ、小物も是非!」


 持ってきた服をハンガーから外し、早速シノに着てもらうことになった。

 当然ながらセリーヌの店にはサラシなど売っていないため、今は新しく購入予定の下着を身に着けているシノ。大人っぽい紫色の下着はシノの雰囲気とよく合っており、フィオナは少々見惚れながら着替えを手伝いつつ、あることを尋ねてみた。


「あのう、シノさん。少し、お尋ねしてもいいでしょうか」

「なんでしょう」

「えっと、シノさんは、どうして今までサラシを巻いていたんですか? ひょっとして、女性だと……知られたくなかったんでしょうか。クレスさんも、今まで知らないようでしたから……」


 その問いに、シノは少しだけ間を開けて返答した。


「クレスに対してはそうですが、他の方には特に隠していたわけではありません。中性的な格好に見えたかもしれませんが、フィオナさんも、すぐに私が女だとわかったでしょう」

「は、はい」


 シノのブラウスのボタンを止めようとするフィオナ。サラシのない彼女の胸元は、女性らしくふんわりとブラウスを押し上げる。


 シノは目を閉じたままだが、鏡に映る自分を前に話す。


「クレスに隠していたのは、余分な情報だと思ったからです。もしも私が女性であると意識したら、あの子の剣は鈍ったでしょう。無用な思考が生まれたでしょう。あの子はただ強くなりたいと願っていた。弟子として鍛えるのに、それは不要な情報です。ですから、クレスには話していませんでした」

「あ……そういうことだったんですね」


 納得した様子のフィオナ。

 もしもシノが女性だとわかっていたなら、クレスはきっと師匠相手だろうが本気で手合わせをすることは出来なかったことだろう。かつて一時的に子どもの姿になったとき、魔族のローザを相手にしても出来れば戦いたくないと言ったほどだ。クレスはやはり紳士なのである。


「でも、もう隠す必要はないのですよね? クレスさんにはバレちゃいましたから」

「え? ええ……それはそう、ですね」


 それを聞くと、フィオナは嬉しそうにニコッと笑った。


「それなら、今後はもっといろんな格好も出来ますねっ。シノさん、本当に美人さんですから、大人っぽい格好が似合って羨ましいです! わたしはまだ子どもっぽくて……えへへ」


 鏡の中でフィオナがシノに寄り添って照れ笑いをする。シノは目をつむったままで、どこか呆然としたような表情をしていた。


さらにフィオナが言う。


「あ、そ、それですね。実はシノさんに、もう一つだけ、訊きたいことがありまして……」

「……? なんでしょうか」

「え、えっと、訊いていいものか、だいぶ悩んだのですが……」

「構いませんよ。どうぞ」


 シノが促し、フィオナは「は、はい」と息を呑んで言った。



「その……シノさんは、ずっと、何かを我慢していませんか?」


「……!!」



 フィオナの一言に、シノは驚愕したように小さく口を開いた。


「あ、ご、ごめんなさい急にこんな失礼なことっ! そ、そんなこと言われても困りますよねっ」

「……なぜ、そう思うのですか?」

「え?」


 シノの問いに、フィオナは呼吸を整えてから続きを話した。


「え、えっとですね、なんとなく、なんですけど……。その、シノさんは、ずっと自分を厳しく律しているような、隙を見せないようにしているというか、剣のように真っ直ぐな、硬くて強い意志の匂いがして……」

「匂い……ですか?」

「はい。わたし、人の持つ魔力からたまに個性的な匂いを感じることがあって……。クレスさんからは温かい太陽のような匂いがしますし、シノさんからは、そんなイメージの匂いがしたんです。けれど、シノさんの剣はずっと鞘に収まったままで……それが、なんだか本当の自分を隠しているようにも思えて……。ひょっとしたら、シノさんがずっと目を閉じているのも、それに関係があるのかなって、気になりまして……。よ、余計なお世話だったらごめんなさいっ」

「…………」

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