♯193 休日返せキック

 聖都への帰り道。シノの隣で話を聞いていたフィオナが言う。


「あっ、それじゃあシノさんがわたしたちの代わりに?」


 驚くフィオナの問いにうなずくシノ。

 あのダンジョンの中で、クレスとフィオナが壁の目に吸い込まれそうになったときのことだ。二人は突然風が止んだため吸い込まれずに助かったが、どうやらあの時、シノがクレスとフィオナの髪をわずかに斬ったことで二人と位置を入れ替え、代わりに吸い込まれたというのである。


「そういうことだったんですか……。シノさん、わたしたちと別れたように装って、後ろをついてきていたんですね」

「事後報告になってしまい、すみません。敵の狙いがクレスであることはわかっていましたので、こちらへの注意を逸らすため、あえて一度離れました。二人を囮のように使ってしまったこと、謝罪します」

「い、いえいえそんなっ。ついていきたいと言ったのはわたしですから、気にしないでください!」


 身体の前で手を振るフィオナ。シノがダンジョン内で騎士たちをどんどん別れさせていったのも、敵の狙いを分散させるためだったようだ。結果的にシノ以外の全員が無傷で外に出られたのだから、その作戦は成功だったと言えるだろう。


「それより、シノさんもいろいろと大変だったんですね……」


 話によると、どうやらシノは今回の敵の正体を初めから知っていたらしい。というのも、別の土地で戦った魔族から聖都を襲撃する計画があることを聞き、シノはそれを食い止めるため、各地で計画に参加する魔族を討伐していたようなのだ。

 そして、その計画の最大のキモとなるのが、今回出向いたダンジョンだったらしい。

 あのダンジョンは遠く魔族たちが住む土地と繋ぐことが可能で、スライムのルードが聖都へこっそりと『目玉むし』たちを送り込み、十分な情報収集を終えた後で、各地からダンジョンに魔族や大量の魔物を集めた後、襲撃する手はずだったのだとか。キングオーガはその計画を待てずに暴走した一個体であったようだが、もしも実際にその計画が完璧に実行されてしまっていたら、聖都はとても無事では済まなかっただろう。


 また、その話を事前に聞かせてしまえば、クレスやフィオナは必ず戦う道を選んだはずだ。そもそもシノは『目玉むし』によって聖都の街が監視されていたことを知っていたため、自分が勘づいていることを敵に察知されぬよう、あえて何も話さずクレスたちを街から引き離す選択をしたようだ。一人で戦いを挑んだのも、クレスやフィオナを出来るだけ危険に晒さぬようにという配慮であった。

 ただ、そのせいでシノをこんな格好にしてしまったことにフィオナは申し訳なさを覚えたが、ダンジョン生成を行えるほどの高位魔族をたった一人で倒せてしまったこと、そして人知れず聖都の危機を救っていた彼女への尊敬もあった。さすがはクレスの師というべきである。


 一部始終を聞いたクレスが、シノの後方で難しい顔をしていた。


「そんなことが……。それに、髪を斬られたことになどまったく気付けなかった。さすがは師匠だ……。しかし、まさか師匠が女性だったとは……」

「お前まだんなこと言ってんのか。つーか男より女のが嬉しいだろ、あんな良い乳ついてんだぞ。それよりほれ、もう街に着くぞ。こっちは大丈夫なんかねぇ」


 こうして、騎士団員たちと共に早足で聖都へと戻ったクレスたち。時刻はちょうど昼過ぎといったところで、街には人が多く行き交う賑やかな時間帯である。

 聖都に潜んでいた『目玉むし』たちが自爆を起こしていれば、きっと大きな騒ぎになっているに違いない。特にあの森で戦闘を経験した部隊員はその恐ろしさを知っていたため、街の混乱を心配していた。


 ――しかし、到着した街は至って平和なものだった。


 正門をくぐり抜けたところで、任務を終えたクレスや騎士たちの帰還に声を掛けてくれる者たちも多くおり、何かこれといった問題が起きたような様子はない。都民たちに話を聞くと、どこかでちょっとした爆発音みたいなものが何度かした。子どもたちが変な生き物を見つけて騒いでいた。という話は聞けたが、それくらいらしい。

 これにクレスたちは疑問を持ったが、シノだけは特に慌てた様子もなかった。多くの騎士団員たちは状況把握のため、駐屯所などへ向かって走り出す。


 クレスやヴァーンが首をかしげたところで、フィオナが「わぁっ!」と声を上げた。


「ク、クレスさん! 上ですっ!」

「ん? ――おおっ」


 フィオナが指差していた上空を見上げる一同。

 するとそこに、パキンパキンと薄い氷の板を踏み壊しながら身軽に空を駆けてくる女性――エステルがいた。

 エステルはフッと跳んでクレスたちの前に着地する。そして「ふぅ……」と深く呼吸をした。


「エ、エステルせんせぇ~~~!」


 さらに、そんなエステルを追いかけるように地上をパタパタと走ってくる存在が一人。杖を抱えながら苦しそうな顔で必死に足を動かしていた。


「エステルさんっ、リ、リズリット!」


 フィオナが声を掛けた。

 リズリットはエステルの隣に追いつくと、膝に手を当てながらハァハァと息を整えた。それから、煤に汚れた顔を上げてクレスたちの方を見る。


「ああっ、フィ、フィオナ先輩! みなさんもっ、お、おかえりなさい、ですっ」

「う、うん。ただいまリズリット……って、ど、どうしたのっ」


 煤汚れだけでなく、汗だくにもなっていた後輩の顔をハンカチで拭き取ろうとするフィオナ。だが汚れはなかなか落ちない。さらによく見れば、リズリットの制服もあちこちに汚れがついていた。それはまるで、『目玉むし』と交戦したヴァーンたちと同じような状況である。


「…………私の、休日……」


 冷たくつぶやく女が一人。

 クレスたちの視線がそちらへ――エステルの方に向く。フィオナに顔を拭いてもらっていたリズリットが「ぴぎゃっ」と怯えたような声を上げた。


 ヴァーンが「ぷっ」と吹き出す。


「ワハハハハッ! オイオイどうしたエステルちゃん、キレーなお顔が真っ黒だぜぇ? それになんだよその服は! オレ様とお揃いみてーにひでぇ有り様じゃねーか」

「そうね……。つい先ほどまで、気持ちの悪い目玉を凍らせ続けていたものだから……」

「ん? ああ、やっぱこっちにもあのキメェ虫がわいてやがったってことか。んじゃお前が対処してたんだな。留守番ご苦労なこった! リズリットちゃんも一緒に止めたんだろ? エライぜぇ! よしよし、特別にオレ様が混浴で二人の身体を隅々まで洗ってやんよ。感謝しろよ!」

「この無能」

「ふごぉっ!?」


 すり寄ってきたヴァーンに、エステルが足で金的をかます。ヴァーンは思わず槍を放してその場にうずくまり、股間を押さえながら「ほごおおおおおおおぉぉぉ……!」と鈍い声を上げ続けた。リズリットがドン引きしてぷるぷる震えながらフィオナにくっつく。


 エステルがため息をつきながら腕を組んだ。


「おかえりなさい、クーちゃんたち。さて、なぜ私の貴重な休日が壊されたのか話を聞かせてもらいましょうか」

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