♯170 スイーツ補給タイム

「んぐんぐんぐ……いいか、貴様がこやつに掛けた魂を繋げる“それ”は正確には魔術ではない。ただの前提条件となる儀式だ。下準備と言ってもよい。《結魂式魔術メル・ブライド》を使うためのな。んぐんぐんぐ……」


『ファティマ』の木陰の下。ピクニック用レジャーシートの上であぐらをかく魔王メルティルは、両頬をげっ歯類みたいに膨らませ、また新しいクッキーを口に放りこみ、んぐんぐと食べ進める。


「んぐんぐ…………んん、《結魂式魔術》は限定魔術の中でも特異な存在だ。そも魂を繋げる相手がいなければ話にならず、また繋げたところで被術者と精神、魔力、感情を高いレベルで同調させねばろくに行使すら出来ん。しかも性差が必須であるため同性では使えん。ゆえに“結魂”などと呼ばれる。ひどく面倒で条件が多くさらに寿命を二分する時点で大概な欠陥魔術であるといえるが……ふん、その点を利用してこの馬鹿を復活させた使い方だけはなかなか面白かったぞ」


 口の中のクッキーをアイスティーで流し込み、少し得意げな笑みを見せるメルティル。傍らのメイドが口元の食べかすをハンカチで拭った。

 結局のところ、怒りよりもスイーツを選択したメルティルはフィオナのスイーツを貰う代わりに、甘んじていろいろと情報を教えてくれたのである。そしてその情報はフィオナにとって、もちろんクレスにとっても重要なものであった。


 正座で話を聞いていたフィオナが前のめりに尋ねる。


「なるほどです……! あの、それでわたしのこのウェディングドレス格好はどういうことなんでしょうか?」

「あとは自分で考えろ馬鹿め」

「エステルさん特製の口に入れるまで溶けない不思議なアイスキャンディーもあげます!」

「何ィッ!? この辺境でアイスキャンディー……だと!? 貴様……まだそんなものを隠し持っていたか! ええいよこせっ!」

「話してくれたらよこします!」


 飛びついてきた魔王からサッとアイスを持った手を上げて避けるフィオナ。メルティルはぴょんぴょん跳ねたが手が届かず、ぐぬぬとその拳を握った。怒りのあまりか眉間にしわが寄る。


「貴様ァァァ……一度しか教えんぞよく聞けッ!!」

「は、はい!」


 思わずまた正座をして背筋を伸ばすフィオナ。

 結局教えてくれるらしい魔王は仁王立ちしながら話を始める。


「いいか、《結魂式魔術》を完成させるには二者の同調が必要であるからこそ、互いの精神・魔力が強く影響する。特に術者のお前はそれが顕著だ。魔力の高まりに応じて心身に作用が出ることは知っておろう。《結魂式》を済ませた状態でそれを起こすと爆発的に高まった魔力が貴様の想いりそうとなって形をなす」

「理想、ですか?」

「そのドレス姿に強い思い入れでもあったのだろう。己が最も輝ける理想の姿を貴様が無意識に選んだのだ。その完成された状態を《ブライド》と呼ぶ。ふん、偶然であろうが術名にぴったりの鬱陶しい姿ではないか」

「ブライド……わたしの……理想の、姿……」


 自分の姿を改めて見下ろすフィオナ。

 メルティルは「ふんっ」とまたあぐらをかくように座り込み、腕を組んだ状態で続けた。


「心身共に充実したブライド状態であればほとんどの心身不良は回復し、常に最良の状態でいられるようになる。また通常人間では扱えん量の魔力を難なく操れる。貴様がさっきこの珍獣に施した魔術もその一種だろう。《ブライド》状態でしか使えん魔術を総称して《結魂式魔術》と言う。貴様の魂はとうに理解しておるはずだろうが、何でも頭で考えようとするな馬鹿者が」

「ご、ごめんなさい。でも、そっか。そういうことなんですね。だからわたし、さっきから何でも出来そうな気がしていて……」

「ふん。もうよいだろう、さっさとよこせ!」

「――あ。は、はい! もったいぶってすみません、どうぞ。冷たくて美味しいですよ」

「ふんっ!」


 フィオナから受け取ったアイスキャンディーをペロペロなめる魔王メルティル。その姿はどう見てもただの幼女である。


「ありがとうございます、メルティルさん! おかげでなんだか安心出来ました。あ、良かったらこちらも一緒にどうですか? ブリオッシュパンなのですけど、こちらにですね、こうやってアイスを挟んで、ちょっと溶かして、パンも少し焼き直して……」

「む?」


 フィオナの指先から出る青い炎がアイスをほどよく溶かし、アイスを挟んだパンの表面を軽く焦がす。メルティルはそれを興味深そうに見つめていた。


「出来ましたっ、特製ブリオッシュアイスです! 本当はバニラジェラートを挟むのですけど、あいにく今はないもので……。ちょっと不思議な食感で美味しいんですよ。エステルさんの故郷『エルンストン女王国』で生まれたスイーツなのですが、ご存じですか?」

「パンにアイスだと? はっ、知らんな。田舎の雪国らしいふざけた組み合わせだ。美味いわけがあるか馬鹿め。だが味見くらいはしてやる」

「はい、どうぞ」


 フィオナからパンを受け取り、思いきりかじりつくメルティル。しばらくもぐもぐしてから突然大きく目を開き、そのままバクバクといっきに食べ進めていく。フィオナはニコニコとその光景を見ていた。


 すぐそばで一部始終を見ていたクレスがつぶやく。


「おお……あ、あの魔王を手玉にとっている……」

「ふふふ。メル様もなんだか楽しそうです。私以外の人とあんなにお話することなんてないですから~。良かったですねメル様っ、こんなところでスイーツにありつけるなんて、フィオナさんに感謝ですよ!」

「あむあむ……うるさい阿呆ッ! どれだけ妾のそばにいるんだ貴様もいい加減これくらい出来るようになれすかぽんたんのすっとこどっこい!」

「びぇぇん! よくわからない言葉で怒られました~!」


 叱られてしょんぼりするメイド、リィリィ。

 フィオナが魔王メルティルの機嫌を上手く取ってくれているうちに、クレスはこのメイド少女にちょっとしたことを尋ねてみた。


「ところで……ちょっと君に訊きたいことがあるのだが、良いだろうか」

「ふぁい? わ、私にですか? 何でしょう!」

「ああ。その……君は、かつて魔王討伐のパーティにいたメンバーだと聞く。そんな君が、その姿でヤツの傍にいるというのは……」


 クレスの目に映るのは、フィオナとそう変わらないであろう若い少女の姿だ。以前にエステルが話していたことでもあるが、三十年以上も昔にパーティを組んでいたのなら、リィリィの年齢は最低でも四十以上ということになるだろう。さすがにそうは見えない。だからクレスは気になって話をしたようだった。


 リィリィは「ああ~」と少し気恥ずかしそうにはにかんだ。


「そうですよね。以前に名乗ってしまいましたから、わかっちゃいますよね。うう、もうお会いすることもないなら~と思っていたんですが、考えが甘かったです……」

「す、すまない。やはりその、女性に年齢的な話をするのは失礼だっただろうか」

「へ?」


 リィリィが目を点にする。

 そして、彼女は拭き漏らすように笑った。


「うふふっ! 本当にお優しい方なんですね」

「え? そ、そう、かな?」

「そうですよ。フィオナさんはとても見る目がある方だと思います。メル様がとてもお世話になっておりますし、私も包み隠さずお話しますね。ええと、といっても簡単なお話で、私の身体は魔族と同じ成長スピードになっている、というだけなんです」

「魔族と同じ?」


 その返答に、今度はクレスがキョトンとする。

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