♯168 深刻なスイーツ不足

 青天の霹靂のような再会だった。

 そもそもお互いに会うことはないと思っていただろう。特にクレスたちを避けていた魔王メルティルの方は顕著であったはずである。なにせ二度と会うことはないと発言していたのだ。


 にもかかわらず、再会してしまった。


 魔王が小さな脚でずんずんとクレスたちの方へ迫ってくる。

クレスはともかく、フィオナはびくっと背筋を伸ばした。

 メルティルは口端を上げて笑いながらも、その目が怒りに満ちていたからだ。


「フ……フフフ! またか。また貴様か。貴様というやつは本当に……本当に…………本当になんなのだ貴様はあああああああああああああああああああ!」

「うわっ!?」


 全力疾走してくるメルティルに思わず声を上げるクレス。

 すぐに二人の前までやってきた彼女はクレスに飛びつくと、クレスのシャツの襟を掴んで上下に揺すりまくる。


「どこまでしつこいヤツなんだ貴様ああああああああ! 嫌がらせか! 一体いつまで妾に粘着するつもりだ! もう会うことはないと言っただろうが! ストーカーかお前はあああああああああ!」

「いやちがっ、ぐ、偶然! 偶然だ!」

「ストーカーは全員同じことを言う! こんな辺境で偶然があるかこのでくの坊! どんな腐れ縁だいい加減にしろおおおおおおおおお!」

「だからほんとにぐうぜ――くるしいからっ、は、はなしてくえ――」

「妾を苛立たせるために生きている者が多すぎるのだあああああああ! 今すぐこの土地をすべて焼け野原にしてやろうかああああああああ!」


 ガクガクガクガクと壊れたおもちゃのようにクレスの首が揺れまくる。見た目だけは小柄な娘のメルティルだがその力は魔王そのものだ。ついにはクレスが後ろへと倒れ、メルティルが馬乗り状態でクレスの鼻をぐいぐい押しまくり始めた。

 ドレス姿のフィオナは一瞬呆然として、それからどうすればいいのか手をそちらへ向けたままあわあわと困惑する。

 そこへメルティルを追いかけてきたメイドがぽてぽてと走ってきて、途中石につまづいて転び、膝小僧がちょっぴりすりむけた状態でやってきた。


 メイドは呼吸を整えてフィオナに話しかける。


「はふぅ……こんにちはぁ! またお会いしましたね!」

「え? あ、は、はい。えっと、リィリィさん、でしたよね。お、お久しぶりです」

「わぁ! 私の名前を覚えていてくれたんですか? 嬉しいです! それに、とても素敵なドレスですねぇ。女の子の憧れですよねぇ」


 ニコニコと穏やかに微笑みながら手を合わせるリィリィ。

 それから彼女は「あっ」と気付いて、暴走状態のメルティルの方へ向かった。そしてメルティルの背後から抱きつくように身体を引っ張った。


「ダメですよ~メル様! せっかくまた現代の勇者様と出会えたのですから、これも運命と考えまして、二人仲良く、手と手を取り合ってですね――」

「うるさい黙ってろバカがッ!」

「きゅう!?」


 メルティルの目にも留まらぬ高速裏拳が顔面にヒットしてぶっ倒れるリィリィ。フィオナは思わず「ひゃっ!」と悲鳴を上げてしまった。


「リィリィさん!? だ、だだ大丈夫ですかっ!?」


 目を回して「はうぇ~~~」と妙な声を上げるリィリィ。フィオナは、このメイド少女が本当に自分よりずっと年上なのだろうかと疑問を持ったが、今はそんな場合はではない。ともかく魔王を止めなければクレスも危なかった。


 するとそこで倒れたままのリィリィが口を開く。


「フィオナしゃん~。おかし、おかしを~」

「え?」

「しんこくなすいーつぶそくで、いらいらまっくすなんです~。おかしをもっていたら、めるさまに、どうかぁ~~~」


 フラフラな状態でそうつぶやくリィリィ。

 フィオナはハッとして気球の方へ向かい、鞄の中から道中おやつ用に焼いたクッキーの入った袋を発見。それを手に戻ってくると、袋を開いてクッキーを一枚取り出す。


「メルティルさん!」

「うるさいんじゃあああああ! 邪魔すると貴様もぶっとば――――むおっ!?」


 鬼の形相で振り返ったメルティルの口にクッキーを一枚突っ込むフィオナ。

 するとメルティルの動きがぴたりと止み、その口だけがもぐもぐと動いた。


 メルティルの目が――くわっと大きく開かれる。


「馬鹿な……こ、これは失われた伝説の味ッ! 甘草バニラムードの粉を練り込んだバタークッキーではないか! なぜこれがここにあるッ!?」

「え? あ、えとっ、お、お知り合いのエルフの方に教えていただいて」

「エルフ!? よもやまだ秘密裏に栽培を続けている賢才が……!? ああもうそんなことはどうでもよい! さっさともう一枚よこせ!」

「えっ」

「ほあ! はやふひほ!」


 素早くクレスの上から離れたメルティルはフィオナへ向けてあーんと口を開けたまま、まるで鳥のヒナみたいに催促する。

 フィオナは目をパチクリさせた後、もう一枚クッキーを口に入れてあげてみた。するとメルティルはもぐもぐと目を閉じて味わい、「う~む」とうなりながら腕を組む。


「懐かしい……味はまだまだ未熟だがな。しかし、この味を思い出せたことに免じて今回は馬鹿勇者の愚行は見逃してやろう。おい馬鹿者。嫁がスイーツを作れたことに感謝するんだな」

「あはは……ク、クレスさん大丈夫ですか?」

「うぅ……あ、ああ。ありがとうフィオナ……」

「ふん。おい、そこの阿呆メイド、いつまで寝ているさっさと起きろ」

「メ、メル様が叩いたんですよぅ~」


 ふんぞり返るメルティルに対して、ちょっぴりべそをかいたまま汚れたメイド服を払うリィリィ。


 ともかく、暴走していたメルティルが糖分補給して落ち着いてくれたところで、フィオナはようやくクレスを介抱することが出来たのだった。

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