♯129 お隣さん
『だからどうやったら食材がそんなボロボロになるんだ!』
『す、すみませ~ん!』
『焼きすぎだ! 炭で加減を調整しろ!』
『は、はい~ごめんなさい!』
『馬鹿! だからって水をかけるやつがいるか! 全部台無しじゃないか!』
『ああ~ごめんなさいごめんなさい~!』
声は二つ。やりとりはテントの向こうから聞こえるため姿こそ見えないが、どちらも女性のものである。おそらくは、怒鳴られている方が先ほどテント張りをしていたメイドだと思われた。だいぶ声が大きかったため、レナたち子どもも何事かと少々怯えてしまっていた。
片付けをさぼるヴァーンが酒をあおってからチェアに座りこみ、足を組んでそちらの方を見やる。
「おーおーお隣さんがやかましいな。さっきチラッと見えたときはなかなかカワイイメイドだったぜ? どんな
「ヴァーン。会ったこともないような人をそんな風に言ってはいけない。それも女性相手だろう」
「オレは
「私に向けたその親指へし折るわよ」
「エ、エステルさん落ち着いてくださいね? それにしても、本当にお隣さんは大変そうですね……? 大丈夫でしょうか――ふわぁっ!?」
フィオナがお隣さんを心配するあまり、ついつい覗きに行こうとしたとき。
突然、あちらの方からポーンと一つのタマネギがテントを越えて飛んできて、こちらのバーベキューの網上に着地。まだ炭が残っていたためそのままジュウジュウと焼かれてしまう。いきなりのことにクレスたちは一様に驚きの声を上げた。
『ああ! 最後のタマネギさんが飛んでいっちゃった~!』
そのことに気付いたようで、テントの向こうからわたわたと姿を現したのはやはりメイド服の女性だった。おそらくはまだ十代と思われる、綺麗――というよりは可愛げのある、童顔の女性だ。
「ごめんなさいごめんなさい! こちらにタマネギさんがお邪魔していませんでしょうか!」
「は、はい。でもその、あ、網の上に落ちてしまって……」
ペコペコと謝るメイドに対応するフィオナ。そんなフィオナの返答にメイドはわかりやすくショックを受けて青ざめた顔をした。
「しょんな……よ、余所様の食卓にお邪魔してしまうなんて……あまつさえ皆さんのワイワイ仲良しほっこりな団らんをお邪魔してしまうなんて……誠に申し訳ありません~~~~~~!」
「ええっ!?」
「お許しくださいこの通りです~~~~~~!」
いきなり砂浜で土下座を始めたメイドにギョッとするフィオナたち。フィオナはすぐに頭を上げるようにお願いして、残っていた代わりのタマネギを一つメイドの少女に手渡した。
「あの、だ、大丈夫ですからっ。ダメにしてしまったタマネギの代わりに、こちらを持っていってください」
「あわ……よ、よろしいんですか?」
「はい。わたしたちはもうほとんど食事をし終えたので、残り物なんです。それよりも、あの、もしお料理が大変でしたら、お手伝いさせてもらえませんか?」
「はぇ?」
メイドの少女は、大きな目をパチパチさせて呆然とした。
――それからフィオナとエステルがお隣さんのバーベキューにお邪魔し、メイドが手こずっていた料理の下ごしらえや焼き作業を手伝うことになった。
「わぁ! お二方ともに見事な手際です~!」
フィオナとエステルの腕を見て、感嘆の拍手をするメイド。
皆が認めるほど料理の上手いフィオナはもちろん、旅慣れたエステルも多少の炊事ならお手の物である。
だがフィオナとエステルが驚いたのは、このメイドの少女もまた相当な腕前をしていたことだ。
「えっと……メ、メイドさんも、とってもお上手ですね?」
「えへへへ~そうでしょうか。お世辞でも嬉しいです! でも、私はお菓子作りがあまり得意ではなくて、アイスの差し入れは本当に助かりました~」
照れ笑いしながら食材を切っていくメイド。素早く滑らかな無駄のない包丁さばき、会話をしながらでも手順を一切間違えない流麗な手つきはフィオナですら見惚れるほどである。
先ほどから彼女が妙に怒られてばかりだったため、てっきりこういったことが苦手なのかと思って手伝いを申し出たフィオナだから、余計に驚くことになった。これは並の腕前ではない。もはや手伝いに来た意味がないほどである。
「出来るならさっさとやれ」
そこでぶっきらぼうにつぶやいたのは、真っ黒なフードを深く被ったままハンモックに寝転がっていた小柄な人物。その身長や声の高さからして、おそらくまだ幼い少女だろうと思われた。
「ごめんなさい! すぐご用意いたします!」
横柄な態度の少女にも律儀に頭を下げて対応するメイド。どうやら彼女がこのメイドの主人であり、しっかりと関係性が出来上がっているらしい。
それからメイドは、フィオナたちへふにゃっとした柔らかい笑みを向ける。こちらに気を遣っているような、優しくも気まずそうな表情だった。
「また怒られてしまいました~。もうずいぶんと長い間お仕えしているんですけれど、私、慌てちゃうとドジばっかりしてしまって。いつもこんな感じになっちゃうんです。はぁ、情けないですよね。でもこんな私をずっとお側に置いてくれて、やっぱりメル――」
「余計なこと言ってないでさっさと作れ阿呆!」
「ふひゃい~!」
怒鳴られてびくんっと背筋を伸ばし、料理を再開するメイド。さらにスピードが増していくが、怒られたことで慌ててしまったのか、まな板から滑って飛んだタマネギの欠片がフード少女の頭に乗っかり、さらに怒鳴られる始末である。
エステルがフィオナの耳元でひっそりとささやく。
「……あの子、ただ者じゃないわね」
「え? エステルさん?」
「なんていうか……すごく、こう、居心地の悪いオーラを感じるわ。魔力は感じないけれど、圧倒される、というべきかしら。不思議な感覚ね。フィオナちゃんは何か感じない?」
「えっと……」
エステルの視線の先は、ハンモックの少女。
フィオナもそちらに目を向ける。
すると、怒鳴り疲れたらしい少女が息を整えながらフィオナの方を見て、すぐフードを深く被りなおして顔を隠してしまった。
「――!!」
そのとき、フィオナの視界が一瞬だけ目映く光った。
光の波動。
フードの少女と目が合ったわずかな瞬間に、とてつもなく大きな“何か”の断片に触れた。
それは本能的な恐怖のようでもあり、同時になぜか心を惹かれる魅力のようなものでもあった。だが、波動は明確に意志を示している。“これ以上こちらに踏み込んでくるな”と。フィオナにはそんな圧力が感じられた。
しかし、どうやら隣のエステルはそういったものを感じてはいないらしかった。
「ともかく気をつけた方がいいわ。あまり不必要に関わりすぎない方がいいかもしれない。早く済ませて戻りましょう」
「あ、は、はい……」
あの少女からは、何か他の者とは違う異質な“匂い”がする。
ただ、フィオナにとってそれは嫌なものではなかった。
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