♯126 本音
「へ? ぜんぜんうらんでないのだ。なんでそんなこと聞くのだ?」
「え?」
当然だとばかりに軽い感じで答えたコロネットに、フィオナは呆気にとられた。
「だ、だって……人間のせいで家族を失ったら……」
「でもそれが“せんそー”なのだ」
「え……」
コロネットの真っ直ぐな瞳は、じっとフィオナの方を見つめる。
そこには真実の光しかない。
「おかーさんがいなくなったのはさみしいのだ。けど、たたかってまけたらしかたないことなのだ。人間だっておなじでしょ? みんないっしょーけんめーにやったのだ。そういうものだっておかーさんも言ってたのだ」
「コロネちゃん……」
「でも今はもうたたかうひつようがなくって、こうやって毎日あそんでいられるのは楽しいのだ! あたしはあんまりたたかうの好きじゃないし、人間にも、フィオナのおねえさんみたいなイイ人がいるのだ! ママみたいにあたしをしかってくれるクレスみたいな人もいるのだ。みんなおんなじように生きているんだから、みんなで楽しくできたらいいのだ!」
満面の笑みでそう語るコロネット。
彼女の瞳にも、言葉にも、憤りや無念といった感情は存在せず、本心からそう言っているのが皆にはよくわかった。そんな本音を語る彼女に、クレスたちはしばし言葉を失う。
コロネットは、良くも悪くも無邪気である。
人と魔族を区別しない。
差別しない。
平等に物事を捉えている。
だから、クレスたちは同時に感嘆してもいた。
そして皆が同時に理解する。
この少女と敵対する必要はないのだと。
「毎日楽しいことがいっぱいならそれがいちばんなのだ。でも、あたしたちだけが楽しんでたらだめなのだ。人間をこわがらせちゃったら、いけないことなのだ。魔族や魔物がきらわれちゃうのはいやなのだ。だから、さっきはごめんなさい。デビちゃんもあやまってます」
それから、レナたちの方に向かって素直に頭を下げるコロネット。頭上のクラーケンも器用ににゅるにゅると頭を下げていた……ようにクレスたちには見えた。
実際に怖い思いをしてしまったレナたちアカデミー組は何も答えられずに戸惑っていたが、クレスやフィオナがうなずいたのを見て、レナが代表して口を開く。
「…………あやまってくれたなら、べつに、いいけど……」
「ほんとなのだ!? わーい! みんなもやさしいのだ!」
「ひゃあっ!?」
レナの手を取って嬉しそうにくるくる回るコロネット。当然ながら純粋な魔族の彼女は人よりも力が強く、軽々と振り回されたレナは思わず悲鳴に近い声を上げてしまった。
こうしてコロネットの件が一段落したところで、ちょっとしたドリンク休憩を挟み、フィオナがつぶやく。
「コロネちゃんは、素直に謝れて偉かったね。――それじゃあ次は、レナちゃんの番だね」
「……あ」
そう言われて、レモンドリンクを手に持っていたレナは“そのこと”を思い出したようだった。
「レナちゃん、がんばって。大丈夫。素直に本音を話せばいいだけだよ」
「あ、え、えっと……」
フィオナに優しく背中を押され、レナの身体がドロシーたちの方へと向く。同じく飲み物を飲みながらコロネットとじゃれあっていたドロシーたちは、一体何の話だろうかと不思議そうな顔をしていた。
「レナちゃん? どうしたの~?」
「…………」
ドロシーが声を掛けても、レナは何も返せない。沈黙したまま固まってしまった。
少し空気が重たくなってしまったところで、レナはようやく口を開く。
「……あのさ」
うつむいたまま――ドロシーの足に残った小さな擦り傷の痕を見ながら、レナは言う。
「……なんで、レナにちかづくの」
その言葉に最初に驚いたのは、フィオナ。てっきりレナはドロシーたちに謝るものだと思っていたからだ。
張り詰めてしまった空気の中で、レナは続けて話した。
「わかるでしょ。レナはキケンなの。さっきみたでしょ。レナは魔族の力をもってて、うまくつかえなくて、いつもメーワクかけてきたの。こわがられてきたの。ジャマモノあつかいされてきたの。レナにちかづくと、ドロシーたちがあぶないの」
次第に勢いを増していく、レナの告白。
うっすらと紫色に輝く魔力が身体から漏れ出し、彼女の頭部には角が現れ、背中には翼が生える。ドロシーたちは、まばたきもせずただレナの言葉を聞いていた。
「レナは、レナのことがこわい」
小さな拳を握りしめて、レナは言った。
「だから、みんながレナをこわがるのだってわかる。なのに、ムリしていっしょにいる意味なんてない。だから、もうかまわなくていい! ムリにともだちなんて作る必要ない! レナはっ! レナは、べつに、ひとりで――」
そこまで言ったところで。
「レナちゃん」
ドロシーが、レナの手を握った。
強く握った。
レナがようやく顔を上げる。
ドロシーは、おさげを揺らしていつも通りに笑った。
「レナちゃんの角は、かっこいいね! ツバサは、キレイだね!」
「……え?」
「レナちゃんがすごいことは、わかってたよっ。でもね、今日はもっとすごぉーいってわかった! わたしたちをたすけてくれてありがとう! それに……わたしはもうレナちゃんとおともだちだって思ってるよ!」
ドロシーの言葉に、レナの瞳が大きく見開かれる。
それに三人娘たちも続いた。
「え、ええと。なんだかよくわからないことばかり起きて、正直よくわからないのだけど……」
「う、うん。ほんと、びっくりしすぎちゃってなんのこっちゃだけどぉ……」
「今までの状況をのみ込むだけで、私たちはいっぱいいっぱいなのですけれど……」
聖都で育った箱入り娘の三人にとって、今回のことはそれほどに衝撃的だった。
三人はそれぞれに顔を見合わせて、それから一様にうなずいて続ける。
「と、ともかく! レナさんに助けてもらったのは事実だから! その……ありがとう、ね?」
「うんうん! ほんとにすっごいこわかったんだよ~もうっ! ありがとうレナちー!」
「レナさんがドロシーさんを……私たちを必死になって助けてくださったとき、とてもうれしかったです。感謝……していますわ」
クラスメイトの三人娘――アイネ、ペール、クラリスもまた、それぞれにレナへと礼を告げた。
「…………なん、で……」
レナは、動揺していた。
ドロシーはともかく、アイネたちにはずっと嫌われていると思っていた。疎まれていると感じていた。だから近づかなかった。近づいてほしくなかった。
なのに、そんなにも穏やかな優しい表情で礼を言われる理由がわからなかった。
どうしてそんなことが出来るのか。
レナは、三人の顔を見たまま硬直してしまう。
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