♯123 “絶海”のコロネット


 レナが目覚めてすぐに、ドロシーと三人娘たちもそれぞれに意識を取り戻していく。四人とも身体に異常はないようで、すぐに動けるようになるだろうとエステルが教えてくれる。フィオナたちはそのことを心底喜んだ。


 少しずつ状況を受け入れたレナがつぶやく。



「…………そっか。ママたちが、助けて、くれたんだ…………ありがと……ね」



 弱々しく笑うレナを見て、フィオナはレナとドロシー、三人娘たちをまとめて抱擁した。


「うう~! みんなが無事で本当によかったよぅ~~~!」


 レナだけでなく、ドロシーたちも突然抱きつかれて少々困惑していたようだったが、それでも四人が四人ともホッとした表情を見せ、それぞれの無事を喜ぶ。

 また、フィオナが「ママ」と呼ばれた理由がまだわからないクレスたちは疑問顔を浮かべるしかなかった。


 やがて皆が動けるようになったところで、ヴァーンが手の平サイズほどに小さくなっていたミニタコ状態のデビルクラーケンをつまんで戻ってくる。さすがにクラーケンはもう戦うような元気はないようだが、それでもうねうねと触手を動かしたり、ちょっぴりの墨を吐いてなんとか逃げようとしていた。


「はー、ずいぶんちんまくなったもんだ。このサイズならバクリと食えそうだなァ?」


 ヴァーンが顔を近づけてつぶやくと、クラーケンはさらにバタバタと脱出を試みる。だがもはや逃げる術はない。あまりの小型サイズ化に、レナたちさえツンツンと突いてしまえるような無力さだった。


 さてこの魔物をどうしたものか――全員がそう思ったときである。



「まてまてまてぇ~~~~~~なのだっ!!」



 海の方から聞こえてきた甲高い声に、クレスたちは一斉に振り返る。

 先ほどの爆発で崩れてしまった入り江の岩場――その上に、何者かが太陽を背に仁王立ちしていた。小柄なシルエットだけが見えて顔はまったくわからない。


 何者かが言った。


「いっつも人間たちばっかり楽しそうにして……あたしたちだってあそびたいのだ! ひとりじめはズルイのだ! なのにこの仕打ちはひどいのだ! おにちくしょうなのだ!」

「え? ひ、ひとりじめ?」

「ゆるせないのだ! そこでまつのだー!」


 意味のわからない発言にフィオナが聞き返して首をかしげると、何者かは「とぉっ!」と声を出して前転ジャンプし、岩場からこちらの砂浜まで飛び降りた。


「――あばっ!?」


 しかし着地に失敗した何者かは顔から砂に埋まり、頭隠して尻隠さず状態に陥る。さらに動けなくなったのか手足をバタバタさせて悶えていた。


 クレスたちは顔を見合わせ、見かねたフィオナが救出に向かう。


「だ、大丈夫ですか?」

「うう……けほけほっ。あ、ありがとうなのだ。たすかりましたなのだ。良い人なのだ」

「そ、それはよかったです。それであの……あ、あなたはどちら様なのでしょう……?」


 助けたフィオナがそう問いかけると、笑顔をうかべていた何者かはハッとしてフィオナから距離を取る。そして目にも留まらぬスピードでヴァーンの手からクラーケンを奪い取った。


「うぉっ!? は、はええ!?」


 不意をつかれて驚愕するヴァーン。

 何者かはクラーケンを自分の頭にちょこんと乗せ、顔に砂をつけたままズビッとフィオナたちを指差して大きな口を開く。



「おまえたちはひどいのだ! あたしのともだちをこんがり焼いちゃうなんて、もうおこなのだ! このあたしが――『絶海のコロネット』がせーばいしてやるのだー!」



 ババーンと派手な効果音でも聞こえてきそうな宣言を下す少女――コロネット。


 ようやくまともに見えるようになったその姿は、幼き少女そのものであった。

 身長はレナやドロシーと同程度で、童顔ながらその眉や瞳には強気な凜々しさも感じられる。海のような深い色をしたセミロングの髪はボブカットで、頭部でクラーケンの隣に並ぶ小冠と、魚をデザインした形の髪留めが可愛らしい。瞳も同じく美しい青。胸元にはリボン、下はスカートタイプのキュートな水着がよく似合う、健康的な年頃の少女といった容姿である。


 ただし――耳の辺りには美しいヒレのようなものがついていた。


「……魔族……さん?」


 ぼそりとつぶやくフィオナ。

 コロネットの発言にほとんどの者が呆然とするしかない中で、クレスとヴァーンだけは反応が違った。

 ヴァーンが耳の穴に指を突っ込みながら面倒そうに息を吐いた。


「ア゛ー。おいクレス。このウザさはマジもんだぜ」

「どうやらそのようだな……」


 二人の会話を聞いて、フィオナが「え?」と困惑気味にそちらを見る。エステルはサングラスを外し、困惑しまくりのリズリットや子どもたちはフィオナのそばで事態を静観していた。


 クレスが一歩足を踏み出して言う。


「まさかまた会うことになるとは……久しぶりだな」


 そんな発言に、仁王立ちのコロネットが首をかしげる。


「へ? ひさしぶり?」

「ああ。覚えていないか?」

「んん~? ちょっと待ってほしいのだ。すぐおもいだすのだ。記憶力いいほうなのだ!」

「わかった」


 納得して返答を待つクレス。

 腕を組んでうなるコロネットの首はさらに傾き、もう顔を真横にしたような状態でクレスをまじまじと訝しげに見つめた。


「ん~? んんっ? ん、んん~~~~~~?」


 やがてピタリとその動きが止まり、コロネットの目が大きく開かれる。



「…………ひょっとして、クレス?」


「ああ」


「勇者クレス、なのだ?」


「今はもう勇者ではないけどね」



 そんなクレスの返答を聞いた瞬間。


 コロネットの顔が、一瞬で青ざめていった。



「ぴ……ぴぎゃあああああああああああああああ~~~~~~~~~~~!!」



 彼女は悲鳴を上げながらその場に尻もちをつき、涙目になって全身をぷるぷる震わせながら土下座した。



「なまいきなこといってごめんなさい! むりやりいっしょにあそぼうとしてごめんなさい! もうしませんのだ! 約束しますのだ! だからまえみたいに“おしおき”しないでほしいのだぁ~~~~~~~~~! うわあああああぁぁぁ~~~~~~~ん!」



 小さく丸まって号泣し、何度もペコペコと頭を下げるコロネット。


 フィオナたちがさらに呆然としてしまう中、ヴァーンがだるそうに肩をすくめ、クレスは困ったような顔で頬を掻いた。

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