♯122 燃える母



「レナちゃんっ!!」



 フィオナの声が大きく響いたとき、クレスとヴァーンが同時に手を掲げた。


「戻れ聖剣ファーレス!」

「逃がすかよボケがッ!」


 すると触手に奪われていたクレスの《聖剣ファーレス》がまばゆい光を放ち、クラーケンはまるで火傷でもしたようにショックを起こして思わず剣を手放した。また、ヴァーンの《爆槍グラディア》もざわざわと黒くなり小さな爆発を起こして触手を吹き飛ばすと、二人の武器は“勝手に”持ち主の手中に戻る。


「魔物に聖剣は必要ない」

「へっ! 自分より上位クラスのレベルのたけぇ魔族の武器なんて危険だぜっ!」


 武器を取り戻した二人を見て、クラーケンは戸惑うように『デュロロロロ~!?』と妙に愛嬌のある声を上げた。

 さらに次の瞬間、入り江の海がパキパキと音を当てて凍りついていく。それによってクラーケンは足元から動きを封じられた。


「さすがに海を周囲から凍らすのは手間が掛かったわ。けれど、これで潜って逃げることも出来ないでしょう。さぁ者ども、やってしまいなさい」


 既に勝利を確信しているのか、サングラスをかけたまま優雅に手を差し向けるエステル。クラーケンは一転して慌てたように弱々しい声を上げ、触手をビチビチと震わせる。だが逃げることはかなわない。


 にやつくヴァーンが槍を構えて悠々と言う。


「一点突破にゃオレのが向いてんな。クレスはあのガキ頼むぜ」

「了解した」

「うし、クッソマズそうだがタコ焼きにしてやんよ! オラァッ!」


 槍を足元の砂に刺して小爆発を起こし、その推進力によって高く飛び上がったヴァーンは上空から槍を投擲。

 クラーケンの脳天に直撃した槍は切っ先から爆発を起こし、クラーケンの悲鳴が響く。同時に触手の力が弱まり、捕まっていたレナの姿が垣間見えた。


「いけやクレス!」

「ああっ!」


 隙に駆けだしていたクレスは、クラーケンが怯んでいるうちにその聖剣でレナを掴んでいた触手たちをまとめて切り裂くと、躊躇することなく聖剣を浜へ手放し、そのまま両手でレナの身体を受け止める。ぐったりとして意識を失っているが、レナに大きな怪我がないことにクレスは安心する。


 これでもう、人質はいなくなった。


「フィオナちゃん、今よ」

「はいっ! ――集え、焦がれし万感の赤熱」


 既に十分な魔力を練り上げて準備していたフィオナは、サングラスをかけ直したエステルの合図を受けて《星の杖》からその魔力を開放。


 烈火を喚び起こす。


 彼女は、燃えていた。

 



「わたしの……わたしとクレスさんの子どもに手を出すなんて許しませんっ! 【ロォラ・インパルス】!!」




 杖の宝石が真っ赤に光り輝き、フィオナの放つ強大な魔力が赤い粒子状になってクラーケンの元へ飛んでいく。

 そして粒子たちがクラーケンの頭部――そこに刺さっていたヴァーンの槍と重なった瞬間に火花を散らし、海を揺さぶるほどの大爆発が発生。衝撃が凍った海を破壊し、岩場を吹き飛ばして、クラーケンは業炎に包まれた。

 クレスがレナを、エステルが氷壁でリズリットと子供たちを守り、ヴァーンが爆風に乗って悲鳴を上げながら砂浜を転がっていく。


 やがて火が落ち着いたとき……クラーケンはぷすぷすと焦げた煙を上げながらぐにゃりと倒れ、その身体が縮んでいく。どうやら魔力で体格を作り上げていたようだった。


「……ふぅ。あっ、みんな大丈夫ですか!?」


 息を落ち着けたフィオナが辺りに声を掛けると、クレスたちからそれぞれに声が帰ってくる。遠くで砂に埋まっていたヴァーンも左手だけを振って答えた。フィオナは全員の無事を確認し、クレスの腕の中で気を失っているレナを見て心から安堵した。


 エステルが身体についた砂を払い落としながら立ち上がる。


「みんな無事のようね。ええと……ところでフィオナちゃん、この子はいつ貴女とクーちゃんの子どもになったのかしら」

「ふぇっ!? あ、そ、そのですねっ、えっと、さっきのはつい……い、いろいろありまして! わたし! 不肖ながらレナちゃんのママ代理になりましたので!」

「マ、ママ代理?」

「はいっ!」


 キラキラした目で熱く語るフィオナに、さすがのエステルも少々呆気にとられてサングラスをずらした。


「よ、よくわからないけれど……まぁいいわ。それにしても、相変わらずフィオナちゃんの炎熱魔術は恐ろしい威力ね。それでも今のはずいぶんと手加減をしたでしょう」

「わぁわぁわぁ~~~! フィオナ先輩すごいです! 手加減をしてあの魔力量なんて、もう最強です!! 最強のお嫁さんです!」


 黒い煙の方に視線を向けるエステルと、珍しくテンション高めでフィオナに詰め寄るリズリット。フィオナはその勢いに軽く身を引いた。


「あ、ありがとうリズリット。でもまだまだだよ。それに、ちょ、ちょっと手加減に失敗しちゃったかも……。つい、熱くなっちゃって……」

「クーちゃんと結婚してから、フィオナちゃんの魔力は以前のものを軽く凌駕しているわ。やはり精神的な充実が与える影響が大きいのかしら……。もしそうなら私もそろそろ……うーん……」


 真面目に何かの考察を始めるエステルと、手を組んで目を輝かせ続けるリズリット。かつてフィオナから指導を受けていたリズリットではあるが、フィオナが実際にここまでの魔術を使う場面を見たことなどほとんどなかった。当然、そんな魔術が必要になる機会がなかったからである。


 と、そこで砂まみれの身体を払うこともしないクレスがレナを大事に抱きかかえたままフィオナたちの元へやってきた。


「ありがとうフィオナ。おかげでみんな無事で済んだよ」

「クレスさんっ。ああ、よかったです……クレスさんにも、レナちゃんたちにも怪我がなくて……」

「君のおかげだ。――と、もう気がついたみたいだな」


 ちょうど全員が集まったところで、まずはレナが最初に目を覚ました。

 ぼうっとしたその瞳に、不安げなフィオナの顔が映る。


「レナちゃんっ! 大丈夫? おかしいところはない? わたしだよわかるっ?」

「…………? ふぃおな、まま?」

「そうだよ! ああ、よかったぁ……」


 瞳を潤ませながらレナを抱きしめるフィオナ。レナはまだ何が起こったのかよくわかっていない様子だが、自分を囲むクレスたちを見回して徐々に意識をハッキリと覚醒させていった。

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