♯84 魔族ローザ

 魔族の登場に、フィオナたちはそれぞれに武器を取る。子供に戻っているクレスもまた、しっかりとその両手に剣を握っていた。


 ショコラが指を差して言う。


「アイツがお花を独り占めしてるってゆー魔族だよ! 前に来たときも、ご主人のジャマしてきて採取出来なかったんだー!」

「あらぁ? アナタは以前もきた可愛らしい黒猫ちゃんね。なぁに? またワタクシの愛に魅了されにきたのかしら。ウフフ、同じ魔族同士なら可愛がって差し上げますわよ。おいでなさい」


 からかうように手招きをする魔族に、ショコラは歯をむき出しにして威嚇する。


「うがー! ウチはそっちのことキライ! あなたヘンなニオイするもん! クサイ!」

「く、くさっ!? ……ウフ、ウフフフ! ずいぶんと失礼なことを仰いますわね。どうやら躾が必要なようですわ……!」

「バーカバーカ! そんなのどーでもいいからこっから出てってよネー! 『愛の蜜』がとれないでしょー!」

「何かと思えば……性懲りもなく蜜を狙いに来たのですわね。ワタクシ、とても悲しいわ」


 ベーと舌を出すショコラに、呆れたように首を振って肩を落とす妖精。


 フィオナが星の杖を握ってエステルにささやく。


妖精ピクシータイプの魔族でしょうか」

「そのようね。妖精の魔族は力こそないけれど、高い魔力が厄介だわ。油断はしないで」


 うなずくフィオナ。

 そんな彼女の前には、小さなクレスが剣を握って立つ。

 まだ幼く、勇者としても発展途上であるはずのクレスは、魔族相手になんら怯むこともなく足を踏み出して堂々と発言する。


「お前がここを支配する魔族か。どうやらお前のせいで困っている人たちがいるようだ。魔族とはいえ女性を相手に戦いたくはない。ここを退いてくれると助かる」

「あらぁ。今度はまた可愛らしい紳士が現れたものですわね。けれど支配ではありませんわ。ワタクシはここの花々と共生し、“彼女たち”を守っているだけですの」

「共生? 守るだと?」


 疑問のクレスに、妖精は胸元に手を添えてそう言った。

 まぶたを閉じる彼女の表情は実に穏やかなものであり、立ち振る舞いには妙な気品すら溢れる。


「――そう、ワタクシは愛の化身。愛を司る『ラピッドピクシー』の魔族ですわ。ゆえに、例え魔王様がいなくなってしまった今でも、美しく、そして愛のあるモノを守る使命がありますの。決して支配などではありませんわ」

「む。そ、そう……なのか?」

「ええ。むしろ花々を一方的に搾取し、利用し、身勝手な扱いで支配しているのは人間たちでしょう? この子たちはただ懸命に生き、命を後世に繋ぐため咲き誇っているというのに。この美しさを己の欲望で穢し、驕り、昂ぶる罪深い人間たち。どれほどの時代が過ぎても変わりませんことね」

「む……」


 ずいぶんと口の達者な妖精に、子供のクレスは何も返せなくなってしまう。どうやらこういう相手はクレスが苦手とするタイプのようであった。


 妖精は機嫌良さそうに手を広げ、続けて話す。


「よろしいでしょう。黒猫ちゃん以外はこのワタクシを知らないようですから、まず自己紹介をいたしましょう。そう、このワタクシこそは、元魔王様の忠実なる配下にして、愛ので――」


「ほいっと」


 そこで、ヴァーンが唐突に槍をぶん投げた。


「へ? ――きゃああああああああ!?」


 悲鳴を上げながら素早く身を引いてかわす妖精。

 ギリギリ避けられたことで直撃こそしなかったものの、遠くに飛んでいったヴァーンの爆槍グラディアは花畑に着地すると激しい爆発を起こして地面をえぐり、花々を散らした。

 ヴァーンがくいっと人差し指を引くと、槍はひとりでに動いてヴァーンの手に戻ってくる。


「チッ、避けやがった」


 舌打ちするヴァーン。

 妖精は爆発の光景にわなわなと震え、両眉をつり上げてヴァーンを睨みつけた。


「な、ななななな何をしてくれやがるんですことっ!?」

「ハハ、すまんすまん。なんか面倒くさそうなヤツだからさっさとヤっちまおうと思って」

「このワタクシが自己紹介をしている隙を狙うなど卑怯極まりないですわ! 野蛮人! 人の話は最後まで聞けと教わってこなかったんですの!? 恥を知りなさいませ!!」

「あーうるせー。オレ、顔は良くてもやかましい女はタイプじゃねーんだわ」


 だるそうに耳に指をツッコむヴァーンに、妖精はぷるぷる震えて激昂する。


「だだだだまらっしゃい! 女のエスコートも知らない男はモテませんわよ! どうせ独り身で愛も知らない惨めなケダモノなのでしょう! 一から愛を学びなさいませ!」

「あ、当たっているわ……!! この魔族、見る目があるわね。一目でこの男の本性を見抜くなんて……恐ろしい敵だわ……」

「オイコラてめぇ! どっちの味方だエステル!」

「ヴァ、ヴァーンさん……エステルさん……。いつも通りですね……」


 魔族を相手にしても緊張感のないやりとりに、苦笑するフィオナ。おかげで肩の力が抜けていた。クレスも目を点にしている。


 それでもショコラは「うー!」と牙を剥いて髪を逆立て、警戒を解かない。

 さらにクレスがフィオナの前に立ったまま告げた。


「気をつけてくれ、フィオナお姉さん。あいつは強い」

「え?」

「お兄さんは本気で・・・槍を投げていた。それも目を閉じて油断していた相手に。あの不意の攻撃をとっさにかわした反応速度といい、この――練り上げられた魔力の濃さはまさに高位魔族だ」


 そのとき、フィオナがぞわっと寒気を覚えて妖精の方を見た。


 一同の前で、魔族の妖精は身体を震わせる。



「なんと無礼……なんと卑劣……なんと粗暴……! これだから、これだから人間は嫌なのですわ。何よりも……ワタクシの、美しい花々かぞくを…………あんなにも、無残に……!」



 震える妖精の目が、光った。


「許せませんわ……許せない、許せない、許せない……! 許せない、許せない、許せない、許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せないいいいいいい!」


 広がる妖精の四枚羽から、鱗粉のようにも見える多量の粒子が――膨大な魔力が放出される。


 

「花の美しさを穢す、地上に蔓延る害悪がッ!! 愛の貴族、『ローザ・ベルベット』が死をもって償わせる!」



 そこでエステルが真っ先に“罠”に気付き、口元を抑える。


「これは……魔力の鱗粉……っ! みんな、これを吸い込んではいけない!」


 だが、既にフィオナたちの周囲はすべて妖精――魔族ローザの発した魔力によって覆われている。

 ローザの放った粒子状の魔力は羽が生み出す風によってさらに花畑中へ縦横無尽に広がっていき、そこから発せられる甘い香りは否応なくフィオナたちを襲う。


 エステルはその場で魔力を練り上げ、周囲の鱗粉を氷結させて固め、砕く。フィオナもすぐに身体から炎の魔力を発散して鱗粉を燃やしたが、それでもわずかに吸い込んでしまった。

 クレスやヴァーンも既に吸い込んでいたようで、ショコラも「ヘンなニオイ~~~」としかめ面で鼻をつまみ、そのショックか黒猫の姿に戻ってしまった。


 ローザが高笑いする。


「あっははははははは! 甘美でかぐわしいでしょう? もう遅いですわぁ! ほんの少しでも吸い込めばアナタたちは愛の奴隷、ワタクシから逃れることは不可能ですわ!」

「クッソ! オイなんかやばそうだぞ! やっぱオレが先制しといて正解だったじゃねーか!」

「外した無能は黙って。ともかくみんなそれ以上吸わないように気をつけて!」


 口元にハンカチを当てたエステルの言葉を聞き、ローザは余裕綽々と笑い続ける。


「ウフ、ウフフフ……注意警戒など無意味! もはや戦にもなりません。ワタクシは慈悲深い愛の伝道師ですから、心に愛を持つ者だけは審査の上で花の育成者ペットにして差し上げましょう。ですが――」


 ローザはパチンと指を鳴らし、言った。



「愛なき者は死ねッ!!」



 途端に、ヴァーンとショコラがその動きを止める。


「――ぐっ!? んだ、こりゃ……動け、ねぇ……!?」

「――にゃあっ? ふにゃ、にゃぁぁぁ~~~……」


 苦しげにうめくヴァーンと弱々しい声のショコラの全身が石のように硬直していき、なんと、二人の頭部から真っ白い花が一輪咲いた。

 同時に、ヴァーンとショコラの足元から――その身体から“色が消えていく”。


「「「!!」」」


 その光景にフィオナたちが愕然とし、ローザは高笑いを続けながら言った。


「ウフフフフ! まだ何色にも染まらない名もなき無垢な花、それはアナタ方の生気を糧に育つのですわ。そして花が美しく色をつけたとき、アナタ方は真っ白な灰となって養分の役目を果たすのです! これこそワタクシの愛の魔術――【死して花実が咲くものフルール・セーメ】ですわ!」

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