♯66 ウェディングイベントの終幕
レミウスたちに気付いたフィオナはすぐそちらへ向かう。
「大司教様っ、動いてはいけません! 魔力欠乏が一時的に収まっただけですので、すぐに身体を休めてください! 他の皆さんも!」
「…………」
フィオナの言葉に沈黙するレミウス。
場が静まる。
街の人々は、後ろからフィオナを守るように教会側と対立していた。
そこで教会の幹部が一人、意を決したように口を開く。
「……レミウス様。もう、これ以上はよしましょう」
その言葉に、他の面々も続く。
「レミウス様。彼女は冠のことを鑑みず、我々を救ってくださいました。やろうと思えば、我々のことなどどうにでも出来たはずです」
「彼女の魂は、決して穢れてなどおりません。清らかな心の持ち主です。人々がこうまでして味方につくのが、何よりの証拠でありましょう」
「勇者様が彼女を見初めたことには、大きな理由があるはずです」
「レミウス様、どうか彼女を……」
手を組む幹部たちの懇願に、位の低い
レミウスは静かに幹部たちの声を聞き、やがて――フィオナの目を見てつぶやいた。
「……君は」
「は、はい……?」
「…………いや、なんでもない。それよりも、冠を探さねば……うっ」
未だに冠への執着を見せるレミウス。
幹部たちが慌てて身体を支えるが、彼がもう動けない状態であることは明白だった。冠も既に瓦礫の下に埋まってしまっており、たとえ見つけても無事である保証はない。
そこへ、聖女ソフィアがメイドを従えて介入する。
「うふふ、ご心配は要りません。冠でしたら、こちらにございます」
フィオナもレミウスも――そこにいるほとんどの者が驚愕に声を失った。
聖女の頭頂部に輝く、聖なる至宝。
『
「なっ…………せ、聖女様、まさかあれはっ!」
「はい。宝箱に入っていたのはレプリカです。
聖女の発言に思わず腰を抜かすレミウス。幹部たちも安心しきったのか、足を崩してしまう者が多かった。
聖女は丁寧に頭を下げる。
「皆さま、申し訳ありません。まさかここまでの大事になるとは思い至らず……。司教のしたことも含め、今回のトラブルはすべて
すると――そこでレミウスで「くっく」と笑いだした。
「フッ……クックック、ハハハ! なるほど。我々は始めから貴女様の手の平で踊らされていたか。だが……冠さえ無事ならば、それでよろしい」
「私をお叱りにならないのですか?」
「叱る気力もございません」
疲れ切った様子で深い息を吐くレミウスに、聖女は目をパチパチとさせて、小さく微笑む。
「そうですか。では――」
それから聖女は、フィオナの元へ向かった。
「フィオナ・リンドブルーム・ベルッチ」
「は、はい」
「大変、見事なご活躍でした。こうして助けていただくのも、二度目になりますね。街を――皆をお守りくださったことに感謝申し上げます。約束通り、こちらの冠を」
聖女は自ら冠を外し、フィオナの方に差し出す。
レミウスは、もう何も言わない。
クレスたちも、フィオナがそれを手にする瞬間を心待ちにしているようだった。
フィオナはしばらくその冠を見つめて――
「……いいえ。わたしには、必要ありません」
丁寧にお辞儀をして、冠を返却する。
その言動に、全員が驚いて目を見張る。
フィオナは、自身の胸元に手を当てながら話す。
「もういいんです。だって……みんなが、わたしのために力を貸してくれました。応援してくれました。わたしが欲しかったものは、もう、ここにあるんです。それだけで……十分なんです……」
そう話したフィオナは、周囲に向かって頭を下げる。
「せっかくわたしのためにたくさん頑張ってくれたのに、ごめんなさい。ただ……どうか、どうか一つだけお願い事を聞いてもらえるのなら、これから、クレスさんと一緒に生きていくこと、見守っていてください。お願いします」
隣で、クレスが何も言わずに微笑む。
聖女ソフィアも、納得したようにうなずいて冠を引き下げた。
頭を下げる花嫁を見て、その場の全員が理解する。
フィオナは、どんな願い事も叶えられる権利を棄てた。
その上で、何の強制力もないただのお願いをした。
フィオナに命を救われた教会の幹部らと、そして数名の部下たちがほとんど同時に涙をこぼす。
ヴァーンがかっかと笑った。
「ナハハハハッ! いいねいいねぇ! 教会のお偉いさん方もここまでされちゃ何も言えんだろ! フィオナちゃんはそういう子なんだよ!」
「そういう子だから、クーちゃんが選んだのよ」
エステルもそれに続く。
さらにセリーヌやリズリットが前に出て、フィオナのそばに寄った。
「ちょっとちょっとぉ! 花嫁がなーにいつまでも辛気くさい顔してんの! ほらほら、帰ってお色直しするわよ! 皆に綺麗な姿見てもらって終わりましょ! 今日はあんたにとって一番の日にしないと!」
「フィオナ先輩っ、行きましょう、です! リズのケーキ、食べてくださいね!」
四人の声に、周りの都民たちが笑顔で拍手をくれた。
皆に囲まれて、フィオナは両手を組み、胸の前でぎゅっと握りしめる。クレスがそっと彼女の肩を抱いた。
フィオナは思った。
自分は今、この広い世界で一番幸せな花嫁になれのたかもしれない。
だからフィオナはただ感謝だけをして、皆に、頭を下げ続けた。
そこに、レミウスが近づく。
「ベルッチ嬢」
「……大司教様」
フィオナの前に立ったレミウスは、まず始めに聖女ソフィアの顔を見た。
「?」
聖女が不思議そうに首をかしげる。プリズムの髪がさらりと揺れた。
それからレミウスは、フィオナの方に視線を移す。
そして彼は、わずかにだけ微笑んだ。
「――君の方が、よほど『聖女』にふさわしいかもしれぬ」
レミウスは、ただそれだけを告げて去る。幹部や部下たちが慌てて後を追った。
「……え?」
まばたきをして呆然とするフィオナ。
真っ先に動いたのは、聖女ソフィアであった。
「ちょ、ちょっとぉ! レミウス待ちなさーい! それってどういう意味よーッ!」
プリプリと怒ってレミウスを追いかけていくソフィア。メイドが周りに頭を下げてから後を追う。
場の緊張は完全に解けて、皆がどっと沸いたように笑い出した。そしてすぐに会場へ戻ろうという声が上がり、人々は動き出す。
口を開けたまま呆けていたフィオナに、クレスが言う。
「俺たちも戻ろう、フィオナ。まだ式は終わっていない。」
その笑みを見て、フィオナは目を滲ませる。
「……はいっ!」
こうして、聖女ソフィアが企画した宝探しのウェディングイベントは波乱を巻き起こしながらも幕を閉じる。
皆の祝福を受けるフィオナの銀髪が、わずかにオーロラのような――プリズムの輝きを放っていた。
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