♯24 夜の時間
それからしばらく四人で話をした後、店を後にするクレスとフィオナ。
外は夕焼けに染まり始めており、自然界から抽出した魔力をエネルギーとして使用する外灯――『魔力灯』の優しい明かりが街を照らしている。
そんな今では生活必需品となりつつ『魔力灯』を始め、船や飛空艇など魔力を用いた技術は他にも様々あるが、そのすべては戦争の産物であり、今では大陸全土に広がって人々の生活を豊かにしていた。
「じゃあね~二人とも。サービスするからさ、またいつでも店に遊びに来なさいな。ちょっと早とちりしちゃったけど、正式に結婚式が決まったら呼びなさいよ!」
「フィオナ先輩、グレイスさん。暗くなってきましたので、どうかお気を付けて……」
店頭でセリーヌとリズリットに見送ってもらう。店はこの一年でだいぶ軌道に乗ったようで、セリーヌはこれからもあの店を守り、リズリットもしばらく店で働いてみるとのことだった。
ようやくドレス姿からいつもの服装に戻ったフィオナに、隣からクレスが尋ねる。
「フィオナ、結局ドレスは買わなくて良かったのかい? お金のことなら心配は……」
「いいんです。あんなに高い物は必要ないですよ。それに……わたしたちはまだ、その、結婚すると決まったわけでは……」
「……そうだね。ただ、君のドレス姿は本当に綺麗だったよ。正式な場で、あのドレスを着ているフィオナを見てみたいと思った」
「……え? クレスさん……それって…………」
フィオナがクレスの顔を見上げる。
そのとき、街に鐘の音が響き渡った。
リンゴーン、リンゴーン――。
日が暮れる、という合図の鐘だ。
普段、聖都の人間はこの鐘が鳴ったときには仕事を切り上げ、家に戻るという生活スタイルを取る。もちろん宿屋や酒場、飲食店などの接客業は別だが、多くの一般人にとっては一日の終わりを告げる音だ。
だが、今日は特別な祭りの中日。大人も子供も家路につくことはなく、まだまだ騒がしい時間を過ごすようである。
「フィオナ、俺たちはどうしようか。食事にはまだ早いが……どこか他に行きたいところはあるかい?」
「え? そ、そうですね、ええっと……あっ、す、少しこちらで待っていてもらえますか? あの、わたし、寄りたいところがあって」
「ああ。それは構わないけれど、どこへ? 俺も一緒に行こうか」
「い、いいんですいいんです! ちょ、ちょっとした用事ですからお手間を取らせるわけには!」
「そうかい? わかった。それなら待っているよ」
「すみません! すぐに戻りますね!」
フィオナは少し照れたように掛けだしていく。
ひょっとしたらデリケートな事情を訊いてしまったのかもしれないと、クレスは少しだけ自らを恥じた。乙女にはいろいろあるのだと、先ほどセリーヌに言われたばかりである。
日が暮れていく街中には、徐々に恋人同士の姿も目立つようになっていた。
「……俺は、本当に何もわかっていないんだな」
一人になったクレスは、フィオナと出会ってからのことを振り返っていた。
女性と共に暮らすとはどういうことなのか。
どのように彼女を扱っていいのか。
クレスには――圧倒的に経験が足りない。
だから先ほどの店でのように、セリーヌやリズリットに誤解させるような発言をしてしまった。あのとき、フィオナが少し悲しんでいるように見えたのも勘違いではないだろう。結果的に誤解は解けたが、一時でも彼女たちにあんな思いをさせてしまったことをクレスは申し訳なく感じていた。フィオナの両親にもあれだけのことを宣言しておきながら、自分は何もわかっていない。
――フィオナと共にいることを決めた。
しかし、ただ決めただけで他には何も出来ていない。
自身の気持ちさえよくわからず、彼女の気持ちを受け止め切れていない。
婚約も出来ておらず、中途半端な状態だ。
フィオナはそんな現状も受け入れ、これからの未来を考えてくれているが、本当にこのままで良いのかとクレスは考える。
自分の胸に、手を当てた。
「……俺は、彼女とどうなりたいのだろう。フィオナは、どうしたら喜んでくれるのだろうか」
悩む。すぐに答えは出ない。
懐かしい戦友の言葉がまたも脳裏に蘇る――。
『――おいクレス、女ってのはいいもんだぞ。馬鹿な男をまるごと受け入れてくれる包容力の高い女の子がいいな。ベッドの中で包まれてみろ。お前にもわかる』
『包容力……エステルみたいな子か?』
『ハァァァン!? あんな氷結系絶壁女子に包容力なんてモンあるわけねーだろ! いいか? 包容力ってのは“愛”だ。そんでもって“乳”だ! 俺の調べではこの二つは比例する! つまり胸がデケェ女を探せ! デートして仲を深めろ! お前みたいなヤツには引っ張ってくれる女が必要だが、間違ってもエステルみたいなのを嫁にすんじゃねーぞ!』
『――ふぅん? 誰が嫁にしたくない女子ナンバーワンの氷結系貧乳なのかしら』
『うおおおッ!? お、お前いつからそこに――ってそこまで言ってねーだろ! オイコラ! 笑顔で俺の足元から凍らそうとしてんじゃねぇ!うぎぎ動けねぇぇぇぇ!』
『うーむ、俺はエステルは優しいと思うが……』
『笑顔で人を凍らす女が優しいわけねえだろぉぉぉぉぉ!』
――いや、やっぱりエステルは優しかったと思う。
だが、確かにフィオナとは違う。フィオナの優しさはなんというか、海のように広く深い、そして胸が安らぐ甘いものというか。そんな感じがする。
かつての仲間との回想を終えたクレスは目を開けた。
すると、目の前に二人の少年がいた。
「うおっびびった! な、なんだよにーちゃん、立って寝てるのかと思ったぜ!」
「ああ、君たちはあのときの……」
それは、既に顔なじみとなっていた二人である。
「ケインだ! んでこっちがトール! 将来騎士になる男の名前はちゃんと覚えといてくれよな!」
「そうだったな。すまない、ケイン。トール」
クレスのような騎士になると宣言したのがケインで、そんな彼を支える役目らしい魔術師志望の子がトールだ。ケインはレプリカの騎士のマントと剣を、トールもレプリカの魔術師の帽子をかぶって手には杖を持っており、祭りを楽しんでいるのがうかがえる。二人のように仮装している者たちも多い。
「んで、にーちゃんはこんなとこで何してんだよ。せっかくの祭り楽しんでんのか? フィオナは?」
「ああ、彼女は少し用事があってね。待っているところだよ」
「ふーんそっか。ま、夜はこれからだ! 女はなによりデートを喜ぶもんだからな、ちゃんとにーちゃんがエス、エス……エスケットしてやれよ! ウマイもん食ってキレイなもんプレゼントしろ!」
「『エスコート』な。ていうかケイン、子供が年長者に言う発言じゃないって」
「おいおいトールなめんなよ? オレはこの街のデートスポットならだいたい知ってんだぜ!」
「お前のお姉さんに聞いただけだろ。そもそもお前女とデートしたことないじゃん」
「うるせー! バラさなくていいだろ!」
ギャーギャーと揉め出す少年たち。
クレスはそれを止めようとしたが、その前にハッと気付いた。
――デート。
男女が二人きりで会うこと。恋人同士が逢瀬を重ねること。
よくよく考えてみれば、今の自分とフィオナの関係もそうなのではないか。
さらに気付く。
今自分たちがしているのがデートだとして、自分はフィオナを何もエスコートなど出来ていない。それどころか彼女にいろいろと気を遣わせてしまっている。プレゼントを贈る予定などまったくなかった。
――これは、男としてあまりに情けない状況なのではないか?
――このままでは愛想を尽かされてしまうのではないか?
クレスは愕然とした。
「し、しまった……! 俺は本当に何もわかっていなかったッ!!」
頭を抱えるクレス。そんな彼の言動に二人の少年はケンカもやめて呆然としていた。
クレスはカッと目を開いて二人の少年の肩に手を置く。
「君たちに頼みがある!」
「うぉっ!? な、なんだよにーちゃん? そんなマジな顔して」
「ど、どうかしたんですか?」
困惑する少年たちに、クレスは至極真面目に言った。
「俺に――女性とのデートの仕方を教えてくれないか!」
「は?」「え?」
少年たちがお互いの顔を見やる。
そして、ケインがクレスの方を見て言った。
「……にーちゃん、マジで言ってんの?」
クレスは大きくうなずいて応えた。
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