♯23 正直者


「……そうだな。フィオナの好きなところは……」


 答え始めたクレスに、フィオナをまさぐっていたセリーヌの手がぴたりと止まる。


「おっ、なになにどこどこ!?」


 魔の手から逃れたフィオナも、着崩れた胸元を隠しながらクレスの方を見た。リズリットも真剣な顔でクレスを見ている。


 三人の視線が集まる中で、クレスは口を開く。



「――特にはない、かな」



「「「え?」」」



 おそらく三人が三人とも予想していなかった答えに、少女たちの声が綺麗に揃う。

 やがてフィオナがわかりやすく視線と肩を落としていき、それを見たセリーヌがクレスに詰め寄る。


「ちょ、ちょっとちょっと! 旦那さん何よそれ! どういうつもり!?」

「ん? ど、どういうとは」

「あのね、こんな可愛い花嫁前にしてそれはないでしょ! アカデミーの先輩と後輩前にして花嫁に恥掻かせるつもり!?」

「え? いや、そ、そんなつもりは」

「……ひどい、です。フィオナ先輩が、かわいそうです……」


 リズリットも、思わず泣き出してしまう始末である。


 なぜ怒られているか、なぜこんな状況になったのかわかっていないクレス。彼は本当に戸惑っていた。


 ハッと気付いたフィオナがすぐに割り込む。


「い、いいんですセリーヌさん。グレイスさんは正直な人ですから。嘘はつけない人なんです」

「だからってあれはないでしょ! あんたね、こんな人が夫でいいの!? 少し考え直しなさい! これじゃこの先――」

「――彼を悪く言わないでください。お願いします」


 凜としたフィオナの声に、セリーヌとリズリットが動きを止める。


「本当に、いいんです。わたしが未熟なのは確かですから……。セリーヌさん、リズリット。グレイスさんのことを誤解しないでください。グレイスさんも、気を遣わないでくださいね。わたし、これから魅力的に思ってもらえるように頑張りますから」


 健気に寄り添うフィオナ。

 彼女の言葉を聞いて、そしてセリーヌやリズリットの反応を見て、クレスは自分がとんでもない『勘違い』をさせてしまったのだと知り、慌ててさらに言葉を重ねた。


「ちょっと待ってくれないか。俺はフィオナに魅力がないと言ってるんじゃない」

「……え?」

「俺はあまり話が上手いほうでないからな……勘違いさせてしまったなら謝るよ。でも、どこに惚れたと言われても、そんなことはわからないんだ。女性を好きになったことは初めてだし、その理由を上手く言葉に出来ないというか……」

「グ、グレイスさん……」

「悲しい思いをさせてしまってすまない、フィオナ。俺は、フィオナがフィオナだから一緒にいたいと思うんだ。外見や性格や、どこか一つの要素だけで君を判断していない。人には長所も短所もあろうが、それらすべてを合わせてフィオナだろう」


 淡々と紡がれる言葉を、少女たちは静かに聞いていた。

 クレスは真剣に、ただフィオナの方を見つめて言う。


「それでも強いて好きなところを答えるのなら……“全部”、だろうか。俺は、君のすべてが好きだから隣にいる。君の、フィオナのすべてを受け入れたいと思ったから、これからも共にいようと思えたんだ。それが俺の答えだよ」


 ハッキリとした宣言。


 しばらく、静寂が流れた。


「む……な、何か変なことを言ってしまっただろうか? いや、しかし結婚する相手に対してなら皆そういう風に思っているものではないのだろうか……?」


 クレスがそんなことをつぶやいたとき、フィオナが勢いよく抱きついてきた。


「んっ? フィ、フィオナ?」

「……好きです。大好きです……!」

「ど、どうしたんだフィオナ? 泣きそうじゃないか」

「はい。幸せだからです!」


 涙目で元気よく答えるフィオナ。なぜ泣きそうなのかクレスにはわからなかったが、それでも彼女が喜んでくれているなら良いかと思えた。


 沈黙していたセリーヌとリズリットが顔を合わせ、穏やかに笑いあう。


「あはははっ! もう降参っ、あたしの負け! あーもう当てられそう! 予想以上の超ラブラブカップルじゃないの! 旦那さん、さっきは怒鳴っちゃってごめんねっ? や、まさかここまで誠実な男がいるなんて思わなかったの! 許してね!」

「さ、さきほどはひどいことを言ってしまってごめんなさい、ですっ! リズたちの、勘違いでした……。こんな男性も……いらっしゃるんですね……」


 セリーヌが申し訳なさそうにクレスに手を合わせる。リズリットもペコリと頭を下げてから、ちょっぴり感動したように目を潤ませていた。


「ん、ああいや。俺は気にしていないよ。それよりも、嬉しい気持ちが強かった」

「「え?」」

「セリーヌさん、リズリットさん。君たちがフィオナのことを大切に思ってくれているのがわかったから、とても嬉しかった。フィオナは素晴らしい友人を持ったんだね。これからも、彼女の良き友でいてほしい」


 爽やかに笑いかけるクレスに、セリーヌとリズリットは小さく震えた。


「――だぁ~! そこまで言っちゃう~!? もーあたしだってあなたみたいな人がフィオナを貰ってくれて嬉しいわ! フィオナ、良い旦那捕まえたじゃない! 羨ましいわよ! もーあたしが欲しいくらいだわ~っ」

「フィオナせんぱひ……どうか、おひあわへに……。うう、よ、よかったれすぅ……」


 満面の笑みで祝福の言葉をかけてくれるセリーヌ。リズリットはぽろぽろ泣きながら拍手をしてくれていた。


「セリーヌさん……リズリット……ありがとうございます」


 フィオナは二人の言葉をありがたく受け取り、クレスの方を見る。

 そして、クレスの耳元でそっとささやくように言った。



「わたしも――あなたのすべてが大好きです」



 にこ、と微笑むウェディングドレス姿のフィオナ。


 そのとき、クレスは自分の心臓が強く鼓動したのを感じていた。

 フィオナの笑顔を見るたび、声を聞くたびに胸が温かく、熱くなっていく。

 クレスの頭の中では、教会でウェディングドレスを着てバージンロードを歩く彼女の姿が鮮明に想像出来ていた――。

 

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