♯20 婚前ウェディングドレス

 それからリズリットに奥の応接室まで案内されたクレスは、彼女が淹れてくれた熱めの紅茶で一息つきながら世間話をしていた。

 ちなみにフィオナがセリーヌに連れていかれたまま結構な時間が経っていたが、いまだに戻ってきていない。


「――そうか。それでリズリットさんは、セリーヌさんのお店で働いているんだね」

「は、はいです。祭りのときは、アカデミーはお休みなので……。その、『あんたは少し接客でもして人に慣れなさい』って、連れて、こられまして……」


 時折言葉を探すように突っかかりながら、おどおどしたように話すリズリット。視線はクレスから逸らされているし、頬は赤く、もじもじした姿にも落ち着きがない。人見知りな性格なのだろう。相手がクレスのように大柄な男なのであればなおさらだ。


 そんな彼女の姿から、セリーヌの考えに少し納得してしまったクレス。そして自分もあまり話が得意な方ではないが、会話くらいなら協力出来るかもしれないと考えた。

 そのきっかけとしてクレスの方から話しかける。


「リズリットさん。もし君がよければ、アカデミー時代のフィオナのことを教えてもらえないかな?」

「え? リ、リズがですか? で、でも、婚約者さんの方が詳しいのでは……?」

「いや。実は俺は、長い間フィオナと離れていてね。彼女がアカデミーにいるときのことはほとんど知らないんだ。だから、もしよかったら教えてもらえないかな」


 彼女を怯えさせないよう、優しく話しかけるクレス。

 リズリットは少し困ったように両手の指を合わせて緊張していた様子だったが、やがて小さくうなずいてくれた。


「は、はい。リズに、わかることでしたら……」

「ありがとう。嬉しいよ」


 それからリズリットが徐々にクレスにも慣れ始め、会話が進んできたタイミングで、セリーヌが意気揚々と応接室に飛び込んでくる。


「ハーイおまたせ! 準備できましたよー! 花嫁さん1名、入りまーす!」


 セリーヌが開いた扉の向こうから、フィオナの自信なさげな声が聞こえてくる。


「あ、あのぅ、セリーヌさん……わたし、やっぱり」

「もう、なーに照れてんの! ほらほら、愛しの花婿さんに見てもらいなさい!」

「きゃあ!」


 セリーヌから背中を押され、ふらつきながら入室してくるフィオナ。



「あ、あう…………あの、ど、どうでしょう……か……?」



 フィオナがおそるおそるクレスの方を見る。


 クレスは――紅茶のカップを持ったまま石化した。

 いや、石化したかのように動けなくなった。



 ――まるで天使のようだった。



 ボリュームある純白のロングトレーンドレスは咲き誇る花のように華やかで、透きとおるチュール、繊細なレースの装飾が上品な女性らしさを高める。

 頭や耳、首元などにはしっかりと宝飾類まで用意されていて、顔にはナチュラルな化粧も施されている。それらが普段よりもグッと大人っぽい印象をプラスさせ、豊かな胸元が見事なフォルムを生み出し、ドレスから装飾まですべてがフィオナの持つ魅力をより大きく引き立ててくれていた。クレスだけでなく、リズリットもその目を輝かせている。

 

 フィオナのウェディングドレス姿は、それほどに美しかった。


 クレスは立ち上がって言う。


「これをください」

「ハーイお買い上げありがとうございます! よかったじゃないフィオナ! 旦那さん一瞬で虜だよ~! おめでと☆」

「え!? えっ、ええーっ!? あ、あのグレイスさん!? ダメですよそんな! これ、す、すごいお値段します! 最高級品です! 落ち着いてください!」

「――ハッ! あ、あれ、俺は何を……」


 近づいてきたフィオナに手を握られ、正気を取り戻すクレス。セリーヌが軽く舌打ちをしていた。

 フィオナはあたふたとしながら言う。


「セリーヌさん! わたしは試着だけって言いましたよね! 購入はしませんからね!」

「んもー、旦那さんが買うって言ってるんだから甘えておきゃいいのにー」

「ダメですっ! よ、汚しちゃっては嫌なのでもう脱ぎます!」

「あーもったいない待って待ってっ! せっかくだからもう少し着といてよ! それ自慢の新商品だから試着の感想聞きたいの! だからね! お願い!」


 両手を合わせて懇願するセリーヌ。

 フィオナは口を結んで複雑そうな表情をした。


「むう…………そういうこと、でしたら……」

「ありがとフィオナ! ホントよく似合ってるわよ! 世界一カワイイって! ねー旦那さん!」

「え? あ、ああ、うん。本当にその通りだと思う」

「えっ? グ、グレイスさんがそう言ってくれるなら……えへへ……」


 クレスに褒められて気をよくしたフィオナ。

 セリーヌが小さくニヤリとする。


「――フッ、ちょろいわね。昨日の祭りでたっかい最新の写真機買っておいて正解だったわぁ。フィオナのドレス姿なんて、こっそり撮っておけば店の最高の宣伝になるものね……フフフフ」

「セリーヌさん……今よからぬ企みが全部聞こえてきましたけど……?」

「や、ウソウソ冗談! あはは! ほらしばらくぶりだし積もる話でもしよ! ね! ──そんで最後に写真お願いします!」

「も、もう~、セリーヌさんったら……1枚だけですよ?」

「やった~サンキューフィオナ! いろいろサービスしちゃうからね! ほらほら座った!」 


 そのまま強引にクレスの隣に座らされるフィオナ。

 セリーヌの企みにはちょっぴり困っていた彼女であるが、先ほどから細かく自分のドレス姿を確認しては嬉しそうにニヤニヤしてしまっており、どうやらまんざらでもない様子だった。


 フィオナはチラ、と隣を見てつぶやく。


「あの……へ、変じゃないですか?」


 話しかけられたことで、クレスはまた自分が遠い世界に旅立ちかけていたことに気付く。


「えっ――ああいやそんな、変なはずがないよ。よく似合ってる」

「ほ、本当ですか? セリーヌさんに言われたからでは……」

「違うよ。本心だ。あまりにフィオナが綺麗だったから、見惚れて我を忘れていたくらいだ」

「えっ……」


 クレスの実直な褒め言葉に、フィオナの顔がいっきに赤く染まっていく。そんな2人のやりとりにセリーヌとリズリットが驚いたように目を見張っていた。

 

 クレスはしっかりと正面からフィオナと向き合い、真っ直ぐに彼女を見つめて言う。


「君はいつも綺麗だけれど、一段と美しいと思ったよ。女性はドレス一つでここまで素敵になるんだね。こんなに綺麗な人は初めて見た。是非、写真で残しておきたいくらいだね」

「あ、あ、あっ……あ、あり、ありがとう……ござい……ます…………」


 さらに真っ赤に紅潮していくフィオナ。白いドレスとの比較でその赤がより際立つ。

 女性に慣れていないからこそ、こうして平然と正直すぎる発言が出来てしまうクレスの対応に、セリーヌもリズリットも驚きを通り越して呆然としていた。


「……ねぇリズ。あれ、ホントにフィオナ? あの天才優等生にしてはちょっと、いくらなんでもラブな乙女すぎない……?」

「あ、あう、あう……フィオナ先輩……かわいい、です……」


 花婿と花嫁の空間を邪魔出来ず、店員の二人はしばらくその場で見守っていた。

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