♯19 先輩と後輩

 それから早速大きめのベッドを注文した二人は、配達を後日に任せて再び街を歩く。


 続けて自然と吸い込まれていったのは、一軒の服飾店だった。


「わぁ……すごく綺麗です……!」


 思わず駆け寄るフィオナ。

 店頭のショーウィンドウで煌びやかに通行人の目を引くのは、純白のウェディングドレスである。フィオナもまた、その美しさに釘付けとなっていた。


 クレスがフィオナの隣に寄り添い、つぶやく。


「祭りの三日目――明日の最終日は、聖女の城が一般開放される。そのとき城内の大聖堂で結婚式をあげる人が多いからね。きっと今は人気商品なんだろう」

「そうですね。わたしもこの時期になると、アカデミーからのお仕事で教会に行くことがあったんですが、毎年たくさんの花嫁さんがいらっしゃってました。みんなすごく綺麗で……えへへ、やっぱり憧れちゃいました」

「そうか。このドレスはフィオナにもよく似合いそうだね」

「え?」


 フィオナが驚いたようにクレスの方を向く。


 そんなとき、店内から一人の女性店員が外に出てきた。


「ハーイいらっしゃいませ~! ああカップルさんですねおめでたさんですかぁ? ひょっとして明日挙式を挙げられるとか? あーもうそれでしたらこちらの新作ドレスが超オススメですよー! カノジョさんおキレイですからきっとお似合いですよー! ささ! 早速中で試着を――えっ!」


 饒舌に話しかけてきた明るい雰囲気の店員は、途中で驚いたように声を止める。

 すると、フィオナもまた「あっ」と気付いたような声を上げた。


 女性の店員は目をキラキラさせ、それからフィオナに抱きつく。


「フィ~オ~~~ナ~~~! なによもう久しぶりね! いきなりで驚いちゃったじゃない! 来るなら来るって言っといてよ! ホント相変わらず美少女やってるわねー!」

「あぶっ、セ、セリーヌさん。く、くるしいでふぅ」

「あははーごめんごめん! つい嬉しくってさ!」


 パッと身を離す女性店員。

 フィオナは軽く咳き込みながら言った。


「そうですか……こ、ここがセリーヌさんのお店だったんですね」

「そうそう! 昨年オープンしたばっかり! てゆーか知らないで来たわけ? 何度か伝えたと思うんだけどねぇ」

「ご、ごめんなさい。忘れていました……」

「ま、あんたはずぅっと魔術のことばっかだったからねぇ。期待はしてなかったわよ。それより偶然でも来てくれたのは嬉しいわ。そろそろ年頃らしく服にでも興味持ったの?」

「え、ええと、そういうわけでもないのですが……」

「あははそうでしょーね! ま、元気そうじゃない。よかったわ!」

「は、はい!」


 そんな話をしていると、その女性店員の後ろから、もう一人背の低い少女がやってきた。


「セ、セリーヌ先輩っ。店頭でお客様に何を…………え? フィ、フィオナ先輩っ!」

「え? リズリットまで?」


 新たな少女の存在に驚くフィオナ。どうやらこちらの女性は二人ともフィオナの知り合いらしい。


 フィオナはすぐに気付いてクレスの方に顔を向ける。


「クレ――あ、グ、グレイスさん。ええと、こちら、わたしがアカデミーでお世話になった先輩のセリーヌさんと、後輩のリズリットです。セリーヌさんは昨年に卒業されていますが、リズリットは一昨年入学したばかりです」

「そうなのか。どうも、初めまして」


 姿勢正しく頭を下げるクレス。セリーヌとリズリットもそれに応答する。

 続いてフィオナは、彼女たちにもクレスの紹介をしようとした。


「セリーヌさん、リズリット。こちらは――」

「あー知ってる知ってる。皆まで言うな! フィオナのコレでしょコレ! もう街中で知らないヤツなんかいないって! ねーリズ!」

「は、はい」


 親指をグイグイ立てるセリーヌと、こくこくうなずくリズリット。セリーヌはなんだか嬉しそうな顔をしていて、リズリットはポッと頬を赤らめていた。


「あたしは『セリーヌ・ミラク』。ぴちぴちの20歳よ! よろしくねーお兄さん!」

「リ、『リズリット・アーネンベルグ』です。アカデミー初級課程の12歳です。セリーヌ先輩のお店で、お手伝いをさせてもらっていて……。よ、宜しくお願い致します……」


 笑顔で積極的にクレスと握手をしにくるセリーヌと、大人しそうに縮こまって頭を下げるリズリット。よく性格の表れた二人の挨拶に、クレスもまた頭を下げた。


 セリーヌは女性にしては背が高く、長い亜麻色の髪を一つにまとめており、多少釣り気味の目や活発な言動がその姉御肌を示している。うなじや手足、さらには腋まで露出する少々セクシーな装いは自信ある性格を体現しているようであり、そんな格好がよく似合うスレンダーな美人である。


 一方のリズリットは小柄で童顔。着用しているのはアカデミーの清楚な制服だが、まだ制服に着られているといった印象が強く、さらにその上に店のエプロンを着用しているため、どこかママゴトのようにも見えてしまう愛らしさである。透きとおるような長髪はわずかにウェーブがかっており、両サイドで少量のみを結ぶ少女らしい髪型がよく似合う年相応の幼さであるが、同時に高い将来性を感じさせる美しさを内包していた。


 そこでセリーヌはフィオナの頭から足先までをサーッと見下ろし、くるくると指先を回し始めた。

 すると彼女の指先から魔力の糸がスーッと伸びていき、フィオナの身体に優しく巻き付く。まるで身体計測をしているかのようだった。


「――うんうん、おっけー。だいたいわかったわ」

「え? セ、セリーヌさん? えっと、何を調べて……?」


 疑問顔のフィオナに、セリーヌはしゅるしゅると魔力の糸を絡み取り、ウィンクをして彼女の手を引っ張る。


「そんなもん決まってるわよ。フィオナ、明日の結婚式で着る花嫁衣装を見に来たんでしょ? けどさすがに前日に準備は遅いわよ~!」

「え?」

「まぁそんなお客さんにも完璧な対応を出来るのが当店ですのでご安心を。ほらほらついておいで。ぴったりのウェディングドレス見繕ってあげる。あんたをイメージして作ったドレスとかあるのよー!」

「え、えっ? や、ち、違いますセリーヌさん。誤解です!」

「一生に一度の大切な日だもんね、特別サービスで安くしとくわよ? はい一名様ご案内ー!」

「セリーヌさん違うんです! あの! わ、わたしたちはっ」

「そもそも結婚するなら一言くらいあってもいいでしょ~? これでもあんたのこと割と可愛がってたんだからね?」

「あ、そ、それはごめんなさい……って違くって!」

「ていうかフィオナ……あんた、またバストサイズ上がったわね! どんだけでかくなるつもりなのよ。相変わらずなんでも早熟な女ねぇ」

「ふぇっ!?」

「あー隠してもムダムダ。もうぜんぶ測っちゃったもの。まさかあんたの年できゅうじゅ──」

「わー!わー!セ、セリーヌさんこんなところでやめてください~!」

「あははごめんごめん! はーにしても成長期は羨ましいわ~。サイズ合わないかもしれないけど、ドレスくらいすぐ調整したげるから任せなさい!」

「もう~! ですからちがくてっ――ひゃ! む、胸を触らないでください! あのっ、まっ! ひゃぁぁぁぁ~~~~~!」


 そのままセリーヌに手を引かれ、強引に店の中へ連れていかれるフィオナ。


 クレスとリズリットは、目を点にして二人を見送る。

 なんだか、気まずい空気が流れていた。


「あ、あの……すみませんっ。セリーヌ先輩は、い、いつもあんな感じで……」

「そ、そうなのか……元気の良い人なんだね……」

「は、はい…………えっと、よ、よろしければ、どうぞ、中へ……!」

「ああ、うん。どうもありがとう。それじゃあお邪魔しようか……」


 よくわからないうちに、クレスもまた入店することとなってしまった。

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