竜王と108の眷属3
ネメシスの眼前に出現したメリュジーヌはそのまま自分よりも遥かに巨大な異星の神を名乗る存在向けて文字どおり牙を剥いた。
メリュジーヌの鋭い牙がネメシスの左腕の上腕部分を噛みちぎる。本当はネメシスの首筋を食い破り、一気に決着をつけるつもりだったのだが、咄嗟に反応したネメシスによりそれは防がれてしまった。
しかしそれでも成果は大いにあった。
言葉にならない不快な叫び声が周囲の大気を震わせる。
メリュジーヌは返す刀でネメシスの頭を爪で掴もうとしたが、ネメシスはハルバードをめちゃくちゃに振り回したためにメリュジーヌは一旦距離を取らざるを得なかった。
牽制に光のブレスを広範囲にばらまく。それはやはり先ほどと同じように弾かれてしまった。
それを見て確信するメリュジーヌ。
(やはりな……。奴が無効化できるのは遠距離攻撃のみだ。直接攻撃であればダメージを与えられる……!)
『属性無効』という概念が存在する。氷竜に氷の魔法で攻撃しても効果がないのと同じ理屈だ。先の氷竜のような先天的なものもあれば後天的に魔法やマジックアイテムで得られるものもある。慎一郎達が装備している直接ダメージを九割カットする『竜のおまもり』は後者に含まれる。
敵の城とネメシスを守っている何らかの力は同一のものだと思われた。彼女は最初、それを北高を覆っていた封印と同じく、異なる次元との境界であるとみていたが、それでは説明のつかない行動がネメシスに見られた。
ネメシス、あるいは敵居城が異なる次元に囲まれているのであれば慎一郎達は城に入ることはできなかったし、ネメシスのハルバードによる直接攻撃をメリュジーヌが受けることもできなかったはずだ。
しかしネメシスは直接攻撃を仕掛けてきたし、最初にメリュジーヌが急襲したときにはハルバードでその身を守った。その後の魔法攻撃やブレスでは身を守るそぶりすら見せなかったというのに……!
『属性無効』は文字通りその属性に対して完全な耐性を得られる能力だが、もちろんリスクもある。氷竜が炎の攻撃に弱いように、反対の属性に極端に弱くなる。
『奴の遠距離攻撃無効の代償はおそらく……』
ネメシスがおおきくヘルバードを振り回すので、メリュジーヌはその攻撃範囲から逃れるように少し下がった。
ハルバードは時折その先端を惑星〈ネメシス〉の大地を削り取り、そのたび大地は大きく抉られて抉られた大地は岩の塊となって周囲に散らばる。
そのうちの幾つかがふわりと浮かび上がった。岩塊は一斉にネメシスに向けて飛んでいく。
しかし遠距離攻撃無効をもつネメシスは微動だにしない。岩はネメシスに命中することなく、その寸前で粉々に砕かれる。
――愚かなり、竜王。そんな攻撃が効くとでも……ぐぶっ……!
ネメシスの顔が大きく歪んだ。それは嘲笑によるものでも、ましてや苦痛にによるものでもない。外部からの力によって無理やりゆがめられたのだ。
ネメシスの頬にかの魔獣の顔ほどもある巨岩がめり込んでいた。遠距離攻撃無効を持つにもかかわらず、だ。
これまで常に余裕の姿勢を崩していなかったネメシスに初めて変化が見られた。
――貴様ッ、何をした!!
メリュジーヌがドラゴンの姿のままにやりと笑う。その表情が人間くさいのは彼女のがその姿で長い時間を過ごしていることを語っている。
不可視の腕とはその名の通り、目で見ることのできない、魔力で編んだ腕である。
魔力の流れを読むことが巧みな者であれば多少はその存在を察知することができたかもしれないが、不幸なことにネメシスにそこまでの能力はなかった。
メリュジーヌが周囲に浮かべた岩は不可視の腕で持ち上げたものである。それをネメシスに向けて投げつけた。それは飛び道具であり遠距離攻撃である。ネメシスに命中すると岩はその役割を果たせずに粉々に砕け散った。
ならば、この不可視の腕で持ったままの岩で殴りかかればどうなるのだろうか?
答えは歪んだネメシスの顔が物語っている。不可視の腕で持った武器での攻撃は直接攻撃になった。
――ヌォォォォォォォォッ!
ネメシスがハルバードを掲げて雷光を繰り出した。そこに先ほどまでの余裕はない、噛み千切られた左腕の上腕と、もう跡形も残っていない顔に命中した岩の跡がネメシスから余裕を奪っていた。そこに神の威厳など微塵も存在しない。
――殺す、殺す、コロスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
怒り狂ったネメシスがめったやたらに雷光を繰り出してきた。
余裕がなくなり、単調になった雷光をメリュジーヌは易々と躱す。飛びながら周囲に散らばっている岩を不可視の岩で持ち上げると雷光はおさまり、ネメシスは咄嗟に防御態勢をとった。
浮かび上がった岩々が雨あられのごとくネメシスの身体を打つ。ネメシスはただ防御の殻に閉じこもってその攻撃から耐える。
ネメシスの身体に叩きつけられた岩は粉々に砕け散り、やがて周囲にめぼしい岩がなくなると、ようやく岩の雨がやんだ。
ゆっくりとネメシスが防御の構えを解いた。いわば岩を手に持って殴打するという攻撃だったが、さすがに神を名乗る者に対して攻撃力不足は否めない。
『やはりこれではろくなダメージを与えることはできなんだか。かといってわしの牙や爪が届く間合いに入れさせてくれるような甘い敵でもない。果たしてどうするか……』
防御態勢から武器を掲げ、再び攻撃に転じるネメシス。ハルバードに力が集まるのが感じ取れた。
『ちっ……!』
メリュジーヌが飛翔する後ろに雷光が次々着弾するという攻守が再び戻ってきた。メリュジーヌは先ほどと同じように回避行動を取りながら考える。しかし今度は“いかにして致命傷を与えることができるか”だ。
『“あれ”が使えればよいのじゃが……そんな隙は果たしてあるだろうか?』
考えながら飛翔するメリュジーヌの近くに次々雷撃が落ちる。それは先ほどよりも正確で、よりメリュジーヌの近くをかすめている。相手が冷静さを取り戻したのか、それともメリュジーヌの思考パターンが読まれ始めているのか。
『ならば、これはどうじゃ……?』
メリュジーヌは翼を傾け、〈飛翔〉の魔法も組み合わせ急旋回して雷撃の雨の中に突っ込んでいく。それを巧みにかわしながら雷撃によって砕かれた大地の破片を次々不可視の腕でつかみ取り、ネメシスに向けて叩きつける。
しかしもうその程度の攻撃ではたいしたダメージを受けないと学習したネメシスはそれを全く気にすることなく雷撃を続けている。唯一、メリュジーヌ自身よりも大きな岩の塊――丘そのものと言っていいかもしれない――を叩きつけたときにはそれが視界を遮ったせいか、ハルバードによって真っ二つに切り裂かれた。
『ちっ、時間稼ぎにもならぬ』
上空を飛んでいてもただのマトになるだけだ。かといって地表すれすれを飛んでも岩の礫がメリュジーヌの身体を打ち、目に見えないレベルでのダメージの蓄積となる。
『どうするか……ん?』
メリュジーヌの目にあるものが入った。それは、先ほどメリュジーヌが身を隠し、ネメシスへと一気に間合いを詰めたあの亀裂だ。しかし、敵も愚かではない。あそこに身を潜めたからと言って再び間合いを縮められる愚を犯すことはないだろう。
しかしそこでメリュジーヌの頭に妙案が思い浮かんだ。
『……やってみるか』
メリュジーヌは決意して翼を大きく早く羽ばたかせて高度を取った。それを追いかけるように紫電が次々メリュジーヌ向けて放たれる。
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