竜王と108の眷属2

『ほう、神とは大きく出たな、ネメシスとやらよ』

 メリュジーヌはにやりと笑った。それは余裕ゆえか、追い詰められているからなのか。


『ならば、これはどうだ?』

 メリュジーヌが口を開けると次の瞬間、世界を白く染め上げる閃光が彼女を中心とした世界を染めた。


 閃光は甲高い音を立てながら前方に向けて引き延ばされていき、彼女の正面に立つネメシスに命中する。

 しかしメリュジーヌの究極にまで収束された光のブレスはその直後、大きく角度を変えて後方へと歪曲していった。ネメシスの後方で山脈が砕かれたが、ターゲットであるネメシスは涼しい顔をしている。


『なっ……!?』

 自身のブレスが全く効いていないどころか、いとも簡単に弾かれたことに驚愕するメリュジーヌ。


 ――ふん、児戯だな。

 ネメシスが嗤ったように見えた。実際にそう言う表情をしたわけではないが、そう感じたのだ。


『ならば、これはどうだ!』

 メリュジーヌが再び口を開き、再び収束された光りのブレスが放たれる。


 それは触れたものすべてを切り裂く世界最強のナイフであった。収束し、糸のように一直線に伸びるブレスに触れてその形を留められる物質はこの世界に存在しない。


 加えて、このブレスには世界で初めての試みが成されていた。

 魔法技術のひとつの成果である『無詠唱魔法』を生かし、ブレスにはその属性と攻撃力をより強化させる四重の魔法が掛けられていた。その威力は惑星はもちろん、太陽までも切り裂くことができる。


 しかし、結果は同じであった。

 メリュジーヌの光のブレスはネメシスに命中したかと思うと、やはり先ほどと同じようにそこで大きく角度を変え、弾かれるかのように今度は空高く、宇宙の果てにまで飛ばされていった。


『なんじゃと!?』

 さすがのメリュジーヌもこれには驚愕する。

 その隙を見計らったかのように、今度はネメシスが動き出した。


 ――では、今度はこちらから行くぞ、滅び行く者よ。

 ネメシスはゆっくりと腕に持ったハルバードを頭上に掲げた。


 〈ネメシス〉の大気が揺れた。それはメリュジーヌの身体をビリビリと震わせるほどである。もしかすると、あれは魔神ネメシスの咆吼だったのかもしれない。


 ハルバードの先端に力が集まってくるのが見てわかった。メリュジーヌは危険を察知して翼を広げて上空に逃れる。

 間一髪であった。メリュジーヌが飛び立った直後にハルバードから無数の雷光がネメシスの周囲三百六十度全ての方向に向けてに無差別に放たれた。

 雷光は大地を激しく抉り、それが無数の破片となって上空のメリュジーヌに襲いかかる。


『なんと……!』

 メリュジーヌは自分の身体よりも大きな破片のみを魔法で破壊し、それよりも小さな破片は当たるに任せた。それくらいの破片では竜王にダメージを与えることはできないし、それに注意を取られている隙にネメシスが何をしてくるかわからなかったからだ。何より数が多すぎて対処するのは不可能だった。


 幸いなことに、破片に紛れてネメシスが何かをしてくることはなかった。

 残ったのはネメシスを中心とした直径数百メートルにも及ぶ巨大なクレーター。その威力はメリュジーヌが先ほど放った強化されたブレスほどではないが、食らえばただでは済まないことは容易に察せられた。


 ネメシスが頭上に掲げたハルバードをゆっくりと上空のメリュジーヌに向けた。嫌な予感がしてメリュジーヌは全力で回避行動を取る。

 予感は的中した。ハルバードからはメリュジーヌ目がけて雷光がほとばしる。メリュジーヌは間一髪でそれを回避。しかしネメシスはそれも織り込み済みだったようで、雷光は狙いをつけるように高速で飛翔するメリュジーヌ目がけて次々襲いかかる。


『くっ……!』

 上下左右に、あるいは緩急を巧みにつけて敵が狙いを定めないように工夫して飛んでいるものの、いつかは命中する綱渡りの行動だ。しかもメリュジーヌは飛翔しているのに対して敵は定位置に留まって雷光を発しているだけだ。持久戦となればこちらが不利なのは否めない。


『なんとか打開策を……。くっ……!』

 メリュジーヌの至近に雷光が命中し、それによって割られた大地が礫となって竜王の身体を打つ。慌てて高度を取った。


 しかしそれはネメシスの狙い通りだった。上空に上がったメリュジーヌは格好のマトであった。それに気がついたメリュジーヌは再び下降して地形を利用しようとするが、ネメシスは巧みに雷光を操りそれを許さない。


『ぬわっ……!』

 再びメリュジーヌの至近を雷光が通り過ぎる。メリュジーヌはまるで雷でできた蜘蛛の巣に囚われたような気分になった。その蜘蛛の巣を避けるように動けばネメシスの狙い通りに遮るもののない上空へ誘い出されるのだ。


『あれは……』

 降り注ぐ雷光の中、黒い影が見えた。それはメリュジーヌが腐心してネメシスの注意から引き離そうとした敵居城である。亀裂を越えたふたつの人影――おそらく慎一郎と結希奈だろう――が城の中に入っていくところが見えた。


 こよりの姿が見当たらないが、慎一郎達の動きから判断して無事だろうと察せられた。あの程度で仲間たちが倒れるはずがないという信頼もあった。


 敵の居城に入ったということは、慎一郎達は自分の戦いに巻き込まれる恐れはなくなったということだ。ので、フレンドリファイアをしてしまうこともないだろう。


 襲い来る雷光を次々回避しながらメリュジーヌは思案を巡らせる。

『ブレスで傷をつけることができない……? そうか。ならば、仕掛けてみるか』


 ひとつの可能性を見いだしたメリュジーヌは敵の雷光に誘われるように見せかけて上昇してから一転、猛スピードで急降下を始めた。


『風よ――!!』

 翼での飛翔に加え、〈飛翔〉の魔法と風の魔法を重ねがけしてさらに速度を上げる。それまでとは次元の違う速度に雷光はメリュジーヌに狙いをつけられない。


 メリュジーヌはそのまま下降を続ける。ぐんぐん地表が迫ってくる。

 そしてそのまま地面に激突した――ネメシスからはそう見えたかもしれない。


 そうではなかった。メリュジーヌは地表面の高さに至る寸前に翼をコンパクトに畳み、さきほどネメシスが作った巨大な亀裂の中に突入したのだ。

 さらに彼女は自身の身体の0.1パーセントを残し、残りを〈竜石〉に戻した。あの〈念話〉によるアバターでしか目にすることができなかった銀髪の少女が今、異星の亀裂の中で肉体を持ち復活を果たしたのだ。


 ドラゴンとしての姿を失ったことで飛行速度は落ちたが、それと引き換えにメリュジーヌは亀裂の中で自在に飛ぶことができるようになった。

 亀裂の中を飛ぶ。頭上ではネメシスのものと思われる雷光がほとばしっている。ネメシスもあれでメリュジーヌが斃れたとは思っていないのだろう。しかしメリュジーヌの現在位置を把握していないのはその雷光が全く違う場所に落ちていることからもわかる。


「そして奴の居場所も容易に知れるというものじゃ」

 久しぶりに自らの喉を鳴らして出た声に銀髪の幼女は思わず自分の喉に手を当ててにやりと笑った。そして亀裂にそってさらに飛翔し、その目的地近くでついに亀裂の外にその身をさらけ出した。


 同時に手に持つ〈竜石〉を掲げて叫ぶ。

「いでよ、メリュジーヌ!」

 瞬間、竜人の身体は光に包まれ、魔神の目の前に竜王が顕現した。

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