射手ふたり4

 荒れ果てた荒野の遥か彼方、黒い岩場の隙間に見え隠れする影を見つけた。

 それは矢がぐんぐん飛んでいくのに合わせてみるみる大きくなり、その姿形がやがて明らかになってきた。


 異形、としか形容しようのない姿である。

 一見、人間と同じようなシルエットをしているが、人間と同じなのはそこだけである。


 全身は黒く、まるで磨き上げた金属のように光っていた。顔はつるんと卵形で、目と口にあたる部分が不気味に黄色く輝いている。

 背には大きな翼が二枚生えており、それが敵のシルエットを余計大きく見せていた。


 腕は上半身に比べて大きく太く発達しており、その豪腕で手に持った巨大な弓を持ち、次々矢を放っている。

 その翼から天使のようにも見えたが、その漆黒の身体からは天使のような神聖さは微塵も感じられない。


 堕天使――楓はその言葉を連想した。


 楓の背筋に寒気が走った。ここは異星で、自分は今まで見たこともない怪物と戦っている――そう強く思い知らされた。

 しかしそう思ったのは一瞬で、強く気持ちを入れて矢の操作に集中する。そうしている間にも矢はぐんぐん敵に迫る。このまま矢のコントロールを続けて命中させることができれば……。


 しかしそう簡単に済む話ではなかった。空を切る矢の音が聞こえたのか、それとも別の殺気のようなものを感じたのか、敵がこちらを向き、目が合った。

 実際には敵は楓を見たのではなく、迫り来る楓の矢を見たのだが、それでもそのにやりと笑う表情に怖気を覚えた。


 敵は素早く左手の弓をこちらに向け、巨大な右腕で弓を引いた。

 次の瞬間、矢からの映像が切れた。


「見つけました!」

 矢が迎撃された瞬間、楓は次の行動に移った。


 敵のいる方向とは逆方向に二発、そして右方向に一発を放った。もはや数に頼って相手の居場所を突き止める必要はない。高速、高威力で精度の高い攻撃を相手に当てる。


 一発目と三発目の右方向に放った矢の制御を〈副脳〉に任せ、自分は二発目の矢を操作する。それはこれまでの矢と似たような軌道を描いて楓の頭上を大きく迂回して敵の居場所に向かって飛んでいく。横方向に飛ばした矢からの報告により、よりその居場所が正確にわかる。


 丘に隠れ、矢の操作に集中していた楓の脳内に警告が走ったのはその時だ。常時走らせている索敵魔法からの警告だ。


「…………!?」

 何をする間もなく、楓の目の前、ほんの数メートル先の地面がズドンという大きな音とともに砕け散った。敵の矢がそこに落ちたのだ。


 楓の索敵魔法の範囲は円盤状に広がっている。射手が敵の接近を知るために使う魔法としてはそれで十分だったはずだが、今回に限ってはそれが仇となった。上方からの遠距離攻撃にはどうしても発見が遅れてしまう。

 敵は楓の索敵範囲を知っているわけではないだろう。彼女が身を隠している丘を迂回するように攻撃するためにはそうするしかなかったのだ。


 そうしている間に〈副脳〉に制御を任せていた二本の矢が命中しなかったと報告があった。なんと敵は矢をぎりぎりまで引きつけてから避けたというのだ。

 信じがたいが、自分に向けて飛んでくる矢を狙撃するような敵だ。ありえない話ではない。


「いでよ、闇の矢」

 楓は矢を三本作りだして先ほどと同じように撃った。しかし先ほどとは異なり、二本を〈副脳〉に任せ、一本は〈副脳〉が誘導する矢を追尾するように設定した。


 二本の矢が同じように楓の頭上を越え、放物線を描くように敵の方へ飛んでいく。

 その時、先ほどと同じように索敵魔法が警告を発した。

 楓は瞬時にその場から飛びずさった。


 ほぼ時を同じくして頭上から一本の矢が落下してつい先ほどまで楓がいた場所を正確に射抜いた。

 矢が地面を抉り、その破片が回避した楓の身体を打つ。


「やっぱり……居場所が見破られています……!」

 楓の額をつつ、と汗が流れる。


「同じ場所から何度も撃つのはやはり失敗だったみたいですね……」

 軌道を変えられる矢で発射位置を偽装して射たが、同じ位置から何度も撃てば居場所を知られる確率は自ずと知れてくる。


 どうやら、決断の時が来たらしい。それは勇気のいる決断だったが、そうしないと敗北の二文字が突きつけられるのは火を見るよりも明らかだった。


 楓はその場から走り出した。同時に矢を二本作りだして走りながら敵に向けて撃つ。制御は〈副脳〉に任せた。

 走り出した瞬間、背後の大地が砕けたのが音と振動でわかった。構わず走り続ける。


 〈副脳〉からの報告によると、敵の居場所は変わっていないようだ。こちらをいぶり出した余裕なのか、異星の射手にはそもそも位置を変えて攻撃するという発想がないのかはわからない。


 〈副脳〉の攻撃が外れた。楓はあらかじめ走りながら作りだしていた矢をつがえて四射連続で放った。二射は〈副脳〉に制御させ、残りはその後ろを追尾するようにした。


 直後、索敵魔法からの警告。楓が姿を現したことで相手は曲射を止めてまっすぐ撃ってきていた。おかげで索敵魔法の警告が若干早くやってくる。

 警告が飛んだ瞬間、楓は足を止めた。すぐ目の前を敵の矢が恐ろしい速度で通り過ぎていった。それを目で追うことはできず、空気の衝撃のみでその存在を知ることができる。


 再び走り、矢を放つ。

 しばらくすると敵の反撃がやってきた。今度は足を止めて、姿勢を低くした。敵の矢は頭上を通り過ぎていった。


 それがしばらく続いた。敵の攻撃のたびに楓は速度を上げたり、逆に全力を出したり、体勢を低くし、あるいは魔法のアシストを使って高くジャンプしたりしてなんとかやり過ごしていたが、それは先のないその場しのぎの対応だということは楓が一番理解していた。


 しかし、どうしようもない。


 敵の位置さえ知ることができれば何とかなると思っていた。巽に教えてもらった魔法の矢はあのヴァースキにさえダメージを与えられたのだ。


 しかし敵の射手はおそるべき反応速度で楓の矢を躱し続けている。楓にとって矢が全く当たらない相手というものには対峙したことがない。


「なんとかしなければ……」

 そうつぶやくが妙案が思い浮かぶものではない。ましてや走りながらである。


「確か、浅村くんは……」

 それはまだ北高にいた頃だ。何気なく慎一郎に何を心がけて戦っているのか聞いたことがある。




「そうだなぁ……相手の隙を突くようにすると、よく攻撃が通るようになったんだ」

 楓の命の恩人であり思い人はそう言った。


「徹と戦ったときはメチャクチャ参考になったよ。あいつのフェイントはマジで騙される。性格が良く出てるよ」

 朗らかに笑う慎一郎に見惚れていたことを思い出した。




「でも、どうやって相手の隙を突けばいいのでしょう……?」

 お嬢様育ちの楓は、あまり人を欺いたり、騙したりということが得意でない。


 打開策を考えながら次の矢を放った。

 そのまま走り続けようとしたとき、索敵魔法の警告が鳴った。考えながら走っていたことと、いつもと反撃の間隔が異なることが楓の反応をほんのコンマ数秒遅らせた。


 そのコンマ数秒は命取りとなった。


「あうっ……!!」

 敵の矢は楓の横腹を抉り、彼女はその衝撃で激しく吹き飛ばされた。


 〈ネメシス〉の黒い地表をごろごろと何度か転がってようやく止まる。意識を失わなかったことだけは幸いだったが、あまりの痛みに立ち上がることはできず、身を隠すものはなにもない。


「うっ……くっ……はぁはぁ……」

 脇腹に手を当てると、ぬめっとした感触があった。楓はもうろうとする意識の中で、〈副脳〉にインストールされている鎮痛効果のある回復魔法を行使した。


 魔法の効果で痛みが和らいできた。そのおかげか、少しずつ頭が回るようになってきた。そこで違和感を覚える。

 敵が追撃を行ってこないのだ。


 敵に何かトラブルがあったのか、それとも誰かが助けに来てくれたのか……。

 何が起こっているのかはわからないが、動かないことには格好の標的となってしまう。


 楓は袴のポケットに入っていた回復薬を取り出し、傷口にかけた。

 しみるような痛みがあるが、効果の弱い回復魔法を補助してくれて出血はだいぶおさまったようだ。


 倒れる楓の視線の先に愛弓が転がっていた。先ほど攻撃を受けたときに手放してしまったようだ。

 弓道部で部長に弓を粗末に扱うなと厳しく指導されたときのことを思い出す。あの頃はまさか自分が異星に赴いて死にかけることになるなど思いもしなかった。


「ああ、地球に……日本に……部室みんなのところに帰りたいです……」

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